第百五十六話 月明かりの世界樹
「ほっほっほ!仲がよろしいですなぁ。」
「な、仲良くなんか……っ!」
アリアンさんが微笑みながら言ったことに、セリスは赤かった顔を更に赤くして、何やらゴニョゴニョと言っていた。
「して、メルケ様はどちらに……?」
キョロキョロと辺りを見回すアリアンさんにつられて、私も探したが見当たらなかった。
「あれ……?一番最初に入って行ったんですが……。何処に行って……。……ん?」
本棚より遥か上にある明かり取り用の窓に目がいった。
窓辺の少しのスペースに、身体を無理矢理ねじ込んで外を眺めているのは、ウチのクロではなかろうか。
「ちょっと!危ないでしょ!!何やってんのよ!降りてきなさい!!!」
つい反射的に大声で叫び、周りのダークエルフからは白い目で見られてしまった。
「あ……。す、すみません!すみません!!」
お辞儀をしながら、あちこちに謝り倒している内に、クロは足元に戻ってきていた。
「お前は何をやっているんだ……」
「クロのせいでしょ!!」
お互いのせいにしながら口論をしていると、アリアンさんは目を丸くして「ほぉ……」と感心したようにため息を漏らし、私達の様子を見ていた。
「メルケ様、お久しゅうございます」
「ん?……アリアンか。久しいな変わりないか?」
アリアンさんは胸に手をあて深くお辞儀をした。
クロはその様子を見て、懐かしそうに目を細めて声をかける。
「メルケ様が旅立たれてから色々なことがありましたが、どうにか生活しております」
「昔とはずいぶん変わったな。ここも枯れてしまったようだが、研究室にしたのか?」
「シャーマン達の研究室と祭壇、あとは住居にしました。枯れたからといって、世界樹との繋がりが消えたわけではありませんので、世界樹の声を聞き続けるためにも共にあろうとこの形に致しました」
恭しく話すアリアンさんに対し、クロはどこか兄貴風を吹かせているような感じがする。
昔からの知り合いなのだろうかと疑問に思いつつも、私は二人の話の邪魔をしないように図書館の中を見て回った。
改めて見てみると、凄い蔵書量だ。
壁一面が本棚になり、二階までも本で埋め尽くされている。
やはり羊皮紙は嵩張るのもあって場所を取るのかもしれない。
「異世界召喚の研究書とかないかしら……」
「あぁ。ミサキさんは確か、異世界から来られたんでしたね」
「えぇ…って、うわぁぁ!?」
誰もいないと思っていたのに声をかけられ、反射的に返事はしたが驚いて変な声が出た。
当たり前だが、周りのダークエルフからは睨まれている。
「すみません!すみません!!」
私はまた周りに頭を下げる羽目になった。
「お前は何をやってるんだ……」
本日何度目か分からないクロの冷ややかな視線を浴びて、私は肩をすぼめて小さくなった。
「だって、誰か傍にいるとは思わなかったんだもの……」
「申し訳ありません……。驚かせてしまいましたね。ここには歴代の研究者が残した資料が多くありますので、異世界召喚の物もいくつかありましたよ」
「本当ですか?!み、見てもよろしいですか?」
本当にあるとは思っていなかったため、振って湧いた幸運に歓喜した私は、少しばかり声が大きくなっていた。
周りのダークエルフからは「またアイツか……」という諦めにも似た視線を向けられていることなど、全く視界に入っていなかった。
「構いませんよ。確か……。あぁ、こちらです」
アリアンさんに案内されたのは、奥の棚にある一角だった。
「異世界召喚に関する資料は数が少なく、ここの棚だけになっています。元々召喚者が少ないので仕方がないのですが、もしご覧になりたいときはお好きに読んでいただいて構いませんよ」
「い、良いんですか?!貴重な資料なのでは……」
「タリエシン様からも『恐らく読みたがるじゃろうから、読ませてやってくれ』と仰せつかっておりますので」
「タリエシンさん……!ありがとうございます!アリアンさんも、ありがとうございます!!」
目尻を下げて優しく微笑むアリアンさんに深くお辞儀をしながらお礼を言い、私はさっそく本棚へ向き直る。
「とりあえず片っ端から読んでいこう……」
一番右上にある本を手に取り、近くの席に持っていって広げてみる。
かなり古いらしく、開く度にパリパリと音がして破れないかヒヤヒヤする。
古い革製品のような匂いを嗅ぎながら文字に目をやると、いつものように日本語に変換されていった。
『エルフ歴三百五十八年、七の月。一人の老人と出会う。名をチェン・チーと言った。我らとは全く異なる容姿をしている。肌は浅黒く、背が低い。六十五歳だと言うが、見た目は腰の曲がった老人だ。恐らく短命種の人族であろう。我らの容姿を見て驚いていた。東大陸から流れてきたのだろうか』
(人族が東大陸から来る前の話かしら?ダークエルフが迫害される前だから、人族への偏見がなかった……?)
