百十六話 死を阻む怒号
「聖女様っ!!!」
古龍が尻尾で薙ぎ払ったときに飛んできた岩が、聖女様に直撃した。
龍縛杭と共に吹き飛んでいく聖女様の姿は、酷くゆっくり見えた。
地面に叩きつけられ、転がっていく先ではルブロンスパイダーが鋏角を見せつけるようにして待ち構えている。
「やめろぉぉぉぉ!!!」
俺は叫ぶと同時にツルハシを渾身の力でルブロンスパイダーに投げつけた。
ツルハシは回転しながらルブロンスパイダーに向かっていき、上手い具合に脳天に突き刺さる。
ルブロンスパイダーはそのまま沈黙したが、他の魔物が寄ってきていた。
「くそっ!そこをどけぇぇぇ!!」
俺の目の前にいるアースワームにタックルをして弾き飛ばし、聖女様の元に急ぐが、またしても魔物に阻まれ、思うように前に進めない。
その時、クロが聖女様の影から、ぬっと出てきて、聖女様の上を跨ぐようにして佇んでいる。
酷く怒っているのがすぐ分かるほどの威圧感だった。
歯を剥き出しにし、鼻にシワを寄せて低く唸っている。
それだけでも恐ろしいのに、身体全体から黒い靄が出ており、そこからは黒い火花のようなものがバチバチと音を立てて迸ばしっていた。
聖女様に近づく魔物は、直ぐ様黒い触手に絡め取られ、何故かそのまま息絶えていく。
恐ろしくも頼もしい、神々しささえ感じる存在に、思わず息を呑んだ。
クロがついてくれているなら、聖女様は安全だな。
そう確信したとき、遠くから近衛騎士の声がした。
「バルドガルド王を守れ!!多重円陣!」
振り返った俺が見たものは、多くのルブロンスパイダーに囲まれ、逃げ場を失ったバルドガルド王の姿だった。
その姿を見た瞬間、俺は目の前が真っ赤になった。
「もう、誰も、殺させんぞっ!!」
足に力を入れ、バルドガルド王の元へ一気に駆け出す。
迫りくる魔物は弾き飛ばすか、殴り飛ばす。
いま俺の手元に武器はない。
「うおぉぉぉぉぉっ!!!」
叫びながら突進する俺に気づいたルブロンスパイダーは、ほとんどが俺の方に向かってきた。
「ローガー!無理をするなっ!!!」
バルドガルド王の声がした気がするが、耳に膜が張られているような感覚がして、よく分からなかった。
落ちていた大槌を拾い上げ、片手で振り回しルブロンスパイダーを殴り殺していく。
魔導士達も加勢してくれているから出来ることだ。
でなければ、子供の頃から出来損ないで、貧弱だと言われ続けてきた俺なんか、とっくに死んでいる。
「儂のことは良い!ローガーを援護せよっ!!」
バルドガルド王もバトルアックスを抱えて戦闘に参加し、ルブロンスパイダーを打ち倒していくが、土魔法をほとんど使わないところを見ると、既に魔力が底をつきかけているのだと分かった。
「ローガー!!龍縛杭は何処だ?!」
そう聞かれて少し頭が冷えた俺は、しまった!と思わず顔を顰めた。
「聖女様のところです!岩の直撃を食らって気絶しています!」
「何だと?!何処だ!」
バルドガルド王に場所を顎で指し示し、ルブロンスパイダーの脚関節に大槌を叩きつける。
聖女様の方を見たバルドガルド王は、目を見開き驚いた様子で口を開いた。
「……影豹をあれほど使役できるとは思わなんだ」
バルドガルド王はそう呟くと、すぐに戦闘モードに戻る。
「龍縛杭の回収に行く!!このまま進め!」
バルドガルド王の号令と共に、魔物の溢れた採掘区を一気に横断する。
もう少しで辿り着くかと思われたとき、古龍が一際暴れだし、龍縛杭を引き千切らんばかりの勢いで身を捩った。
尻尾で周囲を薙ぎ払い、咆哮を上げて周囲の空気を震わせる。
その時、古龍の尻尾による一撃で、王を囲っていた重装兵が吹き飛び、陣形が崩れた。
「バルドガルド王!!」
近衛騎士たちが前に出ようとするが、間に合わない。
古龍は龍縛杭を地面から引き抜き、立ち上がる。
そして、バルドガルド王に向かって前脚を振り下ろした。
バルドガルド王はバトルアックスで防ごうとするが、そんなもので古龍の攻撃が防げるはずもなく、バトルアックスは粉々になり、バルドガルド王の右腕と共に吹き飛んでいった。
「バルドガルド王を守れ!!後退しろ!」
ヨルゲン隊長が叫ぶが、英主が打ち倒されたという事実がドワーフ達の士気を一気に下げた。
纏わりつく死の予感に、その場の多くの者が支配されようとしていたとき、俺は叫んだ。
「我らドワーフに栄光あれっ!!」
俺は大槌を掲げ、バルドガルド王を守るように古龍の前に立ちはだかり、睨みつけた。
古龍は龍縛杭を引き抜いたは良いものの、身体全体に絡みついた網は外せずに藻掻いている。
俺は古龍に向かって走り、大槌を渾身の力を込めて前脚に叩き込む。
古龍は一瞬、身じろぎはしたものの、傷一つ付いていない。
それでも何度も叩きつけた。
俺が時間を稼いで、バルドガルド王になんとか龍縛杭を打ってもらわなければならない。
しかし、事態は悪化するばかりだった。
「魔導士!!誰でもいい!!バルドガルド王に回復魔法を!出血が止まらん!!」
「バルドガルド王!!お気を確かに!」
近衛騎士達がバルドガルド王のフルメタルアーマーを部分的に外して、患部の確認をしているが、状態はあまり芳しくなさそうだった。
「無理です!魔力が残っている者がおりませんっ!」
「くそっ!ハイポーションも魔力回復ポーションもないのか!!?」
「手持ちは底をついています!第三中継砦まで戻ればどうにか!!」
「……そこまで保つかどうか」
傷口を押さえる近衛騎士は、苦々しげに呟いた。
「近衛騎士!!今すぐバルドガルド王を第三中継砦にお連れしろ!我らがここを押さえるっ!」
ヨルゲン隊長が叫びながら弓を発射し、ローガーの援護をする。
その後もヨルゲン隊長の指示が飛ぶが、士気の下がった騎士団の足は重い。
——もう駄目だ。
そんな空気が立ち込め始めたとき、声が聞こえた。
「あんた達!!落ち込んでんじゃないわよっ!今そんなことしてる暇ないでしょ!やらなきゃ死ぬわよっ!!」
俺はハッとして古龍から距離を取り、声のしたほうへ視線を向けた。
そこには、頭から血を流しながらも龍縛杭を抱え、古龍に睨みをきかせながら怒りに身を震わせている聖女様がいた。




