第百二十三話 強くあれ、我が子らよ
「ドワーフの紋章入りの装備品は、そう多くない。国を挙げて作られた物は、王に献上されるのが普通だからだ。ましてや他国の、しかも、ただの使節団ごときが貰える代物じゃない。この装備だけで一生遊んで暮らせるぞ」
そんな悪魔の囁きを、顔面蒼白で冷や汗をかきながら説明するジャンに、ダニエルもまた顔色を悪くしていた。
「返すなんてことは……」
「そんな失礼なことできるわけないだろっ!!蔵でも作って厳重に保管しろ!」
ヘルムフリートさん達が出ていった控室では、そんなやり取りが行われていた。
「冒険者辞めてから、こんな上等なもの貰うとはなぁ……」
勿体ないと言いながらも、やはりどこか嬉しそうにしているダニエルに、私は首をひねった。
「ダニエルって、冒険者だったの?」
「今更かよ……。一応、B級冒険者まではいった。歳も取ったし、引退するか悩んでたときに、ギルマスから引き抜かれたのさ」
「へぇ……」
意外な事実だったが、確かに一緒に戦ったときには、かなり動きが良かったなと思い納得した。
「ジャンも元冒険者だぞ。ギルド職員には元冒険者が多いんだ。暴れたりするやつもいるからな。制圧できないと困るだろ?」
「ああ……成る程ね」
今までのギルドでの絡まれ方などを思い返せば、納得も納得だ。
うんうん頷いていると、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「失礼致します。式典のお時間が近づいて参りました。ご案内させて頂きます」
見覚えのある近衛騎士の後に続くと、城のテラスへと案内された。
テラスから下を覗き見れば、歓声が上がり、多くの人が手を振っているのが見える。
その瞬間、目眩と動悸が襲ってきて、後ろによろめいてしまった。
倒れる!と思った瞬間、クロが影から出てきて支えてくれた。
「おい!大丈夫か?!」
「顔が真っ青だぞ……」
ダニエルとジャンが支えてくれて、どうにか立つことはできたが、足に力が入らず、動悸も止む気配がなかった。
「……てっきり出たくないから嘘ついてんだと思ってたよ。……悪い」
ダニエルが私を支えながら、呟くように謝罪した。
しかし、私はそれに答えることが出来ずに、吐き気と戦っている。
ここでぶち撒けるわけにはいかない。
すると私の後ろに控えていた医師と魔導士が椅子を持って現れた。
医師が飲ませてくれたミントのような香りの水薬のお陰で、かなり気分が良くなったが、立つことはまだ無理そうだった。
「バルドガルド王が来られたときだけ立って、あとは座っておきましょう。顔色が悪いですよ」
医師にそう諭され、私は情けないながらも一度椅子に深く腰掛けた。
式典の最中は出来るだけ立っているつもりだったが、今は一秒でも長く体力を回復させなければならない。
折角、バルドガルド王国が復興の希望を見出しているのに、水を差すようなことは出来ない。
「……クロ、近くにいてくれる?」
吐き気と目眩のせいで俯き、目を閉じている私はクロに声を掛けた。
クロは既に私の右横に控えていたらしく、右手にクロの尻尾がそっと触れたのが分かった。
「……ありがと」
そんなやり取りをしていた私の後ろでは、ゆっくりとバルコニーの扉が開く。
傷の癒えぬ身体を近衛騎士に支えられながら、バルドガルド王が姿を現した。
私は足に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。
クロの尻尾を右手で優しく掴み、意識のすべてをその温もりに集中させた。
王城前広場を埋め尽くした群衆は、バルドガルド王に気づくと一斉にざわめきを止め、民は静かに頭を垂れた。
バルドガルド王は民を静かに見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「……皆、よく生き延びてくれた」
その一言に、広場は静まり返る。
「このたびの災厄により、多くの命が失われた。家族を失った者、友を失った者、住まいを失った者も少なくあるまい。まずは、犠牲となった者たちへ哀悼の意を捧げたい」
王は胸に手を当て、静かに頭を垂れた。
広場に集まった者たちも、それに倣って黙祷を捧げる。
しばしの静寂の後、王は再び顔を上げた。
「古龍は再び封印された。よって、本日をもって非常事態の終結を宣言する。ただし、坑道には未だ崩落箇所も多く残っている。復旧作業は今後も継続し、諸君には引き続き協力を願いたい」
王は一度言葉を切り、力強く続ける。
「王として、儂は国を守ろうと最善を尽くしたつもりだ。しかし、この災厄で痛感した。国を守るのは、王一人ではない」
バルドガルド王は、民一人ひとりへゆっくりと視線を向ける。
「騎士は命を懸けて剣を振るい、職人は崩れた坑道を支え、治癒師は眠ることなく傷を癒やし、民は互いに手を取り合い、生き抜いた」
「そして――。遠くフリージア王国より訪れた使節団は、我らの危機に背を向けることなく、最後まで共に戦い、多くの命を救ってくれた」
バルドガルド王は、私達をバルコニーの前に来るように手で促す。
激しい動悸に耐えながら、私はクロの尻尾を握る手に力を込める。
「余は、バルドガルド王国を代表し、ここに深く感謝を申し上げる」
バルドガルド王は私達の方へ向き直ると、深く一礼した。
「失った命は戻らない。傷跡も、すぐには癒えぬだろう。それでも、我らは歩みを止めない。亡き者たちが命を懸けて守ったこの国を、さらに強く、さらに豊かな国へと築き上げることを、ここに誓う」
王は右拳を胸に当てる。
「共に歩もう。バルドガルドの民よ。我が子らよ。強くあれ!」
バルドガルド王が言葉を終えると、広場を埋め尽くす民から地鳴りのような歓呼が沸き起こった。
「バルドガルド王、万歳!」の声が幾重にも重なり、城を揺るがした。
「これより、バルドガルド王国に多大なる功績を残したフリージア王国使節団への表彰式を執り行う」
そうバルドガルド王の言葉が紡がれると、群衆の声は小さくなっていった。
バルコニーから見える多くの人が私達を見ている。
そう思うと、血の気が引き、目の前が真っ暗になりそうになるのを、必死に耐えた。
クロはその気配を感じ取ったのか、私の足にピッタリとくっついて意識を反らしてくれている。
「フリージア使節団への感謝を表し、三名には我がバルドガルド王国秘蔵の武具一式の進呈を行う。特に聖女ミサキに関しては、我が弟ローガーを救ってくれた恩もある。従って、カルドラン・フォン・バルドガルドの名において、ミサキに『救国の聖女』の称号を授ける。あわせて、そなたを我がバルドガルド王国の盟友として迎えよう」
そう言ってバルドガルド王は、手招きして私を傍に呼んだ。
クロにだけ意識を集中させて、ゆっくり、確実に歩き、バルドガルド王の元へ辿り着くと、私はどうにか群衆へ向き直り、手を挙げて挨拶した。
このときの私の顔色は土色で、笑顔も引きつっていたと後からダニエル達から聞いた。
私はあまりの気持ち悪さから『どうでもいいから、早く終わってくれ』としか考えきれなくなっていた。




