第百四十五話 素直になれないお年頃
「お前達は何をやってるんだ?」
私とセリスがレスリングさながらの取っ組み合いをしていたときに、横から声がかかった。
セリスと視線を交わして声のしたほうを伺うと、暗闇に浮かぶ黄金の瞳が揺らいでいた。
「ひっ……!」
セリスは短い悲鳴を上げて身をすくめ、取っ組み合いのためにガッチリ組んでいた私の手を、更に力任せに握り潰した。
「い゙だだだだ……っ!ちょっと!!馬鹿力で締め上げないでよ!」
「だって!だってアレ!!」
セリスの視線の先には、クロが悠々と歩いてくるのが見えた。
月明かりに照らされキラキラと光を反射する黒い毛は、黒曜石のように美しかった。
「クロよ!暗くて見えなかっただけでしょ。何もしないわよ!!だから早く手を離してっ!」
「あぁ……。悪い」
セリスは私の言葉に安心したのか、手の力を緩めて私をやっと解放してくれた。
「全く!私のか弱い手が折れたらどうするのよ!」
私がそう言うとセリスもクロも何も言わず、ただ目を細めて無言のままこちらを見つめている。
「何よ、その目は!!」
「お前、それ本気で言ってるんじゃないよな……?」
私が抗議すると、信じられないとばかりにセリスが顔を引きつらせて呟いた。
「はぁ?何がよ」
「お前のどこがか弱いんだ!ジャイアントボアの膝を打ち砕く拳なんて、か弱いわけないだろ!!」
セリスは納得いかないと言わんばかりに声を上げた。
「何言ってんの?アレはバルドガルド王がくれたグローブのお陰に決まってるじゃない。私の実力であんなことできるわけないでしょ」
私は深いため息を吐き、呆れ半分で首を横に振ると、セリスは顔を引きつらせてクロの方を振り返った。
「……あんたの相棒、バカなの?」
「バカではないが、阿呆だとは思うぞ」
「はぁ?!何よそれ!どういう意味よ!!」
二人は何故か、うんうんと頷いて納得しているので抗議したが、可哀想なものを見るような目で見られただけだった。
(……解せぬ)
「で、お前達は何をしていたんだ?」
「あっちに光ってるところがあって、見に行こうとしたらセリスに止められたの。危ないからって」
私は、すっかり暗くなってしまった川向うの森を指さした。
「……あぁ。向こうは行かないほうが良いぞ。セリスと言ったか。コイツを止めてくれて感謝する」
「別に……。礼を言われるようなことはしてない」
フンっ!と腕組みしてそっぽを向くセリスの耳は、月明かりに照らされて少し赤くなっていたように見えた。
「クロは、あっちに何があるか知ってるの?」
私は川向うを指さしたまま尋ねると、クロは森の奥をじぃっと見つめながら答えた。
「……あっちは術がかけられている。おそらくタリエシンがかけているんだろう。入れば迷うぞ。近づくな」
「え?タリエシンさんが何で……」
「タリエシン様がわざわざ村の近くでそんな危険な術を使うなど、あるわけが……」
私とセリスで一斉にクロへ矢継ぎ早に質問し、クロはウンザリした様子で私達二人を睨みつけた。
「うるさい。女が群れると忽ち喧しくなるな。術をかける理由など、それほど多くないだろう」
「……例えば?」
私は一瞬考えて、それを即座に放棄すると、代わりにセリスが答えた。
「……見られたくないものがあるとか?」
「そうだな。でなければ何かから守るためか。或いは両方かだ」
私とセリスは顔を見合わせて首をひねる。
「どちらにせよ、タリエシンが村のためにやったことなのは間違いない。不用意に近づくな」
クロは再度森の奥を一瞥し、目を細めた。
セリスは何か思うところがあるのか、腕組みしながら何やらブツブツと独り言を呟いている。
「入れば精霊が怒るから、入られないようにしている……?いや、そもそも精霊が怒るっていうのが嘘だとしたら……」
セリスは腕を組んだまま、眉間に深いシワを寄せて呟き続けている。
すっかりシリアスな悩みのドツボにはまっているセリスを見て、私は心底面倒くさくなって肩をすくめた。
