第百二十一話 救国の聖女様?
新たな封印の地である第四採掘区は、封印強化のために、今ある羊皮紙の魔法陣と四属性魔石の外側に、魔法陣を刻んだ灯籠を建てるため基礎工事の真っ只中だ。
私は邪魔になる不要な石を集めて一輪車で運び出し、居住区で被害の大きかったところへ持っていく手伝いをしていた。
採掘区の石は、家を作るのに非常に適しているらしい。
耐火性が非常に高く、ドワーフの巨大な炉や鍛冶場の熱にも耐えられるため、鍛冶場などが密集している鍛冶屋街でも重宝されているとか。
「ミサキ!こっちのも頼む!!持って行ってくれ」
「今行くわ!」
大きな岩を両手で抱えて持ち上げ、一輪車に乗せていく姿は、女性には見えないだろうなぁと思いながら作業に没頭していると、魔導伝令の指輪がキラリと光った。
「ミサキ!聞こえるか?」
「聞こえるわ。ジャン、どうしたの?」
右手の中指に嵌めた魔導伝令の指輪は、ヘルムフリートさんが貸してくれたものだ。
「今すぐ王城に戻ってくれ。ローガーも一緒に頼む」
「分かった。何かあったの?」
「いや……まぁ、来てから話す。出来るだけ急いでくれ」
私は何だか嫌な予感がしたが、「分かった」とだけ言って通信を切った。
辺りを見回してローガーがいないか探して回ると、丁度一輪車を押して採掘区へ入ってくるローガーの姿を発見した。
「ローガー!ジャンが呼んでるわ。いったん戻りましょ」
声を掛けられたローガーは不思議そうな顔をして首を傾げながら応えた。
「ジャンが?何でまた……。何かあったか?」
「さぁ?聞いたけど答えてくれなくて」
二人で訝しげな顔をしながらも、急ぎ城へ戻った。
城へ着くと、警護にあたっている騎士団の面々から、にこやかに挨拶される。
一緒に死線をくぐり抜けたためか、最初の頃の排他的な態度とは打って変わって、皆良くしてくれるようになった。
特にローガーへの信頼は絶大で、大英雄ドゥルガンの再来と持て囃されているが、本人は「俺なんかが烏滸がましい」と自嘲気味に肩をすくめて苦笑いしている。
一緒に戦った者であれば、あの勇ましい姿を見てどれだけ勇気づけられたか筆舌に尽くしがたいほどだろうに、本人は全く気づいていないところが、何とももどかしい。
そんなことをぼんやり考えながら、騎士に案内され辿り着いた先は、会議室だった。
「失礼致します。ローガー様とミサキ様をお連れ致しました」
「通せ」
短い返事が聞こえ中へ入ると、部屋の奥には隻腕のバルドガルド王が鎮座していた。
「バルドガルド王!まだ休んでいなくてよろしいのですか?!」
私は姿を見た瞬間に焦り、思わず駆け寄った。
ローガーも狼狽えていて「ベッドに連れて行こう!」などと私の後ろでうるさくオロオロしている。
「まだ儂を怪我人扱いするか!もう回復したといっておろう!!」
ウンザリしたように言うバルドガルド王に、私は机に手を置き、前のめりになりながら畳み掛ける。
「腕一本なくなったんですよ!?血だって大量に流れたのに!まだ数日しか休んでないんです!!早くベッドに戻ってください!!」
鼻息荒く説教する私の背後に誰かが回り込んだと思った瞬間、頭をゴツン!と後ろから殴られた。
「いだぁ!!」
「お前はぁぁ!!!無礼にも程があるだろ!いい加減にしろ!!!!」
頭を押さえて振り返れば、鬼の形相のダニエルが腰に手を置き唾を飛ばしながら説教を始めた。
「汚いっ!!止めてよね!唾飛ばすのはっ!」
腕で唾をガードしながら抗議するが、ダニエルは全く聞き耳を持っていない。
