第百二十八話 全裸の女からの脅し
「な、なんで?!喋れるの?!!」
口をパクパクさせながら、私はクロに聞いたのだが、全く相手にしてくれない。
「なんで最初から喋ってくれなかったのよ!!最初から喋ってくれれば、苦労しなかったのに!」
その内、段々と腹が立ってきて、さっきまでの感謝を忘れて私はクロに文句を言っていた。
クロはしばらく私を見つめたあと、深々と息を吐いて口を開いた。
「お前、初めて会ったときに俺が喋ったら、怖がって逃げ出したんじゃないか?」
「う……」
確かに、初めてこっちの世界に飛ばされて来たときに、でかい黒豹が喋ったら逃げ出したかもしれない。
「いや、でも……。レッドXIIIみたいで格好良いって崇めるかも……」
そんなことを一人ブツブツ言っている私を、クロは心底気持ち悪そうに見ている。
「何よ!その顔は!!」
「全く、お前という奴は……」
クロはまたため息を吐くが、その顔はなんだか少し嬉しそうにも見えた。
「それより、ここで昼飯にするぞ。干し肉をよこせ」
「……アンタ、中々に口が悪いわね。黙ってたほうが可愛らしいわよ」
リュックから干し肉を出してクロの方へ差し出すと、美味しそうに食べ始めた。
「流石に食べてるときは静かね」
クロの様子を見ながら、私も干し肉を噛む。
クロが今まで喋らなかったのは、私を信用していなかったからではないだろうか。
勿論、優しいクロのことだから私を驚かせないようにという意図もあったのかもしれない。
でも、今はこうして話してくれているのだから、少しは認めてくれたということだろう。
そう思うと、自然と顔がニヤけてしまう。
まぁ、最初の言葉がお小言というのは、置いといて……。
「……なんだその顔は。気持ち悪い」
心底嫌そうに私の顔を見て辛辣な物言いをするクロに、私は真顔で答えた。
「……アンタ、ほんとに口が悪いわね」
そんなこんなで、暫しの休息の時間は過ぎていった。
「さて……そろそろ出発しようか」
そう言ってリュックを背負い、進む道の先を見る。
まだまだ断崖絶壁が続いているようで、先はずっと山ばかりだ。
「ワイヤーも古いみたいだから気をつけないと……」
また落ちるなんて真っ平だ。
ワイヤー自体は等間隔で固定されているため、全く信用できないわけではないのだが、切れる場所が悪ければ先程のように落ちてしまうだろう。
私が行きたくないと思っているのを察したのか、クロは先程と同じように足取り軽くさっさと行ってしまった。
時折、こちらをチラリと見ては、フンと鼻を鳴らして小馬鹿にしてくる。
喋るようになってから、性格も悪くなってないだろうか。
少し歩くとクロが突然振り向き「早く来い。もう暫く行けば、下に降りる道がある。そこから川沿いに行くぞ」と言うではないか。
「え?道分かるの?じゃあ最初から案内してよぉ……」
私はそう言いながら項垂れた。
道を知ってるなら、最初から危ないルートを通らせないでくれと抗議したい。
「俺がここを通ったのは、何百年も前だ。ダークエルフ共の住処も変わっているだろう。奴らが今どこに住んでいるのかなど知らん」
「何百年も前……。クロ、何歳なの?」
前から疑問に思っていたことを聞いてみるが、クロは素っ気なく答えた。
「知らん。五百までは数えたが、あとは面倒になって止めた」
「五百……。影豹って長生きなのね」
「……」
クロが喋るときに、ちょうど強い突風が吹き抜けた。
クロは何か言ったようだったが、声が風の音でかき消されて聞こえなかった。
そもそも、ここは強い風が急に吹きつけることがある。
突風が吹けば、風の音で声もかき消され、砂埃も舞うため目もまともに開けられない。
鼻炎持ちにはかなり辛い場所だ。
突風が吹けば止まってやり過ごし、足場を確認しながら慎重に進む。
少しずつしか進めず、かなり神経をすり減らしたが、どうにかクロが言っていた下に降りる道まで着くことができた。
下に下っていく道は踏み固められており、さっきまでの道より遥かに歩きやすそうだった。
「結構人が通る道なのかしら……?」
「さぁな。昔はこの先にダークエルフの村があったが、今は知らん」
「えぇ?!ダークエルフの村がまだあったら、近寄ると攻撃されちゃうんじゃない?」
私が心配していると、クロは少し空を見上げてから話し出した。
「おそらく大丈夫だ。あそこには昔馴染の変わり者のシャーマンがいる。暫く会っていないが、生きてるだろう」
「……クロの昔馴染って、その人何歳よ。暫く会ってないって、どのくらい?」
「何百年か前だ」
「……それって暫くの範疇じゃなくない?」
長命種と人種の時間感覚のズレがこれほど酷いとは思わなかった私は、何とも形容しがたい感覚になった。
私とクロでは生きられる時間が違いすぎる。
私が一生懸命生きた時間も、クロにとっては一瞬かもしれない。
クロは沢山の出会いがあるかわりに、沢山の別れも経験してきたはずだ。
大切な人を見送り続けるのは、辛くはないのだろうか。
そんなことを悶々と考えながら、私は道を下っていく。
随分山を下り、気温も少し暖かくなった気がしてきた頃、川の音が聞こえてきた。
辺りも岩がゴロゴロした剥き出しの山肌ではなく、緑が増えてきている。
クロの案内で更に下り、やっと麓の川まで出ることができた。
「あとはこのまま川沿いの道を行けば……」
クロが私に向き直り、今後の道順を説明しようとした、その時だった。
――ザバァッ!!
水しぶきを上げて川から勢いよく飛び出してきたのは、全身ずぶ濡れの裸の女性だった。
「動くな! 動けば殺す!!」
水滴を散らしながら、彼女は身の丈ほどもある長弓を鋭く引き絞り、すでに耳元まで弦を引き切っている。
(え、水浴び!? ていうか、全裸で弓構えてるの……!?)
狙われている恐怖と、あまりの光景への困惑で、私の頭は完全にフリーズした。




