第百三十三話 私から逃げるな。私を見ろ!
肩を落として寂しそうにするクロに、私はクロの過去を垣間見た気がした。
助けてやっても、最終的には皆、クロの言葉を聞き入れず堕ちていく。
そんなことをひたすら繰り返してきたのだろう。
だから最初、私ともどこか距離があったし、喋られることも黙っていたのかもしれない。
過去の経験から、私をどこか信じきれなかったのだ。
『コイツもきっと今までの奴らと同じ』と思い、距離を置いた。
しかし、クロは話してくれた。
私を信用してくれた。
私からクロに何も返すことが出来ないかもしれない。
けれど、これだけは確実に言い切れる。
「私はクロを裏切らない」
クロは顔を上げて、私の顔を見つめる。
「クロが私を見捨てても、私はクロを信じてるし、一緒にいるわ」
「お前、何言って……」
少し困惑気味のクロに、私はもどかしさを感じて、頭を掻きむしった。
(うまく言えないけど、過去の傷を理由に私から逃げないでよ!私が信じているのは今、目の前にいるクロなんだから!!)
どう説明すればいいか考えるも、やっぱり気取ったいい言葉なんて見つからない。
「あーもう!今までの奴らと一緒にすんじゃないわよ!失礼ね!!私は私よ!ちゃんと私を見なさい!クロを裏切るように見えるってわけ?!」
私は、どうだ!と言わんばかりに腰に手を当て、胸を張ってクロに対峙した。
その姿を見たクロは、何とも呆れたような顔をして、やれやれと首を振る。
いつものクロの様子と何ら変わりない姿を見て、私は少しばかり安堵した。
そんな私達のやり取りを、タリエシンさんは目を細めて見守っている。
この人も、クロのことを心配していたのだろう。
他のダークエルフとは違い、慈愛に満ちた表情をしてクロを見つめていた。
「メルケよ。良い相棒じゃないか。私もこれで心残りが一つ減ったわい」
「心残り……ですか?」
まるで自分の死期が近づいているような言い回しに、私は眉根を寄せてタリエシンさんに尋ねた。
「メルケの奴、最後に会ったときは酷い状態でなぁ。誰も信じられんといった様子で酷く落ち込んでおったから、心配だったのじゃよ」
「そうなんですか……」
チラリとクロを見れば、クロは鼻にシワを寄せてタリエシンさんを睨んでいる。
照れ隠しだろうか。
「タリエシン、うるさいぞ!余計なことを言うな!」
「はっはっは。良いではないか。ミサキも知りたがっておるようじゃしのう。お主、あまり心配をかけるでないぞ」
ニヤリと笑ってクロに語りかけるタリエシンさんは、すごく親しい間柄だと分かる。
「誰がだ!俺のほうが心配しているんだ!!コイツはいつも突拍子もないことをしでかすし、何故か何もないところですら転ぶんだ。目を離せばすぐ死ぬ!」
「うぐ……。仰る通りで。申し訳ない……」
痛いところをつかれ私は謝る他なく、小さくなる。
「お主のそのような姿を見るのも、久しいのう……。その方がお主らしくて好ましいわい。詰まらぬことで気を揉むな。お主は優しすぎるのだ」
「俺は別に優しくなんかないぞ」
フン!とそっぽを向いて鼻を鳴らす姿は、拗ねた子供のようですごく可愛らしかった。
「……ぶふ!」
クロの姿が可愛らしくて、普段のクロとのギャップに私は思わず吹き出してしまった。
「何がおかしい!!」
クロは怒鳴ったが、声はどこか嬉しそうで、ちょっぴり恥ずかしそうだった。
それがまた子供のようで、私は更に可笑しくなって暫く笑い転げていた。
「……コイツは駄目だ。暫く放っておこう」
クロは私を見ながらため息をついて、タリエシンさんと話を進めた。
「バルドガルドから首都に行くまでの主要ルートを通って来たが、途中で狙撃された。あれは首都の警備兵か?」
「あぁ……。恐らく山向こうの村の連中じゃろうて。あいつらは特に排他的で、他の人種を嫌うからのう」
「……そうか。ここから首都へ向かう間に注意すべきところはあるか?」
「そうさのう……。他には特に思いつかんが、如何せん人族を見ればダークエルフがどう動くか、予想が出来んのでなぁ」
顎髭を撫でながら月を見て考え込むタリエシンさんは、やはりどこか神秘的で、その姿は一枚の絵画のようだった。
「ひぃ……ひぃ……。ぶふふ!あ、あの。タリエシンさん!」
「何じゃ?」
私はまだ笑いそうになるのを堪え、呼吸を整えた。
「ダークエルフは何故そんなに排外主義なのですか?特に人族を嫌っているように見えるのですが」
「何じゃ、知らんのか?」
驚いたように目を見開いたタリエシンさんは、私に丁寧に説明してくれた。
「人族は寿命が短いから知らんのかのう?ダークエルフは元々、西大陸一帯にそれぞれの部族で分散して住んでおったのだ。しかし、東大陸から人族がやってきて、ダークエルフを北へ追いやったのだ」
「北へ、ですか?龍背山脈ではなく?」
私の疑問にタリエシンさんは頷いて話を続けた。
「最初は北へ追いやったのだ。見渡す限りの雪原と雪山しかない地ヘのう。流石のダークエルフと言えど、目ぼしい食料が魔獣しかない土地では生きられぬ。そこで龍背山脈へ流れたのじゃよ」
「それで人族を特に嫌っているのですね」
「そうじゃ。かなり根深く、恨みも深いぞ。ダークエルフの国で人族の子供が迷い込めばどうなるか、考えたくもないわい」
その言葉を聞いて、私は全身の毛が逆立つような感覚がした。
もし、周や渉がこの国にいたら?
もし、人族を憎んでいるダークエルフの手に落ちたら?
考えたくもない最悪の結末が、私の頭の中に巣食って渦を巻いていた。




