第百三十八話 クソったれなダークエルフ共へ
「何故こうなった……」
本当に理解できない。
あれからクロとセリスは勝手に話をつけた挙句、『すぐに勝負だ!』と言って外に私を叩き出した。
今は村近くの広場に、セリスと相対している。
「いや、無理だって!私死ぬわよ?!」
少し離れたところにある岩の上に座って寛ぐクロに、私は叫んで言ってみた。
が、しかし。全く聞く耳を持ってくれない。
タリエシンさんに至っては、お茶と干した果物まで持参してクロの隣でウキウキしている。
(おい、お前のとこのダークエルフどうにかしろや!)
思わず心のツッコミが口から飛び出そうになったが、ぐっと堪えて飲み込んだ。
村のダークエルフもほとんどが見に来ているのか、多くのダークエルフが遠巻きに私達を見ていた。
その目には、私への侮蔑が混じっているように思えた。
現に観覧者の中には、心ない言葉を浴びせる者もいる。
「おい!セリス!!また負けたら一生の恥だぞ!」
「そうだぞー!野蛮人の人族で、しかも卑劣なテイマー相手に負けたとなれば、追放ものだ」
「だから私はテイマーじゃないわよ!」
私をどうこう言うのは構わないが、何だかクロまで馬鹿にされているようで腹が立つ。
「ふん!人族のいうことなど信用できるものか!」
何を言っても話が全く通じないダークエルフ達に、私は段々とイライラが募っていく。
(コイツら全員、一発ずつ殴りたい……)
拳を強く握りしめると、革のグローブが小気味よくギュギュっと鳴った。
「……おい、あのグローブもしかして」
「なんだよ?あれは……バルドガルド王国の紋章?」
「まさか……」
グローブの甲に描かれたバルドガルド王国の紋章に気づいたらしい何人かのダークエルフが、青い顔をしていた。
(このまま勝負が有耶無耶にならないかしら……)
淡い期待を抱いたが、その期待は早々に打ち砕かれることとなる。
「あいつ!バルドガルド王国の宝を盗んでるぞ!」
「卑劣なやつだな!!おい!セリス!そいつを殺してバルドガルド王国へ首を持っていけ!」
『殺せ!殺せ!!殺せ!!!』
ダークエルフが殺せと大合唱し始めると、流石に不味いと思ったのか、タリエシンさんが立ち上がった。
空を指さし、何かを唱えたかと思うと、強烈な閃光が走り、ドカン!!という強烈な爆音を伴って、雷が近くの川へ落ちた。
「皆の者。よく聞くのじゃよ。ミサキは人族じゃが、バルドガルド王国から盟友と認められた者。よって、その者を殺すことは、バルドガルド王国と相対するということと同義。手出しは許さぬよ」
先程の優しそうな温和な好々爺は何処へ行ったのか、今のタリエシンさんはまるでギリシャ神話のゼウスの如く雷を纏いながら、その場の全員を睨みつけていた。
「も、申し訳ありません……」
「しかし、その人族がバルドガルド王国の盟友だなどと……」
タリエシンさんの怒りを間近で見た上で口答え出来るダークエルフの胆力にも驚かされたが、私には命知らずな阿呆にしか見えなかった。
タリエシンさんは、言いがかりをつけてきた一人のダークエルフの男性を指差した。
その瞬間、その人に向かって天から雷が落ち、男性は一瞬で崩れ落ちた。
「だ、大丈夫か?!」
周りの人が抱えあげ、容体を確認すると息はあり、気絶しているだけのようだった。
「威力は調整しておるからのう。死にはせん。お仕置きじゃ」
ニコニコしながら、そう言ってのけたのは、いつものタリエシンさんだった。
それでも広場は静まり返り、空気は張り詰めたままだった。
(これで殺される心配はなくなったけれど……)
もしかして、私のためにしてくれたのだろうかと頭を掠めたが、それなら最初からこの勝負自体をさせないようにしてよと思い、ため息を吐いた。
場の空気を察してか、村長であるセリスの父、エイノンが広場の真ん中まで出てきた。