私は手を止めることなく、慎重にページを進めていく。
『エルフ歴三百五十八年、八の月。チェンは興味深いことを言い出した。ここは自分のいたところとは、まるで違うと言う。ソウという国の小さな農村にいたそうだが、気付けばここにいたのだとか。そんな国は聞いたことがない』
『エルフ歴三百五十九年、一の月。チェンが最近引きこもっている。病気ではないようだが、家族に会いたいと毎日泣いている。食事の量も減ってきた。このままでは本当に病気になってしまう』
『エルフ歴三百五十九年、三の月。チェンが死んだ。最近はろくに食べていなかったから心配していたが、目を離した隙に紐で首を吊っていた。帰してやれなくてすまない。調べても調べても、召喚の原理が全く分からない。精霊魔法ではなく、魔力を使用する魔法から研究するべきだろうか』
(帰れず、家族にも会えず、絶望して死んでいったのね……)
人事とは思えない結末に、私は背筋がスッと寒くなるのを感じ、本を握る手に思わず力が入る。
(精霊魔法では原理が分からない……。他の資料には何か載ってるかしら?)
疲労感とともに本を閉じ、「はぁ……甘くないわね」とため息を吐くと、クロがテーブルに前足を掛けて私の顔を覗き込んできた。
「おい、そろそろ宿を探さないとマズイぞ」
「え?もうそんな時間?」
慌てて窓を見れば、差し込んでくる光はすっかり橙色に染まっていた。
「ごめん……。全然気づかなかったわ。こんな時間に宿残ってるかしら?」
本を元の場所に戻しながら私がクロに話しかけていると、退屈そうに欠伸をするセリスが近づいてきた。
「終わったか?何か食べに行こう。お腹が減ってしょうがない」
お腹を擦りながら空腹を訴えるセリスに、クロは「宿を探すのが先だ」と目を細めてセリスに言う。
「宿?宿ならここの近くにあったから一部屋取ってきたぞ。ベッドは二つだけど、十分だろ?」
あっけらかんと言ってのけたセリスに、私とクロは驚いて顔を見合わせた。
「セリス!宿を取ってきてくれたの?!ありがとう!」
「え?いや……。調べもので忙しそうだったし……。別に、お前のためじゃないぞ!私が早く休みたかったんだ!!」
「意外と気が利くじゃないか」
「え?いや、別にそんなんじゃ………」
クロと二人でセリスを褒めていると、セリスは顔を真っ赤にしながらプルプルと肩を震わせている。
「ほっほっほ。こちらは賑やかですねぇ」
いつの間にか傍にいたアリアンさんに驚きつつも、騒がしかったことを私は素直に謝罪する。
「すみません!毎度毎度うるさくして……」
「いやいや、そうではなくて。人族とダークエルフがこんなにも仲良くしている光景を、生きている内に見れるとは思っておりませんでした……。この日の出会いを月と星と精霊に感謝しております」
「わ、私は別に仲良くなんか!!」
更に顔を真っ赤にして茹でダコのようになるセリスを、皆で微笑ましく見ていた。
アリアンさんに閲覧のお礼を言い、明日も伺いたいと申し出ると、快く承諾してくれた。
(シャーマンの方は人格者が多いのかしら……?)
そう思ったが、図書館ではいつもの蔑みの目で見られることもあったため、全員が全員そうではないのだろうと思い直した。
世界樹から出ると、外はすっかり暗くなっていた。
夜の冷たい空気が、集中して熱を持った頭を心地よく冷やしてくれる。
月明かりに照らされる世界樹は、昼間の力強い姿とは打って変わって、青白く揺らめく精霊の光を纏い、幻想的な姿をしていた。
その光景は、いつかタリエシンさんの家で見た一際大きなタペストリーに描かれていたものと同じだった。




