第百十二話 死を誇り、山に還る
私はバルドガルド王へ駆け寄ると、バルドガルド王が土壁の向こうでヘルムフリートさんと話しているのが見えた。
「あやつらのお陰でどうにか切り抜けられた。まさか穴から降ってくるとは思わなんだが……」
「穴から降って……?いや、しかし。ヨルゲンの部隊は避難民の誘導と上層に漏れ出た魔物の討伐だったのでは……?」
命令違反かと訝しむヘルムフリートを、バルドガルド王は手を振り「平時ではないのだ、細かいことは気にするな」と一蹴した。
ヘルムフリートさんはまだ何か言いたそうな様子だったが、口を噤んでいる。
私はとりあえず土壁からひょっこりと顔を出し、バルドガルド王に今後どうするかを尋ねた。
「バルドガルド王!次はどうしますか?古龍を追いかけます?」
「そうだな……まずはローガーをどうにかせねばな」
チラリとバルドガルド王がローガーを見ると、私もつられてローガーを見た。
「この人、やっぱりローガーなんですか……?」
私は急に大きくなったローガーを心配して顔を覗き込んだが、ローガーの視線は私を捉えていない。
「ローガー……。大丈夫?怪我とかしてない?どうやったらこうなるの?スキルか何か?」
ローガーに向かって私は尋ねるが、声が聞こえていない様子で、視線は定まらないが、まだ目はギラついていて呼吸も荒いままだった。
「バルドガルド王、ローガーはどうしたんですか?」
ローガー本人に尋ねても反応がないため、事情を知ってそうなバルドガルド王へ尋ねたが、帰ってきた答えは思っていたより重いものだった。
「……ゴルムがルブロンスパイダーにやられた。怒りとショックでスキルが発動したのだろう。そのお陰で我らは助かったと言っても過言ではない」
「ゴルムさんが……」
私は思わず息を呑み、心臓に重しがのったのかと思うほどの胸の締め付けを感じた。
私達が戦いながら踏みつけてしまった中に、ゴルムさんがいたかもしれないと思うと、申し訳なさでいっぱいになった。
私達がもっと早く来ていても、あまり戦況は変わらなかったかもしれない。
それでも、何か出来ることがあったのではないかと、答えのない自問自答を繰り返した。
「ローガーはこの有様だ。まだ怪我人の手当てもある。体勢を立て直し、古龍を鎮めねばなるまい。魔導士からの伝令は入っているが、詳しく話を聞かせてもらうぞ」
「はっ!」
ヘルムフリートさん達を見れば皆がボロボロで、返り血なのか、その人が怪我をしているのか分からない有り様だった。
ここより酷かったのかと思うと、私は背中が寒くなった。
「ローガー!行くぞ!!歩けるか?」
バルドガルド王や近衛騎士の人たちが声をかけるが、ローガーは全く反応しない。
私はローガーに近寄り、正面に立つ。
「ミサキ殿?何をされるのですか?」
ヨルゲン隊長は何か嫌な予感がしたのかもしれない。
私を止めようと手を伸ばしたが、もう遅い。
「起きなさい!!」
そう言うと私は、ローガーの顎を目がけて大きく振り被り、盛大に掌底をかました。
バッチーン!!
ローガーは頭から後ろへ仰け反り、そのまま後ろへ倒れる。
「お、おい!!何やってんだお前!!?」
「み、ミサキ殿?!!あんまりですぞ!」
ダニエルとヨルゲン隊長は、慌ててローガーを抱き起こす。
するとローガーの身体から蒸気が立ち登り、みるみる元の大きさのローガーへ戻っていった。
「これは一体……」
皆で訝しげにローガーを見つめていると、当の本人は目を開いてキョロキョロと周りを見回していた。
「……ここは?」
何が起こったのか分からない様子のローガーはポカンとした表情をしていた。
「ローガー!起きた?怪我はしてない?」
ローガーの顔を覗き込みながら尋ねる私を、話の通じない化け物でも見るかのような顔をしてダニエルが怒鳴る。
「お前が殴ったんだろうがっ!!殴っといて怪我はないかとか、一体どういう神経してんだっ!」
「失礼ね!加減したわよ!!私が聞いたのはルブロンスパイダーに攻撃されて怪我してないかってことよ!毒でも浴びてたら大変じゃない!!」
私達が、ぎゃあぎゃあと言い合っていると、ローガーは思い出したかのように飛び起きて尋ねた。
「ルブロンスパイダーの群れは?!どうなった?!!」
叫ぶローガーにバルドガルド王は歩み寄り、肩に手を置いて話しだした。
「お前の働きでルブロンスパイダーは討伐できた。ありがとう、ローガー」
「お、俺?俺は何も……」
そう言って急に言葉に詰まったローガーは、下を向いて手を強く握りしめる。
「俺は何も出来なかった……。叔父貴が……。叔父貴が死んだ」
言葉に詰まりながらも、必死に言葉を紡ぐローガーの肩は震えていた。
バルドガルド王は肩を抱いて優しく諭す。
「ゴルムはよく戦った。死ぬ覚悟を持ってこの任務に当たったはずだ。誇ることはあっても、悲しむことではない。山に還ったのだ」
――死を誇り、山に還る。
それが、この世界を、山を生きるドワーフたちの誇り高き死生観なのだろう。
押し殺した王の、それでも震える声が、胸に深く刺さった。
それからもローガーはずっと泣いていた。
砦に戻り、ゴルムさんの亡骸を丁寧に拾い集めて、坑道の隅に埋葬した。
さっきまであれほど恐ろしかった遺体なのに、ゴルムさんのものだと思うと不思議と震えは止まっていた。
せめて綺麗にしてあげたくて、私はローガーと一緒に夢中で泥まみれの手を動かした。
「叔父貴、暫くそこで休んでてくれ。これが終わったらきちんと埋葬するからよ……」
その周りにも、多くの近衛騎士を埋葬した。
二百名程いたはずの近衛騎士団は、既に百十名しか残っていない。
精鋭揃いのはずの近衛騎士団が壊滅的打撃を受けている状況と、古龍が目覚めてしまった現状に、どう立ち向かうべきなのか誰もが途方に暮れた。




