第百五十七話 少し溶けた不安
セリスが取ってくれた宿は、フリージア王国でよく見た一階が食堂になっているタイプの宿だった。
お腹が減ったと訴えるセリスのため、私達は先に食事を済ませることにした。
「あぁ〜……!美味しい!!」
セリスは頬を押さえて恍惚の表情をしているが、私とクロは少し物足りない味付けに微妙な表情を浮かべていた。
今日の夕飯は森の恵みの煮込みと木の実入りのパンだ。
一般家庭では複雑な調理をしないとタリエシンさんから聞いていたが、それは宿でもあまり変わらないらしい。
多少具材が多いため、出汁が出ているとは思う。
しかし、味付けは塩のみというシンプルさ。
素材の良さとシンプルな味付けは最初こそ美味しかったが、長旅が続けば流石に少し飽きてきた。
「……ダニエルのウサギの香草焼きが食べたいぞ」
「そうね。ノクス=ヴェリアの料理は繊細な味付けだから、少しパンチのあるものが食べたいわね……」
二人してダニエル特製香草焼きに思いを馳せていると、セリスが「それは何だ?!そんなに美味しいのか?」と前のめりに聞いてきた。
「香草と香辛料をたっぷり使ったウサギのローストよ。クロの好物なの。こっちはシンプルな味付けが多いから、食べたら驚くかもね」
セリスのびっくりした顔を想像して、私は思わずクスッと笑う。
「へぇ~。食べてみたいな!香辛料っていうのは聞いたことあるけど、食べたことはないからな」
目を輝かせて話すセリスとの会話へ割って入るようにクロは口を開いた。
「そういえば、資料で何か手がかりは見つかったのか?」
クロはいつの間にか早々に食事を終えていた。
前足で顔を撫でて毛並みを整え、その姿勢のまま私に問いかける。
「……手がかりと言えるようなものはなかったわ。異世界召喚された人を保護したシャーマンの手記を見つけたけど、分かったのは『精霊魔法では召喚の原理が分からない』ってことぐらいかしら。せめて法則性でも分かれば、あの子達が何処にいるかの見当ぐらいつけれるかと思ったんだけど……」
食事の手は止まり、思わずため息が漏れる。
その様子をセリスは首を傾げながら不思議そうに見ていた。
「召喚って、何の話だ?子供の手がかりを探してたんじゃないのか?」
当然の疑問にどう答えるべきか悩み、私はすぐ返事が出来ずにいた。
すると、クロが私の様子を見かねて口を開く。
「……隠す必要もないだろう。ミサキ、話してやったらどうだ」
「そう……ね。セリスなら大丈夫よね。でも、部屋に戻ってからにしましょう」
そう言って私達はなんとも言えない空気の中、残りの食事を終えた。
部屋の鍵を貰い中へ入ると、爽やかな木の香りが漂っていた。
小綺麗なベッドが二つあるだけの簡素な部屋だったが、不思議と心が落ち着くような部屋だ。
(……さて、どこからどう話せば信じてもらえるかしら)
廊下の喧騒が遠のき、静まり返った室内で、私の心拍数が少しだけ上がっていく。
「さぁ!さっきの話の続きだ!」
部屋に入るなりセリスはベッドに腰掛けて、早く話をしろと言わんばかりに膝に肘をつき、顔の前で手を組む。
「何処から話そうかしら……。う〜ん……」
私もベッドに腰掛けて顎に手をあてて悩んでいると、クロは私の座ったベッドに優雅に寝転びながら毛繕いを始めた。
(話すのを勧めた本人は、我関せずなのね……)
クロの様子を見てすっかり拍子抜けした私は、気負わずに話すことが出来た。
「私、この世界の人間じゃないのよ。日本って国で生まれ育って、子供達と一緒に歩いてたときに事故に遭ったの。で、気づいたときにはフリージア王国の草原にいたのよ」
「……は?いや、この世界の人間じゃない……って?」
一気に話したのが悪かったのか、そもそもこんな荒唐無稽な話を理解するのが無理なのか、セリスは暫く固まっていた。
「こっちに来たときには子供達の姿がなくって……。一緒に飛ばされているのかどうかも分からないの。万が一、こっちに来てるんだったら早く探し出してあげないと……」
話している内に子供達への想いが溢れてきて、胸が締め付けられるように痛んだ。
顔を思わず顰めていると、セリスはその様子を見てゆっくり口を開く。
「……本当なんだな」
「えぇ。嘘であって欲しいけど、残念ながらね……」
顔を顰めたまま無理矢理笑うと、セリスは眉を下げて口を引き結んだ。
「子供、何歳なんだ?」
「周は十歳で、渉は八歳よ」
「そうか……」
暫く無言のまま、部屋の中はシン……と静まり返り、風が窓をガタガタと叩く音が響く。
「……てやる」
「え?何?」
セリスの声が小さくて聞き取れず、私は聞き返した。
「私も手伝ってやるって言ったんだ!い、言っとくけど、お前のためじゃないぞっ!子供がかわいそうだからだ!!」
胸の奥に澱んでいた冷たい不安が、温かい湯のようにけていくのを感じた。
私の落ち込んだ気持ちを吹き飛ばすその怒鳴り声に、自然と目頭が熱くなり、涙が溢れてくる。
「ありがとう……」
セリスは一瞬身じろぎした後、口をへの字に曲げて顔を真っ赤にしながら、そっぽを向いてしまった。
「だから!お前のためじゃないって言ってるだろ!!」
「ふふ……。そうね。でも、ありがと。なんか元気出た」
「——っ!散歩してくる!!」
そう言ってセリスは、顔を真っ赤にして足早に部屋から出ていった。
「大丈夫だったろう」
「そうね……。まだ子供だと思ってたけど、話して良かったわ」
セリスが出ていったドアを見つめていると、自然と口の端が上がるのが分かった。
「ダークエルフではまだ成人前とはいえ、知っていてもいい年頃だ。特にアイツは次代の村長だからな。多くの知識を有していて損はない」
相変わらずマイペースに毛繕いをしている相棒に、私は久しぶりにブラッシングと肉球のお手入れをしてやろうと準備を始めた。




