第百十三話 あの子のキーホルダー
「あはははは!!!マジウケるんですけどっ!」
遥か上空の天界と呼ばれる神域では、一人の男神が腹を抱えて笑っていた。
「ちょ〜っと古文書を書き換えただけだったのに、あそこまで面白くなるなんてなぁ!あははは!!それにしたってあの異世界人、まだ折れないのかぁ~……。次はどうしてやろうかな」
綺麗な顔をした男神は、その顔に似合わない酷く粘り気のある、いやらしい薄ら笑いをして、下界を覗く水鏡を見ていた。
そこへもう一人の男神が近寄り声をかける。
「おい、レイグ。勝手に実験をするな」
「お〜。ミーヴァルか。良いじゃんかこのくらい!」
手をひらひらさせながらケタケタと笑うレイグと呼ばれた男神は、悪びれもなく続ける。
「あの異世界人、ぜーんぜん折れないぜ!もっと殺せば折れるかなぁ?」
「……あの人間は私の観測対象だ。お前の玩具ではないぞ」
ミーヴァルと呼ばれた男神は、顔色一つ変えずにレイグに言い返す。
「それに、古龍は最高神様のお気に入りだと言っただろう。目覚めさせれば最高神様に勘付かれる恐れがある」
「えぇ~……そんなこと言ったっけ?俺は古文書書き換えただけだし!古龍目覚めさせたのは、ドワーフのバカどもだよ〜」
レイグは「俺は悪くないよ!」と笑って言いながら、水鏡を見ていたかと思うと、急に目を見開いて手を叩き叫んだ。
「そうだ!面白いこと考えた!!あの異世界人の子供の痕跡をどっかに残しとけば、古龍に殺されたと思って絶望すんじゃね?」
レイグは目を細めて口角を上げ、なんとも底意地の悪そうな笑顔を作る。
「……それは観測しがいがありそうだな」
ミーヴァルは顎に手を当てながら、何かを考えているようだった。
「だろ?そう思うだろ?!俺って天才!んじゃ、早速……」
レイグは水鏡に指を入れ何かを唱え始める。
すると、水鏡がうっすら光だし、やがて輝きは鳴りを潜めた。
「私はまだ許可していないが……」
ミーヴァルは表情を変えずに抗議するが、レイグは全く意に返さない。
「まぁまぁ!面白い観測ができそうじゃん?見てなって!」
そう言って二柱の神は水鏡を覗き込んだ。
一方、地上では、神の悪戯など知る由もなく、バルドガルド王達は必死に情報収集をし、それを元に作戦を立てていた。
「魔導伝令を使って情報を集め、古龍の現在地を特定しました。古龍は自身が空けた穴から坑道へ出て、周囲を探索。現在は大坑道を北上中のようです」
ヘルムフリートさんが皆に説明をしていると、後ろに控えた伝令役の近衛騎士が、指輪に向かって話しているのが見えた。
「何だと?!第四採掘区に入ったのか?!団長!!古龍が第四採掘区へ侵入したそうです!!」
近衛騎士が慌ててヘルムフリートさんへ報告すると、ヘルムフリートさんは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「まずいな……。古龍はおそらく飢餓状態で、食糧を求めて採掘区へと侵入したものと思われます。ここでは良質な魔晶石などが採れますから」
「龍って魔晶石を食べるんですか?」
てっきり他の魔物を食べるものだと思っていたが、鉱物を食べるとは思わなかったため、私は驚いて質問した。
「正確に言えば、魔素を多く含む物を好んで食べるはずです。魔素が多ければ鉱物だろうが生き物だろうが関係ありません」
「へぇ……。……あれ?魔素を取り込んだら元気になってしまって、かなり厄介になるんじゃあ……」
嫌な考えが浮かんで、そのまま質問すれば、皆一様に沈んだ顔をしていた。
「ミサキさんの仰る通り、魔素を取り込んだ古龍はかなり厄介です。いまは魔力が枯渇している上にブレスを吐きましたから、封印するなら今しかないです」
「第四採掘区へ行き、龍縛杭を使って捕まえるしかあるまい。封印の地まで引っ張ってくることは不可能だろう。第四採掘区でそのまま封印する他ない」
ヘルムフリートさんに続き、バルドガルド王がおおよその作戦を皆へ伝える。
「研究員!第四採掘区で封印する方法を見つけよ!!我らは第四採掘区へ向かい、古龍の捕縛を実行する」
「は、はい!皆古文書を調べろ!!」
バルドガルド王の号令と共に研究員達は古文書を隅から隅までチェックし始めた。
研究員達の護衛を数名残し、第三中継砦を後にする。
隊列を組み、急ぎ第四採掘区を目指す。
「一般市民は全て坑道の外へ出ているかっ?!」
「はい!!一番最後の市民達が山道を下り、森の街道を通っています!!」
「よし!ならば騎士団全員へ伝えよ!!避難民の誘導が終わった者は全員、第四採掘区へ急げと!」
「はっ!!」
バルドガルド王は第四採掘区へ騎士団を全て投入し、古龍を封印するつもりらしい。
封印の手がかりが古文書しかなく、相手は化け物の古龍だというのに全く心が折れる様子がない。
この人ならどうにかしてしまうのではないかと思わせるカリスマ性を持った、正に英主と呼ぶに相応しい王だ。
そんなことを考えながら、私はただただ皆の背中を追って走る。
時折、坑道の脇道から出てきたルブロンスパイダーやアースワームを、全員で袋叩きにしながら突き進んだ。
そして、採掘区に到着した私達の目の前には、艶めいていてとても美しい、淡い青緑色の古龍が現れた。
「これが……古龍?」
圧倒的な存在感と、とてつもない威圧感に私はここまで付いてきてしまった自分の愚かさを呪った。
――そしてその時、古龍の巨大な足元に、周囲の淡い青緑色の輝きに照らされた「何か」が転がっているのが目に留まった。
それは、この世界にあるはずのない、見覚えのあるキーホルダーだった。
それを見た瞬間、私の心臓がドクン、と嫌な音を立てた。




