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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第五章 ノクス=ヴェリア編

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第百五十二話 母様の面影

「母様!見てください!!一角ウサギを獲ってきました。今日はこれを焼いて食べましょう!」

 私は母様に駆け寄って、弓で仕留めた一角ウサギを掴み上げて見せた。

 母様は亡くなる前の綺麗な姿だったが、私は何故か16歳の今の姿だった。

 でも、不思議と疑問に思わなかった。

 母様は一瞬驚いた顔をしたが、ニコリと微笑んで私の頭を撫でてくれた。

「セリス。祝い事や飢饉でもないのに、森の生き物を無闇に狩ってはいけないわ。事故や怪我で弱っているのを獲ってくる分には良いけれど、森と精霊と共に生きるダークエルフは、無駄な殺生をしてはいけないわ」

「で、でも……。母様に喜んでほしくて……。ごめんなさい」

「良いのよ。私の可愛い子。ただ……」

 言葉に詰まった母様を不思議に思い、撫でられながらも私は顔を上げた。

 すると、母様の頭からは血が流れ出て、その血は私の顔にポタポタと雫となって落ちてくる。

「か、かぁ……さま?」

 顔が引き攣り、やっと絞り出した声を掠れて喉が痛い。

 何かが変だと思っても身動きが出来ず、呼吸もままならなかった。

 そんな私に母様は顔を近づけてきて尋ねる。

「どうしてあの時、森に来たの?お利口に待っててって、約束したのに。……あなたさえ来なければ、私は今も生きていたのに」


 ——あなたさえ、いなければ。


 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 私は悲鳴を上げて飛び起きた。

 呼吸は荒く、上手く出来ない。

 上手く吸えない。——苦しい。

 

 喉の奥に鉛を詰め込まれたように、空気が通らない。

 指先が冷たく痺れ、心臓が肋骨を内側から叩き割る勢いで脈打つ。

 吸っても、吸っても、酸素が胸に届かない。

 喉からヒューヒューと酷い喘鳴が漏れた。


「大丈夫よ。ゆっくり吐いて」

 優しい声がした。

 母様の手とおんなじだ。

 背中をゆっくり擦ってくれている。

 

「そぅ。上手よ。ゆっくり吐いてね」

 あぁ——。

 さっきのは悪い夢だ。

 母様はここにいるじゃないか。

 温かい。

 何だか疲れた。

 ……少し、休もう。

「母様……。少し、休みます……」

「……そう。ゆっくり休みなさい」

 私はまた、意識を暗闇の底に沈めて眠りについた。



「ここはどこだろう?」

 真っ暗な森の中に、私は一人立っていた。

 村の近くの森じゃない。

 そう思ったとき、嫌な感じがした。

「——川向こうの森?」

 まさかと思った。

 あそこは、嫌だ。

 あそこには、行きたくない!

 誰か……

「誰か助けて!!!」

 叫んだところで誰も来ない。

 来たのは、ジャイアントボアだった。

「ブヒィィィ!!!」

 雄叫びを上げながら突っ込んでくる様は、母様が死んだあの日を彷彿とさせた。

 あぁ、もうおしまいだ。

 そう思った瞬間、私はジャイアントボアに撥ねられた。

 空中に投げ出され、地面に叩きつけられる。

 ゴロゴロと転がった先で目に入ったのは、血まみれの母様の姿だった。

「があ……ざま。ご、ごめんなざ……い゙」

 謝っている途中で口から血が溢れ出てきた。

 内臓をやったのだろうか。

 不思議と痛みは感じなかった。

 ただ、胸が締め付けられるように、痛んだ気がした。


 ——目の前が、真っ暗になった。

 次は何だろう。

 もう、何も見たくない。

 何も考えたくない。

 もう、休ませて……。

 そう考えていたら、頭を誰かが優しく撫でてくれる感じがした。

「母様……?」

 暫くその感覚に身を委ねていると、少しずつ心地良くなり、痛かった胸も幾分和らいだ気がした。

 ぼーっとしていると、遠くの方から何かが聞こえてきた。

「……何だろう?何だか、懐かしい気がする」

 身体を起こし、ゆっくりと音のする方へ歩みを進めた。

 近づくにつれ、それが何か分かった。

 ——歌だ。

 そのまま歩みを止めずに、ゆっくり進む。

 少しずつハッキリ聞こえてくる歌を頼りに、そちらへ進む。



 しぃ〜のや〜まぁ……通〜ればぁ〜♪

 しぃ〜が、ぼ〜ろり、ぼ〜ろりとぉ〜♪

 よぉ〜い、よぉ〜いよぉいよ〜♪

 あんたがねぇーったる、す〜いはぁ〜♪

 餅やらだごやらついといてぇ〜♪

 あんたいばっかり、食わするば〜い♪

 ね〜ん、ねぇ~ん、ねぇ~んよぉ〜……




「——子守唄……?」

 聞いたことがないはずなのに、なぜか懐かしく、吸い寄せられるように歩みを進める。

 間違いなく、ここから聞こえてくる——そう確信した瞬間、眩しい光に包まれて、私は目が覚めた。



「ん……」

 何だか、温かい。

 頭を、誰かが優しく撫でてくれている。

 さっき聞こえていた子守唄も、聞こえる。

 心地良くて、そのまま夢の中へ吸い込まれそうになったとき、大きい声が私の鼓膜を震わせた。


「セリス!!!意識が戻ったのか?!大丈夫か!!痛いところは?!気分はどうだ?!!」

 その声のせいで私は目を大きく見開き、一瞬呼吸するのも忘れるくらい驚いた。

「と、父様?!もう!うるさい!!心臓が飛び出るかと思った!!!」

 私は上体を起こし思わず叫んだが、叫んだ後にふらついて、またすぐ横になった。

 横になったときに気づいた。

 コレは、枕じゃない。

 そう思ったとき、ふと視線を上へ向けると、優しく微笑んでいる『母様』がいた。

「——え?」

 私は思わず声が出た。

 目を何度か瞬いたとき、それは母様じゃないことに気づいた。

 憎いはずの人族。

 追い出そうとしていた邪魔者。

 

 なのに、頭を撫でるその手からは、嫌になるほど優しくて温かい体温が伝わってくる。

 振り払わなきゃいけないのに、身体がピクリとも動かない。

「おはよう、セリス。随分お寝坊さんね」

 悪戯っぽく微笑むミサキの顔が、一瞬だけ、記憶の底にある母様の笑顔と重なって見えた。

  

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