第百五十一話 精霊たちの怒りと拒絶
エイノンの家にセリスを移動させた後、私達はタリエシンさんの家に戻った。
すぐに休むのだろうと思いきや、タリエシンさんは「話しておくべきじゃろうなぁ………」と呟き、私達を囲炉裏の周りに座るよう促した。
「まずはセリスを助けてくれたこと、感謝する。連れ戻していなければ、今ごろは廃人になっておろう……」
眉根を下げて一点を見つめるタリエシンさんの横顔には、深い悲しみが刻まれていた。
「タリエシンさんは、私達がセリスを唆して無理矢理連れて行ったとは思わないのですか?」
エイノンから言われた言葉を思い出し、タリエシンさんへ尋ねた。
ここで好意的なのはタリエシンさんだけだが、それがクロの友人だからというわけではないような気がした。
「ミサキが先じゃろう?セリスを見つけたのは。……そして、渋るメルケを説得して、連れ戻すと飛び出したのじゃろう」
「……な、何故それを?」
まるで見てきたかのように言うタリエシンさんに、私は思わず顔が引きつった。
「まさか起きていたのですか?!だったら一緒に来てくれれば……」
私は思わず前のめりになり、タリエシンさんに食ってかかったが、クロがそれを止めた。
「落ち着け。タリエシンはあのとき寝ていた。起こしても起きなかっただろう。コイツは酒が入ると滅多に起きん」
クロは嫌そうな顔をしてタリエシンさんを見ていた。
昔、何かあったのかもしれない。
「じゃあ、何で知ってるの?」
「見ていたわけではないのじゃよ。さっきセリスを診察したときに、精霊達に教えてもろうただけじゃ。精霊達は嘘はつかんでな」
そう言ってタリエシンさんは、小さくなった囲炉裏の火の中に、薪をくべていく。
「精霊が教えて……?あの……タリエシンさんは先程、『森の精霊の精神攻撃を緩和術と防護術では防ぎきれなかった』と仰っていましたよね?あれはどういう……?」
確かにタリエシンさんは言っていた。
それではまるで、森の精霊から村人を守るために術をかけているような言い方だった。
ダークエルフは精霊信仰のはずなのに、何故そんなことになっているのか、理解できずに思わず眉根を寄せる。
「そのままの意味じゃよ。この地の精霊達は元々気性は荒くなかったのじゃが、世界樹が新しく芽吹いているのが見つかってから、どんどん我らにも牙を剥くようになってなぁ……」
ポツリポツリと、ゆっくり吐き出すように話し出すタリエシンさんは、相変わらず囲炉裏の炎を見つめたままだ。
「恐らくじゃが、首都の世界樹が枯れたのは我らダークエルフのせいだと思うておるのじゃろう。世界樹は精霊達にとって母も同然じゃ。怒るのも無理はない」
「それで、ダークエルフにまた新しく芽吹いた世界樹が見つかってしまったから、近づけさせまいと攻撃している……と?」
「ダークエルフだけではない。森の生物以外は、全て攻撃対象じゃ。必死に守ろうとしておるのじゃろう。我らも精霊達と長く共生してきた身じゃ。どうにか共に生きる道をと画策した結果、子供達には森の精霊が怒るから近づかぬように教育し、成人してからは世界樹を守るために森へ入る者を排除するよう言ってきた」
私は思わず顔をしかめた。
「排除するよう言ってきたって、余計排外主義が酷くなるんじゃあ……」
しまった!と思い口に手をあてるが、思ったことが口に出てしまってはもう遅い。
「すみません……」
バツが悪くなり身を縮めながら謝るが、タリエシンさんは少し微笑んで私を見ただけだった。
「ミサキの言うとおりじゃ。誇りを履き違え、外の世界を拒み、不都合な出来事はすべて他人のせいにして目を背ける。そんな者たちが出来上がってしもうた……」
タリエシンさんは深くため息を吐いた後、暫く黙り込む。
「おい、タリエシン。森の術は一体どんなものをかけたんだ?効力が薄れてるんじゃないのか?」
実際に入ったセリスがあの様子では、そう思うのも無理はない。
しかし、私やクロは平気だ。
個人差があるのかもしれないと思いつつ、口を挟まずにタリエシンさんの意見を待った。
「いや……術は定期的にかけ直しておる。その点は問題ない。ただ……」
「ただ?」
顔を曇らせ言い淀んだタリエシンさんに、先を促すように言ったクロの表情は固かった。
「セリスは思春期で不安定じゃ。おまけに幼い頃、母親を自分のせいで亡くしておる。その記憶はショックのあまりに抜け落ちておったが、それを見せられたか、思い出した可能性が高かろうな」
「……成る程な。相性が悪かったか」
二人の表情は眉間に深いシワを作り、なんともやり切れないような表情をしていた。
「セリスは回復するでしょうか?」
顔を覗き込んでも、視線が合わなかったあの表情を思い出すと、なんとも言えない気持ちになる。
(もっと早く連れ戻してあげれれば……)
そう悔やんでも仕方のないことだったが、思わずにはいられなかった。
「回復するかは、セリス次第じゃのう……。ともあれ、今宵はもう寝るとしよう。あと数刻で日が昇るが、身体を休めねば差し障りがあるというものじゃ」
タリエシンさんは私達に就寝を勧め、再度礼を言ってから床についた。
私は配られた布団に横になり、小さな窓へ目をやる。
真っ暗だった空が、ゆっくりと深い青へ変わっていくところだった。
身体は泥のように重いのに、胸の奥には冷たいやり切れなさが残っている。
(……セリス、目を覚ましてくれるといいけど)
祈るような心地のまま静かに瞼を閉じると、深い眠りが私をさらっていった。




