第百三十五話 私は佐藤美咲!!
翌朝目を覚ますと蛍のような光は消え、窓から朝日が差し込んでいた。
「あれ……?クロ?」
横で寝ていたはずのクロがいなかったため、部屋を見渡すが姿はなかった。
暫く待っても誰も来ないため、布団を丁寧に畳み終えたあと家の中を見て回った。
人の家を見て回るのもどうかと思ったが、ちょっとRPGみたいでドキドキする。
別に棚を開けたり家探しする気はない。
タリエシンさんの家は木造建築で、ワンルームのような作りになっている。
部屋の中心に竈があり、そこにはまだ火が残っていた。
時折パチッと小さく爆ぜる音が部屋に響く。
壁には月の満ち欠けや、星座を模したようなタペストリーが沢山かかっていたが、一際目を引く大きなタペストリーに目が釘付けになった。
「これは……。御神木か何か?」
大きな木が真ん中に描かれており、その周囲を不思議な丸い光が飛んでいた。
昨日、タリエシンさんが出した魔法の光のように淡く光って、大きな木を神秘的に浮かび上がらせている。
そのタペストリーに吸い込まれるように近づくと、後ろから声がかかり、私はびっくりして飛び上がった。
「おや、起きておったか。では朝食にしようかのう」
タリエシンさんが入ってきたことすら気づかず、タペストリーに見入ってしまっていたらしい。
「タリエシンさん、おはようございます。お布団ありがとうございました」
私はお礼を言って頭を下げると、タリエシンさんはキョトンとしたあと、目を細めて口を開いた。
「はっはっは。気にするでない。半ば無理矢理連れてきたのはこちらじゃからのう。それより、よく眠れたかのう?」
「はい。久しぶりにゆっくりさせて頂きました」
「そうかそうか」
タリエシンさんは笑顔でゆっくり頷きながら朝食の準備をしていたため、手伝いを買って出た。
手伝いといっても、フルーツを切ったり豆を湯がいたりする程度だ。
自然の恵みは、その命を授かったままいただくのが精霊への礼儀らしく、複雑な調理は一般家庭ではあまりしないらしい。
「タリエシンさん、その……精霊についてよく知らないのですが、作物の育ち方と精霊は関係があるのですか?」
私は大きいオレンジのような果物を切りながら、タリエシンさんに質問してみた。
タリエシンさんは笑顔を崩さず、にこやかに答えてくれる。
「精霊は作物を育てるのを手伝ってくれるでのう。感謝をせぬと、たちまち精霊は姿を消す。育てるのは我らだけではないのじゃよ。精霊と大地、そして我らの三者が力を合わせて初めて実りとなるのでのう」
「精霊は実在するのですか?見たことがないもので……」
そう言う私の顔を、タリエシンさんは驚いたような顔で見る。
「何を言うておる。昨日見たじゃろ?」
「え……?昨日……ですか?」
心当たりがなく首をひねっていると、タリエシンさんはふふっと笑って答えた。
「昨日明かりを灯したじゃろ?あれは精霊じゃよ」
「えぇ?!あれ、精霊だったんですか?!」
(精霊を気軽に電気みたいに使わないでよ!!)
