第百二十四話 大英雄ローガー
『救国の聖女』の称号を頂いた私は、気持ち悪さと戦っていた。
吐き気を無理やり抑え込み、力が入らない手でクロの尻尾を握る。
早く終われと呪詛のように頭の中で念じながら、魂の抜けかかった私は、後ろに下がった。
「続いて……我が甥、ローガー・フォン・バルドガルド!前へ出よ」
バルドガルド王から声がかかると思っていなかったローガーは、驚いて思わず身体が跳ねた。
「お、俺か……?」
何故自分が呼ばれるのか全く分かっていない様子のローガーは、困惑した様子でバルドガルド王の横へ並び立つ。
「皆も知っての通り。ローガーは、儂の弟の子だ。幼少の頃より厳しい教育を施され育ってきた。しかし、周りの大人はローガーを評価せず、ヴァルグリムへ追いやった」
バルドガルド王は、一呼吸置いて民をゆっくり眺める。
「これは、大きな過ちだった!!」
その言葉にローガーは目を見開き、思わずバルドガルド王の顔を見た。
「騎士団の者たちから聞き及んでいる者も多くいるだろう。ローガーはルブロンスパイダーの群れを一人で抑え込み、獅子奮迅の活躍を見せた!!」
ローガーはその言葉を聞いて慌てた様子で手を振り、『お、俺は!そんな凄いことはしてない!!皆が手助けしてくれたからだ!』と釈明していたが、バルドガルド王はニヤリと笑っただけだった。
「それだけでなく!古龍封印に際し、龍縛杭を用いて古龍の力を大きく削ぎ落とした。封印できたのは、ローガーの力があったからだ!しかし!それを誇示することなく、他者を慮り、常に謙虚である。これが、我らが誇り高きドワーフの目指す姿だ!!」
民は少しずつ歓声を上げ始め、ローガーに手を振っている。
「その勇気、その忠義、その武功は、バルドガルド王国の歴史に永く刻まれるであろう」
バルドガルド王は隻腕だというのに、それを全く感じさせることなく、自身の相棒のバトルアックスを軽々と掲げ、高らかに宣言した。
「カルドラン・フォン・バルドガルドの名において宣言する!その武功を讃え、ここに『王国の英雄』の称号を授ける!!」
その瞬間、広場のあちこちから爆発的な歓声が上がった。
「ドゥルガン様の再来だ!」
「王国の英雄、万歳!」
「ローガー様、万歳!」
歓声は鳴り止むことを知らず、そればかりか次第に大きくなり、やがて広場全体を揺るがす大合唱となった。
「その勇姿は、建国の英雄ドゥルガンにも比肩するものであった。その名を、王国史に永く刻むことをここに誓う」
バルドガルド王が言い終えると、ローガーは信じられないとばかりに口をポカンと開け、次第にポロポロと涙をこぼし始めた。
「俺は……。俺は……そんな凄いもんじゃねぇ。皆が援護してくれたから出来たんだ!じゃなきゃ、出来損ないの俺なんかが……」
「……お前は出来損ないではない。お前のお陰で救われた命がある。かく言う儂もその一人よ。卑下するでない。お前の強さは本物だ。優しいが故に、強い」
バルドガルド王は、ローガーの肩に手を置いて優しく微笑んだ。
「さぁ……。民に手を振ってやれ。英雄たるもの、民の期待に応えねばな」
ローガーは泣きながらも、どこか嬉しそうに大きく手を振り返していた。
(ゴルムさんがこの光景を見ていれば、すごく喜んだだろうな)
そんなことをぼんやりと考えた直後、私の限界は突き抜けた。
地鳴りのような歓声が遠のく中、私はその場に崩れ落ち、堪えきれずに嘔吐した。
「申し訳ございませんでした!!!」
式典を終えたバルドガルド王の元を訪ね、私はバルドガルド王に土下座していた。
ちなみに、後ろには同じ土下座スタイルで控えているダニエルとジャンがいる。
クロは呆れた様子で私の隣にいるが、たまに聞こえるため息が私の傷を抉ってくる。
「よいよい。こちらこそ、無理をさせてすまなかったな。顔色が悪かったのに、下がらせなかった儂の落ち度だ」
なんて寛大な人だろうと感動していたが、ゴルムさんの言葉をふと思い出し、聞いていた話とバルドガルド王の印象がずいぶん違うなと、今更ながら思った。
「どうした?何か言いたいことがあるのか?」
私の間抜け顔に気づいたらしいバルドガルド王は、首を傾げながら聞いてきた。
「いえ……。以前、ゴルムさんからバルドガルド王はどんな方か聞いていたのですが、今更ながら、会ってみた印象と随分違いましたので」
「ほぅ……。ゴルムは何と言っていたのだ?」
興味津々といった様子で聞くバルドガルド王は、新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせていた。
しかし、打って変わってダニエルとジャンは、まさか正直に言うんじゃないだろうな?!という顔をしていた。
「その……。『頭が硬くて、融通が利かない』と……」
流石の私も言い辛く、歯切れが悪くなってしまったが、私の心配をよそに、バルドガルド王は「ガハハハ!!」と大笑いしていた。
「そうか。ゴルムがそんなことをな。まぁ、仕方あるまい。ルールを徹底して守れと昔から頭ごなしに言っていたからな」
昔を懐かしむように遠い目をしているバルドガルド王の顔つきは、一国の王の顔ではなく、優しい兄の顔になっていた。
「妾の子ということで、宮中でもいじめがあった。守ってやるには、まずゴルム自身がルールをきちんと守っていないといけなかったのだ。相手に付け入る隙を与えないためにな」
成る程。それでゴルムさんのバルドガルド王に対する印象が『ルールは徹底して守る、頭の硬い奴』になったのかと合点がいった。
子供ながらに弟を守ろうと必死だったのだと、何だか胸が締め付けられた。
「それはそうと、そなたらもそろそろヴァルグリムに帰るのだろう?」
バルドガルド王が尋ねると、ジャンが立ち上がって口を開いた。
「私は詳細の報告のためにヴァルグリムに帰還しますが、ダニエルはこちらに残り復興に尽力致します。こき使ってやって下さい」
ジャンが言い終えると、ダニエルが今度は立ち上がり、敬礼しながら口を開く。
「少しでもお役に立てれば幸いです」
「そうか……。よろしく頼む。ミサキはどうするのだ?」
そう問われて私は立ち上がりながら答えた。
「子供を探さなければならないので、旅に出ます」
「あぁ。子を探していたのだったな。黒目、黒髪の子供だが、やはりこちらでも見た者はおらんと報告があった」
「聞いて下さっていたのですか……?」
まさか、一国の王が激務の間を縫って、しかも大怪我で伏せっていたにも関わらず、私の子供の情報を部下に調べさせてくれていたとは思わなかった。
鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面を晒してしまった私は、紡ぐ言葉が見当たらず、ただただ感謝を伝えるしかできなかった。
「……ありがとうございます」
「我らの間に礼など不要だ。盟友だろう」
ニヤリと笑うバルドガルド王は、やはりどこか悪戯っ子を彷彿とさせた。