いつも通り、売り言葉に買い言葉で激しい口喧嘩を始めた私達を見兼ねて、ジャンが間に入る。
「お前達、恥ずかしいからもう止めろ……。そして、うるさい」
静かに注意したジャンの言葉に、私達はピタリと口喧嘩を止めて周りを見渡せば、近衛騎士の人達やヘルムフリートさんまでもが、肩を揺らして笑いを堪えていた。
いや、ヘルムフリートさんに至っては、笑いを堪えきれていなかったけども。
「ぶふ……。……失礼しました。ジャン殿もダニエル殿も、どうかその辺で。カルドラン様に正面切って『休め』とお説教をしてくれる人は貴重ですから。私の言う事など全く聞いてくれませんので」
ヘルムフリートさんは、ニコリと笑って言っているが、何だか背中に黒いオーラを纏っているように見えた。
バルドガルド王に対して、かなり怒っているようだ。
「小言はもう良い。こうして生きているのだから良いだろう。……全く、うるさい奴らだ」
煩わしそうに頬杖をついて、ため息を吐くバルドガルド王に皆呆れ顔だったが、バルドガルド王は気にする素振りも見せずに話を進め始めた。
「儂の体調も落ち着いたのでな、そろそろ国民に安全宣言と追悼式を行おうと思う。その時に、そなたらにも出席してほしい」
ジャンとダニエルは前もって聞いていたのか、驚いた様子はなく、黙って聞いていただけだった。
(王城に戻れと言われたから、何かと思えば……)
「……それって、絶対出なきゃダメですか?」
「おい!!ミサキ!お前何言ってんだ!」
ダニエルが『お前はまた失礼なことを!』と言いたげな顔で睨んで来た。
けれど、私にとっては死活問題だった。
元いた世界にいた頃から、堅苦しい式典や、四方八方を見知らぬ人に囲まれる空間が酷く苦手なのだ。
ましてや今は、精神的にギリギリの綱渡りをしている状態だ。
あの静かな恐怖が襲ってくれば、呼吸の仕方を忘れてその場に頽れてしまう。
パニックを起こして式の進行を台無しにするわけにはいかない。
「人が多いところは、昔から気分が悪くなるの。何か作業してる分には良いんだけど、式典とかだと動けないから酷くなるのよ」
胸を押さえながら眉根を寄せてうつむき加減で話す私を見て、ダニエルだけは疑わしそうな顔をしていたが、他の面々は心配そうにしていた。
「そうなのか?勇ましい戦士のミサキにも、案外ナイーブなところがあるのだな」
バルドガルド王は信じられないと言った表情をしていたが、ヘルムフリートさんが横から口を挟んだ。
「いくら勇ましい戦士でも、長く戦場にいれば心を病んだりする者もおります。皆が一様に、カルドラン様のように心も鋼でできておられませんよ」
呆れた様子でバルドガルド王を見るヘルムフリートさんは、軽口を叩けるほどに信頼されているのだなと改めて感じた。
あまり知らない人から見れば、冷や汗ものだろう。
現にジャンやダニエルは冷や汗を垂らしていた。
「出来れば出てはくれないか?皆に紹介せねばなるまいよ。我が国を救った“聖女様”をな!」
「な?!はぁ?!!」
「それは良い!!聖女様を皆に紹介しよう!救国の聖女様だ!」
バルドガルド王の意地悪な提案に、純粋なローガーは気づかずノリノリになっていた。
「ミサキ。魔導士達も医師もそなたの傍につけよう。気分が悪くなったら裏に行って構わん。国民にはきちんと知ってほしいのだ。人族も全ての者が悪ではないと、後世に伝えねば、これからフリージアとの関係は悪くなる一方だろうからな」
「つまり……プロパガンダになれ……と?」
頬が痙攣するかと思うほど、引きつった笑いを浮かべていたであろう私は、酷い目眩を覚えた。




