第百五十四話 枯れた世界樹
セリスの案内のおかげか、それともタリエシンさんが事前に念話で連絡を通してくれたおかげか、道中で敵や魔物に襲われることは一度もなかった。
時折立ち寄る村では好意的ではない視線を感じることもあったが、直接何か手出しをされるようなこともない。
拍子抜けするほど順調に旅路は進み、私達は一週間ほどでノクス=ヴェリアの首都『ルグナディア』へと到着した。
「ここが、ルグナディア……」
道案内をするよう頼まれていたはずのセリスは、ルグナディアに到着早々、口をぽかんと開けて目を輝かせては、あちらこちらを忙しなく見ていた。
「やっぱりセリスも初めてなんじゃない……」
ため息を吐きつつボソリと呟いた言葉は、興奮したセリスには届いていなかった。
「ふん。そんなことだろうと思っていた。タリエシンに利用されたな」
クロと目を合わせると、自然と二人してため息を吐いた。
興奮したセリスは何処へ行くか分からないため、襟首を掴んで確保しておく。
「ねぇ!凄いわよ!!森と街が一つになってる!」
興奮のあまり服の襟首を掴まれていることにも気づいていないらしいセリスは、早口で感想を述べていた。
「あ!あっちに見えるのは水車?!川辺の方は作りが違うのかな?!——あぁ!!ねぇ、あの真ん中に見える大きい木は何だと思う?!」
「……うるさい」
クロはウンザリしたように耳を伏せて、眉間にシワを寄せていた。
流石の私も、この若者のテンションにはついて行けず若干引いていたが、まぁ元気で何よりだ。
ここに着くまでの道中、夜間悪夢にうなされていることは数回あったが、前ほど酷くはなかった。
かなり回復しているのだろう。
私の心配をよそに、セリスは相変わらず恋する乙女のように頬を赤らめ、街中をキラキラした目で見ていた。
確かに、ルグナディアは今まで見てきたどの街や村とも違った。
大きい街だが、フリージア王国のような完全なる人工的な古都でもなく、バルドガルド王国のような大自然の岩盤と卓越した職人技が融合したような武骨な感じでもない。
ノクス=ヴェリアで見てきた、大自然の中に村を取り入れてきたような作りではあるものの、スケールが違いすぎた。
石造りの建物、木造家屋、巨木に組み込まれた家、木の上の建物が混在していて、街全体が森に飲み込まれているような、そんな街だった。
(オタク心をくすぐるような街よねぇ……)
セリスがいなければ、私がセリスのようにはしゃいでクロに白い目で見られていたに違いない。
「ちょっと!何で私の服の首元持ってるの?!星猫じゃないんだから止めてよ!」
「星猫……?何それ」
離せと暴れるセリスを解放すると、私が掴んだせいで皺くちゃになった服を、セリスはシワを伸ばすように叩いた。
「星猫ってのは、小さい猫型魔獣よ。黒っぽい毛並みで星のような斑点があるの。懐くし、精霊とも相性が良いから、昔からダークエルフが好んで飼ってるわ」
「へぇ……。そんな子がいるなら一目見てみたかったわね。村にもいたの?」
「いたわよ。夜行性だから昼間はほとんど家から出ないけど。ウチでも飼ってた」
「クロみたいな子が小さくなった感じ?」
(……結構可愛いんじゃない?)
小さくなったクロを想像して、私は口元を緩ませた。
しかし、一方のセリスは顔を引きつらせて口を開く。
「メルケ様みたいなお方を飼おうなんて酔狂な奴が、お前以外にいてたまるか!」
「……俺は飼われているわけではないぞ」
「はっ!そ、そそそそういう意味じゃあ……っ!すみません!!」
「そうよ、セリス!クロは私の家族なんだから、そんな言い方は良くないわ!!
セリスは目を見開いて「なんなのこの人……」と言いたげに固まり、クロは呆れ果てたように深い溜め息を吐いた。
「「……」」
セリスとクロは顔を見合わせると、私の後ろでコソコソと喋りだした。
『……なあ、メルケ様。この女、本気で言ってるのか……?』
『……いつものことだ。気にするな。頭のネジが二、三本飛んでいるだけだ』
『うへぇ、やっぱり人族の異端者……』
この二人もだいぶ打ち解けてきたようで、微笑ましい限りだ。
「……しかし、人通りが多いわね。しかもダークエルフばっかりだわ」
排他的でもここまでの都市を築けることは本当に凄いと思う。
経済的に立ち行かなくなることはないのだろうか?
(……あれ?でも最近バルドガルド王国と国交を結んだって言ってたわよね。やっぱり結構危ういのかしら?)
そんなことを考えていたら、セリスがいつの間にかクロとの会話を終えて走り出していた。
「なぁ!あっちの大きい木に行こう!!何だかすごく気になるんだ!」
指をさしながら私の方へ振り返り、叫ぶように言うと、直ぐ様向き直って全速力で走り出した。
「ちょっと!街中で走ったら危ないわよ!!」
慌てて追いかけるが、ダークエルフの若者相手では私が追いつけるはずもない。
クロは優雅に歩いているだけに見えるのに、何故かセリスの横をキープしている。
「意味わかんない……。何、あの身体能力」
やっとのことでセリス達に追いついた私は、息も絶え絶えで膝に手を置き、呼吸を整えるのに必死だ。
「ちょっと……早すぎるわよ……」
ぜぇぜぇ言いながら二人に声をかけたが、反応がなかった。
どうしたのかと顔を上げれば、巨大な枯れた木が街の中心にそびえ立っていた。
枯れているにも関わらず、その存在は圧倒的で神々しささえ感じられた。
「なに、これ……」
鳥肌が立つ感覚に、思わず呟いた言葉にセリスが反応する。
「これ……世界樹だ」
セリスを見れば、さっきまでのはしゃいでいた落ち着きのなさは鳴りを潜めていた。
悲しそうに眉を下げて、口はキュッと一文字に結ばれている。
「話には聞いてたけど、本当に枯れているなんて……」
呟いたセリスの声は小さく、そして震えていた。
ダークエルフにとって世界樹とはどのような存在なのか未だによく分からないが、セリスが悲しんでいることは分かった。
(セリスの村の近くに、新しい世界樹が芽吹いているけど、言えないし……。いつかセリスが大人になった時、村のみんなで大切に育てていってね)
悲しむセリスの背中をそっと撫でながら、私はあらためて枯れた世界樹を見上げた。
「……枯れているのに、凄い存在感ね。本当に枯れてるのか疑うわ」
世界樹を見上げながらよくよく観察していると、何やら窓のようなものや、明らかにドアがついているところがあったりすることに気づいた。
「え?……ねぇ、あれってドアよね?誰か住んでるってこと?」
よく見ようと前のめりになりながら目を細めて二人に問うと、二人とも似たような顔をしながら口を開いた。
「……ドアだな」
「……ドアだね」
三人で顔を見合わせ、私達は頷きあった。
宿を確保することすら忘れた私達は、吸い寄せられるようにその不思議なドアへと足を進めた。