心のツッコミが危うく口から飛び出しそうになるのを、引っ掴んで無理矢理仕舞い込んだ自分を褒めてあげたい。
「てっきり魔法かと思ってました……」
「確かに魔法も存在するがのう。我らダークエルフは精霊魔法を使うのじゃよ」
「魔法と精霊魔法……。自分の魔力を使うか、精霊を媒介にするかの違いですか?」
オタク知識を総動員させて聞いてみたが、この世界でこれが合っているのか分からない。
精霊に怒られたらどうしようと、半ばドキドキしていた。
「まぁ、そういうことじゃな。ほれ、朝食にするとしよう」
タリエシンさんは精霊に祈りを捧げてから、大きめの葉に盛り付けられた数種のフルーツと枝豆っぽいものを口に運んでいた。
「あの……。クロはどこか知りませんか?目を覚ましてから見ていないんです」
クロがいないのに、先に食べることに躊躇した私はタリエシンさんにクロの居場所を聞いてみた。
「メルケか?さぁのう。どこかほっつき歩いとるんじゃろうて。メルケの分も二人で食べてしまおうかのう」
そう言ってタリエシンさんがクロの分に取っておいた朝食に手を伸ばすと、窓の方から音がした。
「おい。それは俺のだろう」
そう言いながらクロが窓から入ってきた。
「えっ?!窓の下は崖でしょ?!何で窓から入ってくるのよ!落ちたら危ないじゃない!!」
慌てて窓の下を確認するが、やはり足場などはなく目も眩むような高さがあり、崖下に川が流れているだけだった。
「うるさい。どこから入ろうが俺の勝手だ」
フンと鼻を鳴らして朝食を食べ出したクロに、私は呆れてため息を吐く。
そんな様子を、タリエシンさんは微笑みながら見つめていた。
朝食を済ませて後片付けをしたあと、私は昨夜打ち明けると決めた異世界召喚の話を切り出すことにした。
信じてもらえるかは分からないし、邪神と繋がっているなどと言われて磔にされないだろうかと、背中に薄ら寒いものを感じながら話を切り出した。
「あの……。折りいって相談があるのですが……」
そう言うと、タリエシンさんとクロが顔を上げ、クロは何を言い出す気だと言いたげに私を見た。
タリエシンさんのあの目は、私のすべてを見透かしているようで、内心怖い。
先程フルーツを食べたばかりだというのに、喉が渇き、張りつく感じがして上手く喋れない。
「異世界召喚……というものをご存知ですか?この世界ではない、違うところから飛ばされて来る人はいないでしょうか?」
自分がそうですと言う勇気が出ずに、遠回しな聞き方になってしまった。
それでも手に汗をびっしょりとかくほど緊張している。
「異世界から来る者か……。たまにおるのう」
「そうだな。俺も何人か会っている」
「……は?」
あっけらかんと話す二人に私はかなりの温度差を感じたのと、クロに至っては何人か会ったことがあるとか言い切ったため、頭が追いつかずに言葉が出なかった。
「は?……え?あ、会ったことがあるの?」
「あるぞ。お前もそうだろう」
クロにいきなり核心を突かれ、驚きのあまり何も言い返せずいる私を尻目に、タリエシンさんとクロでどんどん話を進めだした。
「やはり異界人であったか。どうも見にくかったわけよのう。やはりいつものアレか?」
「ああ。モウゼル様が助けろと神託を下さったのだから、そうだろう」
ため息を吐き、頷くクロに対し、タリエシンさんは吐き捨てるように言う。
「……全く。悪趣味な神よ」
私は訳が分からず、タリエシンさんとクロを交互に見つめ眉根を寄せていると、クロがいきなりこちらに向き直ってしかめっ面をする。
「……その間抜け面はやめろ。気が散る」
「な!?何よ!仕方ないじゃない!!知ってるなんて思わなかったんだもの!知ってるなら早く言って……」
そう言いかけた瞬間、言葉を飲んだ。
知っていても、言えなかったんじゃないだろうか。
クロだって言おうと思ったはずだ。
でも、クロは私を信用しきれずに悩んでいたはず。
(……ううん、それだけじゃない。私を怖がらせまいと、傷つけまいと、ずっと一人で背負い込もうとしてくれていたんだ)
クロの優しさを理解しようともせず、一方的に非難するのは、何か違う気がした。
「ん——っとにもうっ!!」
頭を両手で掻きむしって、このよく分からないモヤモヤをどうしたら良いのか考える。
しかし、私は考えるより先に行動するような人間だ。
考えるだけ無駄だとすぐに答えは出る。
タリエシンさんとクロは私のことを怪訝そうな顔で見ていたが、そんな二人に私は言い放った。
「私は佐藤美咲!地球から来た異世界人よ!!魔法も剣も、スキルもないとこから来たわ。だから何もできないの!!」
胸に手を当て、堂々と二人に言ってのけた。
そんな私をタリエシンさんはきょとんとした後、あごが外れるのではないかというくらい笑っていたが、クロはため息を吐き、やれやれと首を振って項垂れていた。




