第百三十九話 なんで私がこんな目に
私が偽装した痕跡を辿って、セリスは森の奥へ消えていった。
その後、他のダークエルフが周囲にいないかを確認して、私は木から降り藪に身を潜める。
「さて……どうしようかしらね」
私の後を執拗に追いかけ回して、セリスに居場所を知らせているお邪魔虫は全部で三人。
一人はさっきお仕置きしたから、残るお邪魔虫は二人だ。
とりあえずセリスと逆方向に行き、痕跡を探そうと思い広場へ戻る道を進む。
暫く進むと、何だか嫌な視線を感じた。
首の後ろがジリジリするような嫌な感じがして、振り返るけれども誰もいない。
でも気のせいじゃない。
——誰かに見られている。
どこにいるか分からないが、確実に見られている。
しかし、攻撃してくる様子もなければ、セリスに居場所を教える様子もないため、一旦保留した。
「何なのよ……。全く」
この国に来てからというもの、剥き出しの憎悪を叩きつけられることが多く、何だかんだ精神的に疲れが出てきている。
自分がしでかした過ちならば仕方ないと割り切れるが、大昔の人族がした迫害の代償を、何故、異世界人の私が支払わなければならないのかと思う。
思うが、当事者からすれば、それすら烏滸がましいのだろう。
向こうから見れば、私もただの人族で、迫害してきた者達の子孫に見えるのだから。
理屈では分かっていても、納得できるかどうかは別問題だ。
兎に角、私は今、非常にイライラしている。
「全員ぶん殴ってやらなきゃ気がすまないわ……」
そう言った瞬間、一本の矢が木の幹へ突き刺さった。
「あっぶっ!!!」
私は慌てて木陰に身を滑り込ませて、周囲を確認した。
足音は聞こえなかった。
遠くから打ったのか、音もなく近づいたのか……。
(相手が隠密のスキルなんて持ってたら、私死ぬんじゃない?)
そんな考えがよぎった瞬間、目の前をふよふよと横切っていく小さな光を見つけた。
(あれは……タリエシンさんが電気代わりにしてた精霊?)
その精霊がどこに行くのか目で追っていると、矢が飛んできた後方へ行き、木の幹のところをグルグルと旋回し始めた。
(もしかして……場所を教えてくれてるの?)
ここでずっと身を隠しているわけにもいかず、私は精霊を信じて行動に移した。
手頃な石を投擲し、意識をそちらへ向けて距離を詰め、また木の陰に身を潜める。
次で一気に距離を詰めないと、私では相手に気づかれるだろう。
クロにしごかれているとはいえ、私の隠密行動はまだまだクロの合格点には程遠い。
私は石を二つ拾い上げ、一つを投げた後に飛び出し、走りながら二つ目を反対方向に投げる。
ダークエルフが、二つ目の石が落ちた方向に矢を打とうと構えていたのが視界に入った。
一気に距離を詰め、あと少しで懐に入れると思ったときにこちらに気づかれた。
ダークエルフは振り返りざまに矢を打つが、私は斜め前へ飛び込んで回避し、転がる勢いのまま木の幹へ隠れた。
ダークエルフはすぐさま私が隠れた木の裏へ回り込んできた。
その瞬間、私は顔面目がけて左手で思いっきりぶん殴った。
ダークエルフも矢を打ってきたが、それは私の左頬を掠めて地面に刺さる。
「ごはぁ……!」
ダークエルフはそのまま後ろに倒れたものの、意識はあるようだった。
「あら?気絶しないのね。やっぱり左手じゃあ加減が難しいわね……。じゃあ次は右で」
倒れたダークエルフの襟首を掴み、私は右手を大きく振り被った。
「ま、まま待ってぐれ……!ごうざんだ!!」
ダークエルフは鼻血を出しながら涙を流して懇願してきたが、知ったことではない。
「殺してやるって息巻いてた奴の言うことなんか、聞くわけないじゃない」
「ご、殺ざないで!!」
必死に懇願するダークエルフの顔を見れば、どうもあどけなさが残った顔をしている。
「……あなた、いくつ?」
眉根を寄せて質問する私に、ダークエルフは助かるかもしれないと思ったのか、必死に訴えてきた。
「お、俺は17だ!お願いだ!!助けでぐれ!」
綺麗な顔立ちをしているのに、涙と鼻血でぐちゃぐちゃになった顔。
