第百十七話 英雄の光、狂気の足音
「うぅ……」
私は身体中が痛み、目を覚ました。
特に頭がガンガンすることに気づき手をやると、ベッタリと血が付いてきた。
(あぁ……。岩が飛んできたんだっけ)
記憶を辿り、ぼんやりとそんなことを考えていると、またしても耳を劈くような雄叫びが聞こえた。
そちらへ目をやれば、古龍は龍縛杭から逃れようと身を捩り、杭を引き抜いて立ち上がったところだった。
(早く龍縛杭を持って行かなきゃ!)
そう思って立とうとした瞬間、龍の攻撃によってバルドガルド王が倒れたのが見えた。
「バルドガルド王!!」
私は倒れたバルドガルド王の元に行こうとしたが、足に力が入らず前に倒れてしまう。
そこへルブロンスパイダーが狙いを定めて着地しようとしたとき、何かが跳んできてルブロンスパイダーを小間切れにしたのが見えた。
「何……?」
ボトボトと落ちてくるルブロンスパイダーの脚を尻目に、目を細めて注意深く見ると、クロが爪の斬撃で次々と近づく魔物を殲滅しているのが分かった。
(守ってくれてたのね…)
こんな状況だというのに、自然と笑みが溢れた。
痛む身体に鞭を打ち、どうにか立ち上がると、ローガーが古龍相手に一人で戦っているのが目に入った。
なんて無謀なことを。
そう思い、私は周りを見わたした。
ヘルムフリートさんは落盤により足が挟まっていた。
バルドガルド王は致命傷を負い治療を受けているようだ。
それによって騎士団の士気は一気に低下し、皆一様に絶望の表情を浮かべている。
それでも、ローガーは諦めずに一人戦っている。
無性に、腹が立った。
勝手に期待して、勝手に失望して、幼少のローガーを追い詰めたくせに、最後はローガーに全部押し付けるのかと。
何故だか、無性に、腹がたった。
「あんた達!!落ち込んでんじゃないわよっ!今そんなことしてる暇ないでしょ!やらなきゃ死ぬわよっ!!」
気づいたら龍縛杭を抱えて叫んでいた。
「クロ!!ローガーの援護を!」
立っているのもキツいが、弱音なんて吐いている暇はない。
私は呆然と立ち尽くすドワーフたちをかき分け、前線で一人踏ん張るローガーの元へと、痛む足をもつれさせながら駆け寄った。
子供達を早く古龍の腹から出してやらないといけない。
その一心でローガーの元まで駆けた。
古龍はまだ龍縛杭の網から逃れようと身体をくねらせて暴れている。
私の近くを前脚が掠め、尻尾で弾き飛ばした岩が飛ぶ。
「ローガー!!受け取って!」
言うと同時にローガーに龍縛杭を投げ渡す。
バズーカ型の龍縛杭はそれなりの重さがあり、投げるのは一苦労だったが、転びながらもどうにか狙い通りのところに投擲でき、安堵した。
「聖女様!これは俺には使えねぇ!」
やっとこさ投げ渡せたというのに、受け取ったローガーはそんな情けないことを言い出した。
「何言ってんの!!出来る、出来ないじゃない!やるしかないのよっ!!!」
這いつくばったまま叫ぶ私の、なんとまぁ情けないことか。
出来ることなら私が古龍の腹を裂き、さっさと子供達を出してやりたいのに。
そんなことは出来るはずもなく、ローガーに頼ってしまっている。
結局は私も同じ穴の狢なのだと思い知らされた。
他人に縋り、責任を押し付けた。
聖女なんて聞いて呆れる。
元々、私が言い出したことではないけれど、本当に自分に腹が立って仕方がない。
そんな思いが顔に出ていたのだろうか。
ローガーは覚悟を決めたように口をきつく結び、 目には鋭さが出た。
ローガーは肩に龍縛杭を担ぎ、古龍へ向ける。
すると、龍縛杭は淡く光だし、徐々に輝きを増したかと思うと、古代ドワーフ文字が次第に浮き上がってきた。
古龍はその光に気づき、ローガーを攻撃しようと巨体を揺らしながら迫ってくる。
「ローガー!!早く!」
私が思わず叫んだ瞬間、龍縛杭は轟音を響かせながら古龍に向かって青白い玉を飛ばした。
古龍を真正面から捉えたそれは、古龍の顔に着弾すると網状に広がって、またしても古龍を地面に縫い付ける楔となった。
ズゥゥゥゥ……ン
(やっ……た。起動した!!)
王にしか使えないはずの不発兵器を、一人の炭鉱夫に過ぎないローガーが動かしてみせた。
その事実に頭が真っ白になったが、すぐに私の胸は別の歓喜で満たされた。
これで古龍の動きは止まった。
(あの子達を、龍の腹から引きずり出せる!)
私がそんなことを思っているとき、古龍が倒れた音は採掘区に響き渡り、その場にいた者は息を呑んだ。
王たる資格がある者にしか扱えぬ龍縛杭。
それをローガーが使ったことに驚いているのか、古龍を再び縫い留めたことに驚いているのかは分からないが、皆一様に驚いた表情をしていた。
当の本人を見れば、何が起きたか分からないような様子で、龍縛杭を肩に担いだまま固まっていた。
「ボケっとするなっ!ルブロンスパイダーがまだ残っているぞ!!各個撃破せよ!!」
ヨルゲン隊長の檄が飛び、騎士達は動き出す。
さっきまでの絶望的な表情はどこかへ吹っ飛び、希望の光が目には宿っていた。
その後は魔物を全て掃討し、古龍を食べられることなく終わった。
「古龍の見張りに二十名配置!その他は落石に巻き込まれた者の救出と怪我人の手当てを!」
ヨルゲン隊長は休むことなく指示を出し、ヘルムフリートさんの穴を埋めようと奮闘している。
当のヘルムフリートさんは、落石から助け出されたものの、挟まれた足は明後日の方向に折れ曲がっており、とても戦闘に参加できる状態ではなかった。
バルドガルド王は止血はしたものの、血を大量に流したせいで容態が悪い。
「今すぐ城へお連れして治療をしなければ!」
「城までは時間がかかりすぎる!第三中継砦へ戻り、治療をしたほうが良いだろう」
「第三中継砦にもそこまで備蓄はない!」
隊長クラスの近衛騎士達が方針で揉めている声が、遠くの雑音のように聞こえていた。
「魔導士ももう魔力切れだ!第三中継砦に戻ったところでまともに治療できん!城に戻らねばバルドガルド王は……」
言い切らずとも、その先は容易に想像できてしまい、皆が口を噤んだ。
そのとき——
「もうよい」
片腕が千切れ飛び、大量出血しているというのに、意識を保っているバルドガルド王が口を開いた。
「儂のことは気にするな。古龍を封じるまで、この目でしかと見届けたい」
息は荒く、顔色も悪いがしっかりした口調で話すバルドガルド王に、隊長の面々は「しかし!」と否を唱えたが、ヘルムフリートさんによって窘められた。
「カルドラン様、本当にそれで宜しいのですね?」
ヘルムフリートさんはバルドガルド王の顔を覗き込み、確認する。
「くどいぞ。もし儂に何かあっても、次代の王が引き継いでくれよう。次はきっと良い王が立つ」
そう言ってバルドガルド王は、どこかを見て微笑んだ。
視線の先には、落石で生き埋めになった人の救助をする、ローガーの姿があった。
私は、背後でそんな感動的なやり取りが行われていることなど全く意識にないまま、落ちていたバトルアックスを掴み、引きずりながら古龍の腹へ近づいていった。




