第百四十二話 モラルは何処行った?
クソみたいな性格のダークエルフ達が顔色を悪くして縮こまっている様は、見ていて非常に心地が良かった。
我ながら性格が悪いとは思うが、自分に理不尽な怒りをぶつけてくる輩の心配をするような、崇高な精神は持ち合わせていない。
私はただの主婦だ。
パートの休憩中に、同僚の愚痴を言う人の話を不快に思いつつも、止めろと言うことが出来ずに適当に受け流すような、そんな普通の人間。
そもそも聖女だの、救国のなんちゃらだのと言われる方がおかしいと思う。
「セリスよ。お主、何故一対一の対決を申し出たのに、友人達とミサキを追いかけましておったのだ?」
セリスはビクッと肩を揺らして、カタカタと震え始めた。
「最初からそのつもりだったのであろう?嬲り殺しにするつもりが、あてが外れたのう」
「そ、そんなつもりはっ!」
「無かったと精霊に誓って言えるかのう?」
慌てて否定しようとしたセリスの言葉を遮り、タリエシンさんはセリスを睨みつけた。
「ひっ!」
視線が合わさり、更にセリスは縮み上がる。
「タリエシン様!!」
セリスを守るように、慌ててセリスの前に飛び出してきたのは、セリスの父である村長のエイノンだった。
「タリエシン様!何故人族を庇うのですか!!我らダークエルフを迫害したのは人族です!」
私を指差しながら叫ぶエイノンの表情は、怒りと憎しみに満ち満ちていた。
「そうじゃ。迫害したのは大昔の人族よ。じゃが、それはミサキではないぞ」
優しく諭すように、ゆっくりと言葉を重ねていくタリエシンさんの周りには、一つ、二つと精霊達が姿を現し始めた。
「お主達は昔の恨みに囚われて、今を見ておらぬ。それでは未来がないぞ。永遠に人族と敵対していては、我らもいずれ滅ぶ」
「そんな!そんなことは有り得ません!!我らが人族より先に滅ぶなどと!」
怒りを露わにするエイノンを、タリエシンさんは憐れみの目で見つめ、ため息を吐いた。
「我らダークエルフは長寿であるがために、エルフ程ではないにしろ、出生率は低い。しかも最近では世界樹の加護も弱まっているであろう。このようなことが続けば、自ずと先は決まっておる」
「し、しかし!!例えそうであったとしても、人族と馴れ合う必要はありません!」
否定ばかりして現状を見る気のないエイノンに、私はヴァルグリムで見た人族至上主義のクソ野郎が被って見えた。
「……人族もダークエルフも、大して変わらないのね」
私がボソリと呟いたと思っていた言葉は、思ったより声量が大きかったようだ。
エイノンを筆頭に私を睨みつけ、罵倒し始めた。
「人族と我らダークエルフを一緒にするとは、何たる侮辱!!」
「村から早く追い出せ!!」
「その人間を磔にしろ!」
プライドだけはかなり高く、人の言う事に聞く耳を持たないダークエルフ達を見て、私は心底呆れたようにため息をつく。
「……大昔の迫害だかなんだか知らないけどさ」
私の声に、怒号が一瞬ピタリと止まる。
「歴史や種族を盾にして威張ってるけど、やってることは『大人数で寄ってたかって1人を追い回す』とか『負けそうになったら助けてくれた相手を背後から射とうとする』とか、ただのダサい八つ当たりじゃない。大昔の人族がクソだったからって、今のあんたたちがクソみたいな行動をしていい理由にはならないでしょ」
ぐうの音も出ないセリスや17歳の少年、村人たちを順番に見下ろす。
「種族の誇りがどうこう言う資格あるの?誇り高い先祖に顔向けできないような生き方してんじゃないわよ」
そう言うと、ダークエルフ達は大方バツが悪そうに周りの様子を伺っていた。
しかし、何人かは「人族が偉そうに!」と、まだ叫び続けている。
「よさんか!みっともないのう。ミサキの言う通りじゃろう」
タリエシンさんは、ほとほと愛想が尽きたと言わんばかりにため息を吐き、ダークエルフ達を見た。
「……ここまで酷くなっていたとはな。何百年か前より悪化しているぞ。大方、恨みつらみを子供らに吹き込んで洗脳でもしたんだろ。くだらん」
クロに至っては、心底軽蔑したような眼差しをぶつけて吐き捨てている。
「ですが……っ!」
それでも食い下がるエイノンに、タリエシンさんは頭を抱えてため息を吐いた。
「お主、愛の女神の眷属であるメルケを連れたミサキに、思うところがあるのか?ミサキは精霊にも好かれとる。これは、我らダークエルフにとって害がないことを示す確かなものであろう」
タリエシンさんは一呼吸置いてから更に話を進める。
「精霊が信じられぬのならば、お主は最早ダークエルフではない」
「ねぇ……。もう良いでしょ?ハッキリ言って歴史がどうとか、ダークエルフの行く末とか、私には難しすぎて分からないわ!この勝負、私の勝ちかセリスの勝ちか、どっちなの?」
早く決めてよねと腕組みしながら聞く私に、ギロリと睨みを利かせるダークエルフの村人達に、私はまたもため息が漏れた。
「おぉ!そうじゃった、そうじゃった!歳を取ると話が長くなっていかんのう。この勝負、無論ミサキの勝ちぞ」
「なっ……!タリエシン様!!私は負けてなどいません!」
セリスはタリエシンさんに駆け寄り、必死に訴える。
しかし、タリエシンさんは無表情でセリスを見つめて一呼吸置いたあと肩にそっと手を置き話し出す。
「……セリスよ。お主、ジャイアントボアに致命傷を与えることは出来たか?」
「い、いえ……。しかし、そいつとて致命傷は……」
「そうじゃのう。ミサキも致命傷は与えておらぬよ。しかし、一人でジャイアントボアの両膝を破壊し、足止めすることがお主には出来るかのう?」
そこまで言われて、セリスはようやく口を閉ざした。
その顔からは納得できないような、悔しいような、そんな感情が見え隠れしていた。
「人を見下すのは止めるのじゃよ。下を見れば優越感を感じられて、さぞ気持ちが良かろう。しかし、それでは成長はせぬぞ。さぁ!皆の衆、ジャイアントボアを解体して、昼ごはんにしよう。宴じゃ」
(えっ……。あの丸焦げ猪、食べるの?)
外側は真っ黒焦げだが、中身は無事なのだろうかと思案し、村人の反応を見る。
宴と聞いても誰も嬉しそうな顔をすることなく、村人達は丸焦げのジャイアントボアのところへ足取り重く向かって行った。
(やっぱり、黒焦げの猪は食べたくないんじゃあ……)
そんな見当違いのことを思いながら、私は皆の後を追った。