さっきまで殺せと息巻いていたくせに、今では助けてと懇願する調子のいい二枚舌。
本当に反吐が出る。
「……あんた、私が離したら矢を射るつもりでしょ?」
そう言うとダークエルフはビクッと肩を跳ね上げた。
「そ、そんなごとじない!!約束する!」
あまりの必死さに私はため息をつき、掴んでいた襟首を離した。
「タリエシンさん達のところへ戻りなさい。次はないわよ」
そう言って背を向けると、ダークエルフは落ちていた弓を拾い、私の背中目がけてキリキリと弓を引き絞った。
「……次はないって、言ったでしょ!!!」
私は振り返りながら隠し持っていた石を顔面目がけて、思いっきり投げつけた。
ゴン!!という鈍い音と共に、ダークエルフはその場に倒れて気絶している。
「……あら。美形が見る影もないわね。……やり過ぎたかしら?」
顔を覗き込んだが、加減して殴ったとは言え、何本か前歯も折れていたようだ。
そこへ石の投擲が加わって、更に悲惨なことになっている。
「……まぁ、死にはしないでしょ」
(タリエシンさんもいるし、きっと大丈夫。うん。そうに違いない)
いつもの他力本願を発動しながら、私はそのダークエルフもまた木に括り付けておく。
鼻も潰れているので、鼻血で気道が塞がらないように一応留意する。
「これでよし……と」
残るはお邪魔虫とセリスの二人かと、辟易しながら痕跡を探して回る。
足跡はない。そうなると木の上にいるのかと周囲を見回す。
ふと、またあの精霊の光が目に入った。
数メートル先の木の幹の辺りをふよふよと浮いている。
「そこに何かあるの?」
人の気配はないが、周囲の警戒は怠らない。
そっと近づき精霊がいた木の幹を調べると、樹皮がわずかに削れているのに気づいた。
「矢筒が擦れた跡……?」
上に向かって擦れているということは、やはり木の上にいるのだろう。
「教えてくれてありがとね」
言葉を理解できるかは分からないが、さっきも助けてくれたためお礼を言うと、精霊は嬉しいのか小刻みに左右に揺れていた。
暫く上を注意しながら進むと、風は吹いていないのに一本だけ不自然に揺れた枝があった。
(見つけた)
しかし距離がありすぎる。
近づく前に気づかれてしまうため、どうしようかと考えていると前方からフゴフゴと変な鳴き声が聞こえてきた。
(何あれ……。猪?デカすぎない?!)
ゆうに三メートルはある体長に、高さも日本人女性の平均身長ぐらいはありそうな大きさだ。
普通の猪でもかなり怖いのに、数倍大きい化け物級の猪に目眩がしそうだった。
その猪の魔獣は知ってか知らずか、ダークエルフがいる木の幹に身体を擦り付けて身体を掻いている。
その度に木が大きく揺れる。
ダークエルフも必死にしがみついているようだが、時間の問題かも知れない。
そう思った瞬間、木からダークエルフが落ちてきた。
ダークエルフは慌てて弓を構えて魔獣目がけて矢を射るが、皮膚が厚いのか固いのか、深く刺さっていないようだった。
しかし、猪の魔獣を怒らせるのには十分だったらしい。
ブオオオォオォォ!!!
という雄叫びを上げたかと思うと、ダークエルフ目がけて突進した。
あんなものを正面から受ければひとたまりもない。
「危ない!!」
咄嗟に助けようと身を乗り出したが、距離があり過ぎて届かない。
すると、「伏せろ!」と声が森に響いた。
声と同時に蔓が頭上を切り裂く。
蔓にぶら下がっているのはセリスだった。
セリスは蔓にぶら下がったまま、襲われていたダークエルフを抱き寄せ、勢いを殺さず森を駆ける猿のように枝から枝へと渡る。
「よかった……」
そう呟いたときに気づいた。
咄嗟に飛び出したため、私は猪の魔獣と相対している。
——まずい。
そう思った瞬間、猪の魔獣は私目がけて突っ込んできた。
「ひえぇぇぇぇぇ!!!」
私は踵を返して全速力で逃げた。
自分を殺そうと息巻いていた奴なんかを助けようとしたばかりに、こんな目に遭ってしまった。
私は半べそをかきながら必死に逃げた。




