第百三十二話 助けてと鳴く小さな子猫
「え?あの……。効果ってそれだけですか……?」
流石に戦闘に使えないだろうとは思っていたが、遥か斜め上を行くクソみたいな効果だった愛の女神の加護。
少し期待した私がバカだったと肩を落としていたが、クロが私の頭に強めのネコパンチをバチン!と叩きつけた。
「いった!!何すんのよ!」
「モウゼル様を馬鹿にするのはよせ。素晴らしいお方だぞ」
いつになくクロが本気で怒っている様子に、私はばつが悪くなり「ごめん……」と素直に謝った。
クロがそこまで信心深いとは思わなかった。
「クロは会ったことあるの?その……モウゼル?様に」
怪しい宗教みたいだなと思いながら、私はクロに聞いてみると、クロは誇らしげに答えた。
「会ったことはないが、俺はモウゼル様の眷属だからな。神託が下りることもある」
「え……。クロって神の眷属なの……?」
「そうだ」
「えぇぇぇぇ?!」
思わず驚いて絶叫してしまった。
「……眷属ってことは、クロは神様の遣いなの?」
何故かは自分でも分からないが、クロに声を落として聞いてみた。
「まぁ、そんなところだ。モウゼル様から加護も頂いている」
「加護って……。愛される効果のある加護?」
(そういえば、食堂で良いご飯を貰ったり、子供達から大人気だったりしたわね)
これまでの旅路を振り返れば、妙に宿の主人や他の宿泊客から可愛がられ、おかずの貢ぎ物が多かったことを思い出して納得してしまった。
子供達からの人気も、子供の扱いが上手いからだと思っていたが、もしかしたら加護の効果もあったのかもしれない。
「お前、馬鹿にしてるのかもしれんが、モウゼル様の加護の効果はそれだけじゃないぞ」
「え?そうなの?」
てっきり皆に愛される効果だけかと思っていたのだが、他にもあるなら聞いておきたい。
少しは戦闘で有利になるようなものを下さいと祈りながらクロの言葉を待つ。
「モウゼル様の加護は、他人のために戦う時のみ身体能力が二割上昇する。守りたい思いが強ければ強いほど効果は上がるが、最大でも三割程度だな」
「二割から三割?!そんなに?!!」
思ったよりもかなりいい効果に、思わず声が裏返った。
思い返せば時折、身体がすごく軽く感じたり、思ったよりも破壊力が高かったりしたときがあった。
特にバルドガルドでの戦闘のときにその感覚が多かったため、てっきりバルドガルド王から貰ったグローブの性能だと思っていたのだが、どうやら愛の女神モウゼル様の加護のお陰もあったようだ。
「……モウゼル様、ありがとうございます」
私は自分の掌を見つめて、自然と女神に感謝した。
「神に感謝し、日々祈りを捧げれば、神も更に応えてくれるやもしれぬぞ。感謝を忘れぬことだ」
タリエシンさんは私に微笑みながら、そんなことを言っていたが、そもそも何故愛の女神が私に加護なんか付けたのだろうと不思議に思い聞いてみた。
「あの……。神様が加護をつけるのはどんな時なんですか?私が特に何かしたわけではないと思うのですが……」
過去の行動を振り返っても、自分のために行動した結果、他人のためになっただけで、別に自己犠牲の精神もあまり持ち合わせていないと思う。
心当たりがなく、考え込んでいるとタリエシンさんが口を開いた。
「神が加護を付ける理由は、神によって違うのう。多くの場合は、ただの気まぐれじゃよ」
「え?き、気まぐれ?」
「神様も好みがあってのう。面白いやつが好きじゃったり、強いやつが好きじゃったり、努力するやつが好きじゃったり……。色々じゃよ」
「そ、そうですか……」
(まぁ、日本の神様も色々いるものね)
どこか腑に落ちなかったが、まぁ仕方がない。
神様に文句を言って、加護を取られでもしたら困るのは私だ。
「クロは愛の女神様の眷属なんでしょ?何か理由知ってたりするの?」
「……」
「クロ?」
黙り込むクロの様子に違和感を感じ、クロの顔を覗き込んだ私は息を呑んだ。
クロは悲しいような、怒っているような、何とも言えない表情をしていた。
(こんなクロの表情、見たことない……)
聞いてはいけないことだったかと慌てたが、クロは大きなため息を吐いた後、私の方を見た。
その表情は、いつもの優しくも厳しい大好きなクロだった。
「この世界の神には、碌でもないのがいる」
「え?」
いきなり何を言い出すのかと驚いている私を置き去りに、クロは構わず話を続けた。
「人の大事なものを奪い、その反応を見て楽しむような奴らだ。時には恋人、時には親、時には子供……」
「それって……」
私を見てクロは頷く。
「お前の子らも恐らくそうだ」
「どいつよ!!どの神の仕業よ!うちの子達をどこにやったのよ!!」
私はクロの言葉を聞いた瞬間、頭がピリピリするほどの怒りを感じ、手は震え出していた。
「ぶっ殺してやる!クロ!!どの神か分かるんでしょ?!」
クロに詰め寄り、早く答えろと急かした。
神だろうが何だろうが関係ない。
私の子供達に手を出したなら、タダでは済ませないと私は息巻いた。
すると、クロはどこか呆れたような、けれど愛おしそうな顔で目を細め、タリエシンさんに至っては愉快そうに大笑いし出した。
「はっはっは!愉快、愉快!!クロ、この娘、中々豪気じゃなぁ。神を殺すと息巻いておる!これは、一泡吹かせられるやもしれんのう」
「はぁ?!笑ってないで、ちゃんと教えてよ!」
笑われて更にイライラした私は、言葉遣いが悪くなった。
しかし、タリエシンさんは大して気にした様子はなく、ただ微笑んでいるだけだった。
「ミサキ、俺は今までお前のような者を沢山見てきた。その度、モウゼル様から神託を受けて救いの手を差し伸べた。だが……」
クロは一瞬、悲しそうに鼻を鳴らした気がした。
「結果はいつも同じだ。絶望し、打ちひしがれ、命を絶つ者、何かに依存し廃人になる者。たまにそうならない者もいたが、新しい恋人を見つけ、何事もなく暮らしだす始末だ」
「人は弱い。種族など関係なくのう。何かに縋らなければ生きてはいけんのよ」
「マシな奴はどこかの宗教の信徒になったが、皮肉なことに入信先で祀っている神は、自分を貶めた奴だったりしたこともある……」
神のあまりの性格の悪さに、私は怒りで我を忘れそうになっていたというのに、頭が少し冷えたばかりか、背筋に冷たいものを感じるほどだった。
「それ、教えてあげなかったの?」
クロならば教えて諭すくらいするだろうと思っていたため、何故そうしなかったのか気になった。
「……教えてやったさ。だが、誰も聞きやしない。長年かけて得た信頼も、すぐ崩れる。その内、俺も諦めた」
大きなクロが、何故かこの時ばかりは小さな子猫のように感じられた。
一人寂しく、助けてと必死に鳴いているような気がしてならなかった。




