第百四十六話 ミサキとクロの教育論
「セリス、めちゃくちゃ怒ってませんでした?」
私は先程のセリスの表情が気になって、就寝準備をしながらタリエシンさんへ聞いてみることにした。
「そりゃあもう!怖かったの〜!!チビるかと思うたわい」
タリエシンさんは笑いながら思ってもいないことを、からかうような口調で口にした。
「セリスは真面目な性格に見えますし、あまり煙に巻くような態度だと反感を持つのではないですか?」
少し心配になりタリエシンさんへ忠告をしたが、酔ってるためか全く相手にしてもらえない。
「そ〜じゃの〜。そうかもしれぬの〜。まぁ、その時はその時じゃ〜……」
「おい!タリエシン!!布団でちゃんと寝ろ!」
タリエシンさんは布団に辿り着く前に床で眠りこけてしまい、クロに怒られていた。
「あ〜あ……。クロに会えて嬉しくって、飲みすぎたのかしらね」
私はタリエシンさんの上半身を後ろから抱えて、足を引きずりながら布団まで運んだ。
(踵が痛いって明日言っても知らないんだから!)
「ねぇ、クロ。何で術のことセリスに言ったの?言わなくても良かったんじゃない?」
私はタリエシンさんに布団を掛けながら、クロに尋ねた。
余計なことを言って、セリスがタリエシンさんに不信感を持つ結果になってしまったことに、私は罪悪感を感じていた。
「俺も迂闊だったが、そもそもお前がタリエシンに聞きに行けと引きずって連れて行かなければ良かったと思うぞ」
「うっ。痛いところを……。確かに私も悪かったと思ってるわよ。年頃の子は繊細だもの。余計なことしちゃったわね……」
自分の短慮さに、ただただ呆れ返るばかりで返す言葉もない。
(もう少し後先考えて行動しないと、大人として示しがつかないわね……)
私は頭を抱えて窓辺へ移動し、気分転換に外の空気を吸おうと窓を開けた。
外の冷えた空気が、焚き火で火照った顔を冷ましてくれて心地良い。
ぼんやりと崖下を流れる川のせせらぎを聞いていると、月明かりに照らされた崖沿いの細い階段を、誰かが下りていくのが目に入った。
「……あれって、セリス?こんな時間に何して……」
(まさか、こんな時間に川向こうの森に入ろうとしてるんじゃないでしょうね?!)
川向こうは危ないと私を止めたセリスが、まさか自ら行くとは考えにくいが、さっきタリエシンさんにはぐらかされている。
自分の考えが正しいのか確かめに行ったかもしれない。
「ク、クロ!セリスが外を彷徨いてるわ!!」
「……うるさいぞ。散歩か何かだろう。俺は眠いんだ」
私は慌てて後ろを振り返り声をかけたが、クロは耳を後ろに倒して鬱陶しそうにしている。
「いや、ちょっと変よ!川向こうの森の方角よ?!それでなくても、この時間の村の外は危ないんじゃないの?!」
「……はぁ。全く、どいつもこいつも……」
クロは至極面倒臭そうに、のそのそと窓へ近づいてきて、窓から身を乗り出した。
「……確かに川向こうの森へ行こうとしているようだな」
「ほらね!早く止めに行かなきゃ!!迷って危ないんでしょ?」
私は急いで外へ出て、あの長い階段を下りようとしたが、「止めなくていい」とクロから待ったがかかった。
「何でよ?!子供が危ないことしようとしてるのに、止めなくていいって、どういうこと?!」
「セリスは森に入ればどうなるか知っている。知っている上で入ると決めたんだ。好きにさせておけ」
「でも!危ないって分かってるのに!」
食い下がる私を、クロは睨みつけて低く唸るように注意する。
「お前は馬鹿か。痛みを伴わない教訓からは何も学べん。同じ失敗を繰り返すぞ」
「それは……そうだけど」
「お前は子供相手だと判断が甘くなる。そもそも、昼間はあいつらに寄ってたかって追いかけ回されたというのに、何故助ける。下手をすれば死んでいたぞ」
理解できないとばかりに深いため息を吐きながら、クロは頭を振っていた。
その顔はセリスに対する嫌悪感なのか、私の甘っちょろさからか、鼻にシワを寄せている。
「謝ってはくれたし、子供は馬鹿なことするものでしょ?それを正すのも大人の仕事じゃないの?」
「それは一理あるが、そもそも親の躾がなってないからこうなったんだろ。ここらのダークエルフは人族への怒りと嫌悪で、まともにお前を見ていない」
(あ〜……。私を色眼鏡で見てるダークエルフ全員にクロは怒ってるのか)
「クロ。私を不当に扱う人達に怒ってくれるのは嬉しいけど、それとコレとは話が別よ。それに、親がちゃんと躾けないんだったら、周りの大人が間違いを正してあげないと、その子はずっと間違いに気づかないままだわ」
不器用なクロなりの優しさに胸が温かくなった。
そして私はしゃがみ込み、クロと視線の高さを合わせて頼み込んだ。
「私一人じゃあセリスと一緒に迷子になるのがオチ。だから、着いてきてくれない?」
「……チッ。ダメだと言っても、お前は一人で行くだろうしな。どうせ面倒事になるなら、一緒に行くほうがまだマシだ」
「流石クロ!分かってるわね!!」
私がとびきりの笑顔でそう言うと、クロは眉間に深いシワを作り、肩を落として大きく息を吐いた。
「全く。世話の焼けるやつだ……」
「ホントよね!セリスを早くとっ捕まえて、お説教してやらなきゃ!!」
私が拳を握り、鼻息荒く決意表明している横で、クロは顔を引きつらせて更に深いため息を吐いた。
夜風が吹きつける高台の家を抜け出し、私たちは足元に気をつけながら、暗い絶壁の階段を駆け下りていった。