「あのさぁ、セリス。そんなところで一人で悩んでないで、本人に聞けばいいんじゃない?」
「はぁ!?大シャーマンであるタリエシン様に『村の言い伝えは嘘ですか』なんて聞けるわけないだろ!」
「なんでよ?あっちで楽しそうにお酒飲んでるんだから、聞いたら教えてくれるわよ。酔ってるときは口が軽くなるんだから」
私は宴会をしている広場の方を親指で指さした。
散策している間に随分離れてしまったが、大きいキャンプファイヤーのような焚き火のお陰で、場所は見失わずに済んでいる。
真っ暗な森の中で、一部だけ煌々と夜空を照らしていた。
「そ、それは………。そうかもしれないが……」
言葉に詰まるセリスの背中を、私はポンと叩いた。
「ほら、立ち止まっててもお腹が減るだけよ。お肉が冷める前に戻りましょ。風も冷たくなってきたし、身体も冷えちゃうわよ」
「……しかし」
セリスは腕組みした手で腕をキツく握り、自分の足元の一点だけを凝視して言葉を詰まらせた。
「あぁもう!!言ったでしょ?!女の子が身体を冷やすもんじゃないわ!さっさと行くわよ!!」
私はそう言うと、戸惑うセリスの腕を掴んで宴会場へ引きずって行った。
私は宴会場に着くとセリスの腕をガッチリ掴んだまま、タリエシンさんを探してウロウロしていた。
「えーっと……。いたいた!タリエシンさん!!」
「ん?何ぞあったかのう。セリスも一緒とは、仲直りしたのか?若者はええの〜」
顔を真っ赤にしたタリエシンさんは、酒臭い息をまき散らしながら楽しそうに笑っていた。
「セリスが聞きたいことがあるんですって。ただ、ここで話して良いことかよく分からないんだけど……」
私は宴会場となっている広場を見回した。
村人がほぼ全員揃っているため、大っぴらに話して良いのか迷った。
「ん〜?何が聞きたいのかのう?」
微笑みながらタリエシンさんはセリスに顔を向けた。
それを見てセリスは躊躇いがちに口を開く。
「あの……川向うの森のことなのですが……」
一瞬、タリエシンさんの目が鋭くなった気がしたが、次の瞬間には柔和な笑顔に戻っていた。
「川向うの森は行ってはならんぞ。精霊が怒るからのう」
「あ……、いえ。その精霊なんですが、その……。本当にいるのですか?」
セリスは顔を伏せ、両手を白くなるほど強く握りしめている。
タリエシンさんと視線を合わせないよう、ひたすら自分の手元だけを見つめていた。
「……なんじゃ。セリスは精霊の存在を否定しておるのか?」
「そ、そんなことはありません!!ただ……」
「ただ?」
「疑問に思ったのです……。タリエシン様がメルケとおっしゃっていたあのお方が、川向うの森に術がかけられていると言っていました。タリエシン様がかけた術だと」
「……メルケがのう」
タリエシンさんは顎髭を触り、チラリとクロを見た。
その目は『余計なことを言いおって』と言っている気がしたが、クロはどこからか貰ってきた肉を頬張ってご満悦だ。
「セリスはどう思ったのかのう?」
「私は……」
言って良いか一瞬迷ったようだったが、深く息を吸い込み、意を決した面持ちで一気に言葉を吐き出した。
「入れば精霊が怒るから、術をかけて入られないようにしているのかとも考えました。しかし、そもそも精霊が怒るというのは嘘で、何か隠しているのかもしれない……と、そう思い……ました」
後半になるにつれ最初の勢いは何処へいったのか、セリスの声は小さくなっていく。
「……ほう。なるほどのう。いい線をいっておるの!最近の若者は頼りないと思うておったが、セリスは中々見どころがある」
「……え?では……」
「まぁ、この話は成人した者にしか話さぬ。よって、おしまいじゃ!!」
「えぇ?!そんな……」
タリエシンさんの一方的な会話の終わらせ方に、セリスは一瞬だけ愕然と目を見開いたが、すぐに怒りで眉根を深く引き絞った。
話す気がないと告げる頑ななタリエシンさんの横顔を、睨みつけるように見つめ返していた。




