第百二十九話 後先考えない母
「動くな!動けば殺す!!」
そう言って長弓を構える全裸の女性は、褐色の肌に長い耳を持っていた。
(ダークエルフよね……。かなり殺気立ってるから、本気で殺しにきそう)
かなりマズイ状況なのでは?と冷や汗が出る。
クロはどうする気だろうかと横目で見ると、尻尾をブンブンと振り回し、ため息を吐いていた。
(これは面倒くさいって思ってそうね。随分余裕じゃない)
クロなら簡単に制圧できるということだろうが、まず殺られるなら私が先だろう。
弱いものから減らすのは定石だ。
早く何とかしてほしい。
相変わらずクロ頼みなのが非常に情けないところだが、弓矢をどうにかできるほどの俊敏さは私にはないので仕方がない。
「お前は何者だ!その魔獣は何だ?!」
「えっと……。私はミサキ!冒険者よ。子供を探して旅をしてるの」
「冒険者……?子供だと?嘘をつけば、すぐ射るぞ!!」
全裸のダークエルフは長弓を更に引き絞り、目を細めて私に狙いを定めた。
「いや、本当だから!!黒目、黒髪の男の子を二人探してるの!バルドガルドでも探してたのよ。バルドガルド王からの身元保証書も持ってるわ!」
リュックを下ろそうとすると、バヒュン!という音とともに矢が足元に飛んできた。
その瞬間、クロが動いた。
一気に跳躍して距離を詰め、ダークエルフをそのまま押し倒し川底に沈めている。
「ちょっと!やりすぎよ!!」
私はリュックを放り投げて慌てて駆け寄ると、ダークエルフを川から引っ張り出した。
「ゲホッ!!ゲホゲホ……」
咳込みながら、苦しそうに荒い呼吸を繰り返すダークエルフを岸まで運び、前屈みにさせて呼吸を促した。
「ゆっくり息を吐いて。……そう上手よ。大丈夫だから、しっかり咳を出してね」
出来るだけ優しく話しかけて介抱していると、段々と呼吸が落ち着いてきた。
「服はどこ?取ってくるわ」
「……大丈夫だ。これくらい」
そう言って立ち上がろうとするが、足元がふらついてその場にうずくまってしまった。
「無理しないで。取ってくるから、どこにあるか教えてくれる?」
「……」
ダークエルフは黙り込んでしまい、私の世話になったのが不愉快だからか、それとも溺れたせいなのか顔を歪ませていた。
「……仕方ないわね。私のコート着ててくれる?」
「いらん!」
コートを差し出したが、敵意剥き出しの顔で睨まれ、手をはらい除けられてしまい、プチン——と私の何かが切れる音がした。
「女の子が身体を冷やすもんじゃないわ!!風邪を引いたらどうするのよ?!村に戻って、周りに移したらどうするの!!少しは考えなさいっ!あなた一人の問題じゃないでしょ!!」
私は、ビシッと指をさして一気にまくし立てると、ダークエルフは口を半開きにしてポカンと私を見上げた。
さっきまでの凄みは消え去り、よく見ればまだ少女のようなあどけなさが残っている。
(ロドリゴと同じくらいかしら?でも長命種なら分からないわね……)
「……向こう岸の、大きな岩の上だ」
「そう。クロ、取ってきてくれる?」
私がクロにお願いすると、クロは嫌そうな顔をして呆れ声を上げた。
「お前、馬鹿だろ。そいつは攻撃してきたんだぞ。何故助ける」
「四の五の言ってないで、さっさと取ってきてよ!私じゃ溺れるかもしれないじゃない!!」
理不尽にキレ散らかしてクロを顎で使い、服を一式取ってきてもらった。
クロは非常に不満そうだ。
私がやれば溺れること間違いなしだが、クロにかかれば岩場を利用して向こう岸まで行くなんて朝飯前だ。
クロから受け取った服をダークエルフへ差し出し、着替えてもらう。
着替え終わったその姿に、私はついポロっと本音を漏らしてしまった。
「素敵ねぇ……」
惚れ惚れするような美形に、綿の服、革の胸当て。
深緑色のマントは森に溶け込むためだろうか。
ロングブーツを履き、矢筒を背負い、腰には短刀というファンタジー感満載のダークエルフがそこにいた。
オタク根性を曝け出し、目をキラキラさせて見つめるオババは、さぞかし気持ち悪かったことだろう。
ダークエルフは、居心地悪そうにしていた。
「おい、お人好しすぎるだろ。殺されるところだったんだぞ」
呆れ顔のクロは、まだ不満そうに尻尾をブンブン振って、私に抗議していた。
「威嚇射撃でしょ?どうってことないじゃない!クロがいれば安全でしょ」
そう言いきると、クロは満更でもなさそうな顔をして、口の端を緩めていた。
(……チョロいわね)
「さぁ、身体が冷えないように今日はもう家に帰りなさい。一瞬とはいえ溺れたんだから、しっかり休むのよ」
そう言ってダークエルフを送り出し、私達はその場で野営の準備に入った。
森の奥深くで野営するより、開けた川辺のほうが魔物が接近したときに分かりやすいからだ。
大きな岩を背にして干し肉をクロと齧る。
何となく、さっきのダークエルフのことを聞いてみた。
「ねぇ、クロ。さっきのあの子、私たちのこと村に帰ったら告げ口するかしら?」
「知らん。そのリスクも考えた上で帰したんじゃないのか?」
「……あんま考えてなかったかも」
「馬鹿者め」
「まぁ、襲撃があったらクロがすぐ気づくわよね。二百メートル以上離れてるところから、矢が飛んでくる前に気づけるんだもの!凄いわ!!」
私がニコニコしながらクロに言えば、クロは『そんなことは造作でもない』というように余裕そうな顔をしていたが、尻尾をピンと立てているところを見ると、褒められて嬉しいようだった。
(……素直じゃないわねぇ)
空を見上げれば、いつの間にか満天の星空が広がっていた。
子供達も、この星空を見ているだろうかと、無事を祈りながら眠りについた。




