第百三十六話 神々の暇つぶし
「はっはっは!ひぃー!ひぃーひっひっひ!!」
腹を抱えて笑うタリエシンさんに、『そこまで笑わなくても……』と苦笑いを浮かべる私を見て、更にため息を吐くクロ。
「もう!クロもため息ばっかり止めてよねっ!!」
眉間にシワを寄せて怒る私を見て、クロはまたため息を吐いた。
(こいつ!当てつけかぁ〜?)
「あのねぇ!それ止めてって——っ!」
私が顔をクロに近づけて文句を言おうとしたとき、目の前が真っ黒になったかと思うと、顔面にクロの肉球が押しつけられた。
「うるさい」
「むー!これふべば、わほひがははむほおほっへ!」
(もー!これをすれば、私が黙ると思って!)
顔を顰めてクロの肉球から逃れ、ぷはっ!と息を吐く。
「お前は本当に仕方のないやつだな。『何もできない』なんて胸を張って言うことじゃないぞ」
「だって仕方ないじゃない!魔力って言われても分からないし、スキルなんてどうやって習得するのかも、発動条件も分からないんだもの……」
私は自分のズボンの裾を、シワがつくことも気にせず強く握る一方で、紡いだ言葉はどんどん弱々しくなっていった。
ガイルさんに基本は教えてもらってマシになった。
そこから実戦を積んで、クロに教えてもらいながらここまで来た。
少しばかり戦えるようにはなったが、Bランクの魔物が出れば一人では確実に死ぬだろう。
まだまだ強くならないと、私は子供達を探すどころか、自分の身体の一部を探し回る羽目になるかもしれない。
しかも、即死すればそれすら叶わない。
そんなことを考えて小さくなっていると、タリエシンさんがいつの間にか笑い終えていることに気づき、私は顔を上げた。
タリエシンさんと視線がぶつかると、いつものにこやかな表情ではなく、真剣な顔つきでこちらを見ていることに私は驚いて、ビクッと肩を震わせた。
「ミサキよ、お主。何か勘違いをしてはおらんかのう?」
タリエシンさんの声色は優しく、私を諭すようだった。
「……勘違い、ですか?」
「左様。お主は魔法もスキルもない。何も出来ないと言うが、愛の女神モウゼル様の加護がついておるじゃろ。その加護のお陰で助けられた人もおるはずじゃ」
「それは……そうですが。加護の効果で身体能力が二、三割向上しても、私のように元がそこまで強くない人間では、あまり意味がないのでは……」
愛の女神モウゼル様の眷属であるクロを前にして、女神様のスキルに文句を言うのは、非常に居心地が悪いが、私は言い淀みながらも言葉を続けた。
「まぁ、それはそうじゃろ。ミサキとメルケは同じ加護を持っておるが、元が違いすぎて文字通り桁違いじゃ。そもそもメルケの強さは、この世界でも指折りであろうよ」
(強いとは思っていたけど、そこまでだったなんて……)
私はクロの横顔に目を移すが、クロはこちらを見ずに話出した。
「……お前は戦士になりたいのか?違うだろう。モウゼル様はお前を守れと俺に神託を下さった。他の神の悪意から守れと。お前のような者が出る度に心を痛められ、俺に守れと仰る」
クロは一呼吸置いてから、私の目を見て言った。
「モウゼル様は次こそ無事でいてほしいと、お前に加護をつけられた。それをどう使うかは、お前次第だ」
(御守りみたいなものなのかしら……?)
「そうは言っても、いつまでもクロに守ってもらうわけにはいかないわよ。ある程度、自衛できないと」
「それはもう出来ている。ガイルの指導のお陰もあるが、バルドガルドで戦闘が多かったからな。戦い方がだいぶ身体に染み込んだろう。やはり実戦あるのみだ」
クロはニヤリと悪い顔で笑った。
「やっぱり。今まで私にやらせてたのね?」
「ふん。そうしていなければ、お前はすぐ死ぬと思ったからな。ゴブリンを殴れないときはどうしようかと思ったぞ」
「だ、だって!向こうでは魔物なんていないし、人を殴ったことなんて……。……ないとは言わないけど、数える程度しかないもの!」
人を殴ったことがない!と断言しようとして『いや、あったな……。あ、これも殴ったな……。』と過去のアレコレを思い出し言葉に詰まったが、クロ達は気にしていないようなので良しとする。
「それで……。私以外の異世界人はどうなったの?帰れたの?」
最も聞きたかったと言っても良い話題に切り込み、私の心臓は次第に速さを増していった。
気づけば手にはベッタリと汗をかいていて気持ち悪い。
「お前以外は全部死んだ」
クロは私と目を合わすことなく言う。
「死んだ……?帰れなくて自殺したの?」
「そういう者もいた。あとは気が狂った奴もいれば、魔物に殺られたのもいる。色々だ」
心無しか、クロが小さく見えた気がした。
思い出して傷ついてしまっただろうかと不安になったが、これは聞いておかなければならない。
「神様は、何で異世界人を連れてくるの?」
クロは黙っていたが、代わりにタリエシンさんが重い口を開き、答えてくれた。
「……暇つぶしじゃよ」
「…………え?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
暇つぶし——?
(じゃあ……私が、子どもたちが、命の危険に晒されて死ぬほど苦しんでいるのは……ただの神様のヒマつぶしだって言うの!?)
そんな胸糞悪い考えが頭の中をグルグルと駆け巡り、私は震える手で自分の口元を覆った。
そんな私の様子を見ながらも、タリエシンさんは構わず続ける。
「神の中には、性根の腐ったような者もおる。人と同じじゃよ。自分達の楽しみのために人を陥れて、その反応を見て面白がるんじゃよ。そういうものに目をつけられれば、身の破滅じゃ」
囲炉裏の火を見つめるタリエシンさんの瞳は、どこか違うものを捉えていたように思えた。
「つまり、私も破滅するってことですか……?」
古龍に子供達が食べられたと思い込んで絶望したときを思い出し、私の声は震えだした。
喉が締まる感じがして、妙に喉の奥が痛かった。
「…………お前は、今までの奴らとは違う」
ぽつりと零したクロの言葉を聞いて横を見れば、クロは私に背中を向けて話していた。
「落ち込んでも、次の日にはケロッとしている。絶望しても、這い上がってくる。文句を言いながらも、やれるだけのことをやる。ひたむきに努力する者が報われないなど、あってたまるものか」
クロの顔は見えなかったが、その背中はいつもの頼もしい背中で、尻尾は照れ隠しなのか大きく左右に揺れていた。




