第十六話 選ぶということ
ガイルとの訓練を終えてギルドに戻り、まずは素材の換金だ。
宿代に食費、それにこれからの備え。
お金はいくらあっても足りない。
「……こんなもんかしら」
受付のカウンターに、仕留めた一角ウサギと薬草の束を置く。
「はい、確認しますね。……あら、今回も薬草の状態が素晴らしいです」
受付の女性が、感心したように手際よく仕分けていく。
「そうですか?」
「ええ。傷みも少ないですし、採り方が丁寧です。これなら、薬草採取の指名依頼が入ってくるかもしれませんよ。」
「指名依頼?」
「この街で薬草を綺麗に取れる人ってあまりいないんです。薬屋なんかは質の悪いものばかりで困ってるみたいで…」
「へぇ…」
「隣村から買い取った薬草は、質は良いんですけど、行商がぼったくったりするので、高額になるんです。良心的な方ばかりじゃないので」
困ったように笑うお姉さんを見て、ハッサンの「根を傷めるな」という小言が、今さらながら金貨(いや、銅貨か)に見えてきた。
提示された買取額は、期待より少しだけ色を付けてくれていた。
「助かります。……あの、服と鞄を新調したいんですけど、安くていい店、心当たりありませんか?」
流石に泥だらけのジーンズ一本では限界だ。
お姉さんは快く、近場の地図を書いてくれた。
まずは服屋。
実用性重視の品揃えは、客層が冒険者に絞られているからだろう。
「動きやすくて、安いのを二組ください」
選んだのは簡素な麻布の服。
通気性はいいが、とにかくゴワゴワする。
(現代人の柔肌には堪えるわねぇ。歳をとると肌が乾燥しがちで、すぐトラブルに……って言ってる場合じゃないわね。背に腹は代えられないわ!)
洗濯用の石鹸も買ったが、質の割に驚くほど高かった。油臭い匂いにこの値段?
納得いかないけれど、買わないわけにはいかない。
次は革製品の店。
ハッサンに貰ったポシェットは大切にしたいが、素材を詰め込むには容量が足りない。
「これ……結構入りそうね」
手に取ったのは、安価で丈夫そうな肩掛けバッグだ。
「見た目は悪いが、使い勝手はいいぜ。銅貨8枚だ。」
「これにします。」
本当はリュックが良かったが、今の財布には重すぎる。
金欠が憎い。
ふと、拳を守るための革グローブに目が止まった。……少し悩み、そっと棚に戻す。
「……グローブは、また今度ね」
店主は特に引き止めなかった。
支払いを終えて残金を確認すると、宿代が本当にギリギリだ。
だが、ここからが本当の試練だった。
「すみません、従魔はちょっと……」
「他を当たってくれ」
「問題起こされちゃ、たまんないよっ!!」
三件連続で断られ、私は街角で立ち尽くした。
隣で静かに歩くクロに、思わず「ごめんね」と口から漏れる。
クロは何も言わず、ただ黄金色の瞳で私を見つめるだけだ。
結局ギルドに戻り、紹介してもらったのは二つの宿だった。
「一つは、従魔も部屋に入れられますが、料金は高めです。もう一つは、従魔は馬房のような別小屋に預ける形。こちらは安いです」
受付のお姉さんが「当然、安い方にするわよね?」という顔でこちらを見ている。
クロを見る。彼は、じっと私を見返している。
「……安い方にします」
言った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
街の端にあるその宿は、簡素な造りだった。
「従魔はこっちだ」
店主が指差したのは、藁が敷かれただけの小さな小屋。
クロは迷いなく、その中へと入っていった。
一度だけ振り返ったその視線が、言い訳を並べる私の心を射抜く。
「……すぐ隣だから。明日、早いからね」
クロは何も言わず、藁の上に丸くなった。
部屋に入ると、そこはひどく静かだった。
「……これで、よかったのよね。生き残るためだもん」
ベッドに腰を下ろし、深く息を吐き出す。
(頑張るな。生きろ)
ふと、ガイルの言葉が頭をよぎる。
生きるため。息子たちを見つけるため。
最短距離を行くなら、これが正解だ。
分かっている。分かっているけれど。
一人の部屋は、村を出た日の夜よりもずっと長く感じられた。




