第百三十話 美しくも恐ろしい、ダークエルフの村
「おい、起きろ。おい!」
クロが前足で私の肩を踏むのが分かり、眠い目を擦りながら起き上がる。
「何よ……。どうしたの?」
欠伸をしながら聞くと、眠気が吹っ飛ぶような答えが返ってきた。
「囲まれてるぞ」
「……は?いや、何で?ダークエルフ?魔物?」
「この感じはダークエルフだな。ただ少し妙だ」
「何が変なの?」
訝しげな表情で辺りを見回しながら、クロが口を開いた。
「……攻撃する気はないようだ」
「え?じゃあ何で私達を囲んでるの?」
「知らん」
向こうに攻撃の意思がなかったから、クロは周りを囲まれるまで私を起こさなかったのかと一人納得していたら『何度も起こしたのに、お前が起きないからこのザマだ』と怒られた。
思ったより疲れが溜まっていたのか、かなり深く寝てしまっていたようだ。
「さて……。どうするか」
クロは何か考え事をしているようだったが、すぐに耳をピクつかせて後ろを振り返った。
そのすぐ後、ガサガサッと背後から草を掻き分けるような音がして、誰かが藪から出てきた。
丁度、月が雲から顔を出し、月明かりに照らされたその人物をよく見ることができた。
藪から出てきたのは、ダークエルフの男性だった。
歳の頃は六十代ぐらいだろうか。
「夜分にすまぬ。私はこの先にある村の村長をしているエイノンだ。我が村の大シャーマン、タリエシン様がお会いしたいそうだ」
少しばかり高圧的な態度に見えるが、ダークエルフは皆こんな感じなのだろうかとため息を吐く。
「タリエシンか……。まだ生きていたか」
クロがボソリと呟くのが聞こえた。
「タリエシン様って人のこと知ってるの?」
「寝る前に教えたろう。昔馴染みのダークエルフだ」
「あぁ!生きてたのね。良かったじゃない。会いたいって!」
私が笑顔で答えれば、クロは苦虫を噛み潰したような顔をして押し黙る。
(……あれ?会いたくなかったのかな?)
「……タリエシン様の元へ案内する。ついて来られるが良かろう」
私達のやり取りを黙って見ていたエイノンというダークエルフは、やはりどこか偉そうな態度で勝手に歩き始めた。
周りを囲んでいるダークエルフたちも、どこか嘲っているような様子でこちらを見ている。
エイノンの態度に少しばかり苛立った私は、いつの間にか思ったことを口走っていた。
「……いや、行くって言ってないけど」
小声で言ったつもりだったが、エイノンには聞こえていたらしく、足を止めてこちらに向き直った。
「そなたが我が娘、セリスを助けてくれた人族だろう?まぁ、死にかけたのもそなたのせいだが」
「は?何のこと?」
セリスというのは、全裸のダークエルフのことだろうか。
死にかけたのが私のせいとは、納得できない。
「死にかけたって何よ。私は何もしてないわ。それに、先に殺そうとしたのはお嬢さんのほうよ。自業自得じゃないの?」
売り言葉に買い言葉で、私はどんどん口調も荒くなっていった。
「……そなたが従魔を焚きつけたのだろう?従魔にやらせて、自分に責任がないとはテイマー失格だな。低俗のテイマーに使役されているから、魔獣の程度も低いのだ」
心底軽蔑したような顔で吐き捨てるように言ったエイノンに、私の怒りのボルテージはMAXになった。
「誰が従魔よ……。クロは私の家族よ!『程度が低い』ですって……?ふざけんじゃないわよっ!!クロが本気出したら、川に沈められるだけじゃ済まなかったわよ!!制圧されるだけで済んだんだから、感謝しなさいよね!」
怒りを隠そうともせず怒鳴り散らす私を、エイノンは興味なさそうに見ているだけだった。
「怒鳴るだけしか能がないのか」
ボソリと言うと、エイノンはさっさと草を掻き分けて行ってしまった。
「ちょっと待ちなさいよ!だいたいね!殺す気で来るんだったら、殺される覚悟を持って来なさいよ!!」
エイノンの後を追いながら、私はずっと文句を言って先へ進んだ。
クロはそんな私の後を『やれやれ……』といった様子でついてきていた。
周りを囲っていたダークエルフ達も、私達を警戒しながら遠巻きに一緒に村へ戻る。
比較的踏み固められた川沿いの道へ出て、ひたすら歩いた。
「ちょっと!いつまで歩くのよ?説明くらいしなさいよ」
何も喋らず、ひたすら歩くだけのダークエルフ達に、説明を求めるが、チラリとこちらを見るだけで何も答えることはなかった。
(全く。何なのよコイツら。タリエシンって人もこんなのだったら、どうしよう……)
クロの昔馴染みという話だから、そこまで変な人ではない……と、思いたい。
淡い期待を抱きながら、私はただただ歩いた。
一時間も歩いただろうか。
渓谷を流れる川沿いを進んでいると、不意に視界を覆うほどの断崖が現れた。
黒い六角柱状の岩壁は空へとそびえ立ち、その中腹には無数の家々が燕の巣のように連なっている。
家々が岩肌に張り付くように並び、いくつもの吊り橋が谷風に揺れていた。
風が吹くたび、吊り橋の軋む音が谷全体に響いている。
「……どうやって建ってるのよ、アレ」
岩壁から投げ出されたとき、ボロボロと崩れる足場とワイヤーにしがみついた死の恐怖が蘇る。
(あんな高所で生活できるの? 崩れたりしないのかしら……)
燕の巣のような恐ろしい住居を見上げて、思わず顔が引きつった。
崖から落ちかけたトラウマも手伝って、今からあの高所へ登らなければならないと思うと、足が地面に張り付いたように動かなくなった。




