第百十四話 ブレスの閃光
「まさか、そんなことあるわけない……」
そう呟くも、私の心臓は早鐘を打ち、呼吸は荒くなって身体は震え出していた。
「聖女様?大丈夫か?顔色が悪いぞ」
私の様子にいち早く気づいたローガーは、心配そうに顔を覗き込んできた。
こんな状況でも人の心配ができるローガーは、本当に出来たドワーフだ。
しかし、今の私にはそんなことを思う余裕など、これっぽっちも残っていなかった。
「あれは……あのキーホルダーは……。渉のランドセルに付けてた……」
黒のランドセルに一際目立つ、黄色いネズミのキーホルダー。
帰りがけにランドセルを放り出して公園で遊ぶため、どれが誰のランドセルかパッと見分からず、友達のランドセルを背負って帰ってくることが増えた。
何度注意しても確認しないあの子の目印にと、渉の大好きな黄色いネズミのキーホルダーをランドセルに付けた。
そのキーホルダーが、古龍の足元にある。
何故、あんなところに?
ここにあの子達がいたの?
今は何処にいるの?
もしかして……
——食べられた?
最悪な考えが頭を巡り、全身の毛が逆立つような奇妙な感覚がした。
身体が刃物で切り裂かれるような痛みが走り、全身が震えて動かない。
「聖女様!!大丈夫か?!しっかりしろ!」
ローガーが慌てて私を支えてくれたと同時に、私は膝から崩れ落ちた。
何で?
どうして?
嘘でしょ
そんな考えばかりが頭を支配し、他のことは全く考えられなかった。
「ローガー!ミサキはどうしたんだ?!」
ダニエルが異変に気づき、近寄ってきてローガーに尋ねた。
「分からねぇ!古龍を見た途端、顔色が悪くなって震えだしちまって……」
「くそ!こんなときに!!後方の安全なところに移すぞ!」
私はダニエルとローガーに両脇を抱えられて、端まで連れて行かれた。
「クロ!お前には戦闘に参加して欲しかったが、ミサキがこんな状態じゃ仕方ない。お前が守ってやってくれ」
ダニエルはクロに向かってそう言うと、隊列に戻っていった。
クロは私を哀れむような目で一瞥し、私の前に立ち警戒体勢に入る。
「聖女様、ここで休んでてくれ」
ローガーはそう言って隊列へ戻ったが、心配そうにチラチラとこちらを伺っていた。
当の古龍はというと、ドワーフ達が周りに集まってきているにも関わらず、魔晶石はないかと探しているような素振りで、こちらのことなど気にも止めていない。
「王立騎士団は全員揃ったか?!」
ヘルムフリートさんの声が採掘区の坑道内に響く。
「第一騎士団、揃いました!!」
「第二騎士団、こちらも揃いました!!」
「第三騎士団、街に着いていない市民の誘導をしている部隊を除き、全員揃っています!」
ほぼ全ての騎士団員が勢揃いしている。
彼らがこれから挑む戦いの凄まじさを予感させる光景だったが、今の私の耳には、彼らの怒号すら遠く霞んでいた。
そして、ヘルムフリートさんが吠える。
「我ら騎士団で古龍を魔晶石から引き離し、意識をこちらに向ける!その間にバルドガルド王と私が龍縛杭で古龍を押さえつける!!古龍に付かず離れず、意識を分散させよ!」
『はっ!!』
王たる資格がある者だけが使うことができるという龍縛杭。
しかし、それを一人ひとり試す時間など無く、武勲を最も挙げていて、尚且つ多くの民から信頼されているヘルムフリートさんに一つの龍縛杭が託された。
「皆のもの!!これが最後の戦いだ!古龍を封印せねば我らに明日はないっ!心してかかれっ!!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』
バルドガルド王の言葉と共に、古龍を囲むように騎士団の面々が陣形を組む。
最前列は盾を構えた重装兵。次に槍兵を配置し、隙間から刺す形だ。
しかし、一般的なその陣形が古龍に対して有効かは話が別だ。
「ギャオオオォォォォォ!!!」
古龍の咆哮に思わず耳を塞ぎ、私は我に返った。
そこで見た光景は、古龍が尻尾を一振りしただけで騎士達が何人も吹き飛ぶ惨状だった。
「倒そうとするな! 足止めに徹しろ!前列交代! 第二列、前へ!」
「ダメだ!側面は前に出るな!!距離を取れ! 尾に巻き込まれるな!」
大声で指示が飛ぶが、古龍の咆哮、怪我人の叫び声、古龍の尻尾で吹き飛ぶ岩の破裂音でよく聞こえず、半ばパニックになりかけていた。
それでも私は、吹き荒れる爆煙の隙間から、古龍の足元にあるはずのあの黄色い輝きを、血走った目で必死に追いかけ続けていた。
見失ったら、あの子達との繋がりが本当に消えてしまう気がしたから。
ヘルムフリートさんは必死に指示出しをしながら龍縛杭を起動しようとするが、龍縛杭は沈黙したままだった。
「くそっ!!どうしたら良いんだ!壊れてるんじゃないのか!」
ヘルムフリートさんは気が焦っているのか、イライラした様子で、バズーカのような龍縛杭をあちこち触って、どうにか起動させようとしていた。
「ヘルムフリート様!指揮は私が執ります!!龍縛杭の起動に集中してください!」
ヨルゲン隊長が単身で櫓に登り、自身の重装機械弓で古龍の気を逸らしながら指揮を執りはじめた。
「ヨルゲン!感謝する!!」
そう言って色々試してはみるが、全く反応がない。
一方でバルドガルド王は、カタパルト式の龍縛杭の起動に成功したようだった。
機械の継ぎ目から青色光が漏れ出ている様は神々しく、装甲にはうっすらと古代ドワーフ文字が光っていた。
「皆のもの!!古龍から離れよっ!!!龍縛杭を打つ!」
バルドガルド王が叫び騎士達が一斉に古龍から距離を取る。
そこへバルドガルド王は龍縛杭を打ち込み、古龍に向かって青白い玉が発射された。
玉は古龍の身体に触れるや否や、爆発したかのように網目状に広がり、古龍に巻き付いて地面に杭が打ち込まれるように縫い付けた。
「や、やったぞ!!成功だ!」
そんな声が出たとき、古龍が吠えた。
「っ!!ブレスがくるぞっ!総員!退避!!!」
ヨルゲン隊長が叫ぶが早いか、目の前が真っ白になり、何も聞こえなくなった——。