「皆よく聞け!タリエシン様の言うことに間違いがあるはずがない!」
村人、一人一人の顔を見ながら話し出し、私を指さした。
「この人族がバルドガルド王国の盟友だなどとは認めたくはないが、そうであったとすれば、ドワーフ達の品性が地に落ちたのだ!我らと同じ時を過ごす者として親しくしていたが、やはりドワーフも蛮族だったということだ!」
「はぁ?!」
話が飛躍しすぎていて、訳が分からなかった。
ダークエルフという種族は、どれだけ傲慢で、横柄で、人の話を聞かない人種なのかと呆れ返ってしまった。
タリエシンさんも頭を抱えて、ため息をついているのが目に入る。
「全ての元凶の蛮族を、我が娘が打ち負かす様を皆で見守ろうではないか!」
そう言ったエイノンの言葉に応えるように、周りのダークエルフ達は「やっちまえ、セリス!」と囃し立て始める。
ここまで悪者に仕立て上げられるのも、悪意をぶつけられるのも初めての経験だった。
女神様の加護の効果は『皆に愛される』のではなかったのか。
それとも、効果があってこれで済んでいるのだとしたら、ダークエルフの人族への憎悪は、私が思っている以上に深いのだろう。
タリエシンさんの言っていた、ダークエルフの人族への恨みは『かなり根深く、恨みも深いぞ』という言葉を、私はイマイチ理解していなかったようだ。
「最初から殺しにかかってくるかもしれないわね……」
冷や汗が頬を伝うのが分かる。
タリエシンさんが干しぶどうを食べながら試合開始の号令をかけた。
「お互い致命傷は負わせぬように!良いな?勝負開始じゃ!」
タリエシンさんが言い終わらない内に、セリスが弓を構えたのが目に入り、私は慌てて足元の地面目がけて拳を叩き込んだ。
すると、グローブから衝撃波が走り、土や小石を巻き上げて爆ぜた。
「ちっ!」
セリスの舌打ちが聞こえ、私は急いで隣の森に逃げ込む。
何もない広場では、ただの的になってしまう。
しかし、森ならまだ勝算はあるはずだと思い逃げ込んだのだが……。
「セリス!こっちにいるぞ!!」
「はぁ?!何教えてんのよ!」
どこに身を潜めても、セリスではなく他のダークエルフに見つかってしまう。
この状況に、私は段々と腹が立ってきた。
「一対一の勝負じゃなかったわけ?!」
藪の中に身を潜めながら愚痴を言うと、後ろで気配を感じて振り返る。
「おーい!こっちに………ぐぼぇ!」
ダークエルフに見つかり、私はイライラも相まってそのダークエルフの顔面に拳をめり込ませた。
「全く。ダークエルフって本当に性格悪いわね……」
そう言いながら、私は気を失ったダークエルフを引きずって行き、木の幹に蔓でぐるぐる巻きにして縛り付けておいた。
「……これでよし。私と間違って射られたらごめんね?」
ニヤリと笑って私はその場を後にした。
しかし、そのまま遠くへ逃げるのは芸がないと思い、私は森の奥へ行ったように偽装した後、近くの大きな木の枝の上にするりと登り、身を潜めた。
ほどなくして、私の足跡を追ってきたセリスが姿を現す。
木にぐるぐる巻きにされた同胞を見たセリスは、「これは……」と目を見開いて立ち尽くしていた。
一発殴られて気を失っているだけの同胞を見て安心したようだったが、私が結んだ蔓を解けずに苦戦している。
「あの人族、どれだけ馬鹿力なの?」
解こうとしては手こずり、最終的に痺れを切らして蔓を切り落とすセリスの様子を、私は枝の上からニヤニヤと見下ろした。
同胞を他のダークエルフに預けたセリスは、警戒するようにゆっくりと森の奥へ視線を向ける。
その顔には、隠しきれない動揺が浮かんでいた。
(森の中でダークエルフ相手に勝てるわけない、とでも高く括っていたのかしら?)
悔しそうに唇を噛みしめるセリスを見下ろしながら、私はフッと不敵に笑った。
さあ、かくれんぼの続きを始めましょうか。




