百十一話 ここは地獄か、はたまたゲームか
「私、魔法使えないから!着地はよろしくね!!」
そう言って丸投げした後、慌ててヨルゲン隊長達が穴に飛び降りてくるのが見え、とりあえず大丈夫かなとホッと胸を撫で下ろした――直後。
凄まじい風圧と共に、私は斜坑を抜け、広い部屋へと勢いよく放り出された。
「ど、どわあああ!?」
着地もうまくいかず、もんどり打ってどうにか止まった。
クロはそんな私を汚い物を見るような目で見ていた。
汗と泥で汚いけれど、その目は酷くない?
「いててて……。クロ、いつの間に飛び込んだの?あ、影渡?ズルいわね……」
そんなことを言いながら立ち上がると、目の前には血だらけでツルハシを振り回しながら、ルブロンスパイダーを倒している大柄のドワーフと、ルブロンスパイダーの波に飲まれそうになっているバルドガルド王達が見えた。
「バルドガルド王!」
私は叫びながらバルドガルド王のいる砦方向に向かって走り出したが、ルブロンスパイダーが行く手を阻む。
一対一でもキツい相手がそこら中にいる光景に、私は冷や汗が止まらなかった。
(某地球防衛ゲームのインフェルノじゃないんだから!止めてよね)
旦那と一緒によくやったが、ゲームでは楽しかった光景も、実際自分がその場に立つとただただ地獄でしかない。
目の前の蜘蛛の攻撃を躱しながらカウンターを放ち、糸を避けて背後を取られないように気を配る。
言うは簡単だが、ジリジリと神経がすり減っていくのが自分でも分かった。
集中が切れれば即死ぬだろう。
そんなときに後ろからヨルゲン隊長達が滑り降りてきた。
「ミサキ殿!急に飛び込むのは止めて——。バルドガルド王!!」
ヨルゲン隊長はすぐに状況を理解し、次々に滑り降りてくる部下達にルブロンスパイダーが寄ってこないよう安全を確保した。
ヨルゲン隊長の部隊全員が揃ったとき、穴から「ぎゃあぁぁぁぁ!!」と品のない叫び声が聞こえたかと思うとダニエルが転げながら出てきた。
続いてジャンが出てきたが、魔法を使い綺麗に着地して、呆れたようにダニエルを見ていた。
「全員!戦闘準備!!隊列を乱すな!必ず生きて帰れ」
『はっ!!!』
「ミサキ殿に続け!突撃!!」
『うおぉぉぉぉぉ!!』
ヨルゲン隊長の部隊は、出来るだけ一体ずつ取り囲んで袋叩きにするという、いつもの戦闘スタイルで各個撃破していく。
私はダニエルとジャンで組み、ジャンの魔法で留めを刺してもらいながら着実に数を減らしていった。
その間クロは、怒涛の勢いでルブロンスパイダーを屠っていた。
いつもは私を戦わせて、クロ自身はあまり手を出さないが、数が多すぎて危険だと判断したのか、はたまた自分に攻撃してきたルブロンスパイダーが気に食わなかったのかは分からない。
爪で攻撃すれば脚が飛び、クロの影から何か黒い触手のようなものが出てきたかと思えば、ルブロンスパイダーは拘束されて動けなくなり、何故かそのまま息絶える。
「綺麗な死神ね……」
クロを見ながらそんなことを呟いた私は、ルブロンスパイダーの脚の関節に右ストレートをかまして、衝撃波で吹き飛ばす。
チラリとバルドガルド王を見れば、土魔法で攻撃しながらバトルアックスを振り回しているのが見えた。
そして、最前線では大柄のドワーフが一心不乱にツルハシを振り回しているが、少し様子が変だった。
身体から蒸気が立ち登り、正気を失っているように見える。
そしてどこか、見覚えのあるような姿に私は眉根を寄せて呟いた。
「……もしかして、ローガー?」
呆気にとられて思わず立ちすくんでしまい、ルブロンスパイダーがここぞとばかりに飛びかかってきた。
「危ない!!」
ジャンが雷魔法で食道上神経節をうまく撃ち抜いたらしく、ルブロンスパイダーは弾き飛ばされて地面に転がり、脚を硬直させて動かなくなった。
「ジャン!ありがとう!!」
「礼はいい!ボケっとするな!!」
叫ぶように怒鳴るジャンの表情は余裕がなさそうに見え、この場の緊迫した空気を物語っているようだった。
着実に数を減らして前に進むにつれ、ルブロンスパイダーの死骸だけではなく、ドワーフの近衛騎士達の遺体も散見された。
綺麗な遺体などはなく、皆どこか千切れており、見れば吐き気を催した。
人の遺体を大量に見ることなどなかった私にとって、そこは現実味のないゲームのような感覚になった。
これ以上は精神的に危険と判断され、感覚がシャットアウトされたのかもしれない。
どこか自分が自分ではないように感じられ、とにかく目の前の敵を倒すことのみに集中した。
——倒さなければ自分が死ぬ。
それだけは確実な事実で、非常に冷酷な現実だった。
最後の一匹が天井に張り付き、糸を飛ばして攻撃してくるのを躱していると、バルドガルド王が円錐型の岩で串刺しにして留めを刺してくれた。
「皆の者!!勝利だっ!怪我人を運び入れ手当てを!」
『はっ!!!』
勝利の余韻に浸る間もなく、バルドガルド王は次々と指示を出していく。
バルドガルド王は砦から出て、私たちのほうへ向かって走ってきた。
「バルドガルド王!ご無事で——」
ヨルゲン隊長がそう言って頭を下げれば、バルドガルド王は近衛騎士を引き連れて横を走り抜けて行った。
「報告は後だ!ローガーを止めねば!!」
バルドガルド王は速度を落とさず走りながら私達へ叫ぶ。
「えっ?!やっぱりアレってローガーなの?!」
驚きつつもローガーのいる方へ私も走った。
ローガーと言われた大男を見れば、一回りも二回りも大きくなっていた。
私よりは小さいもののドワーフにしては規格外の大きさだ。
「何かあったのかしら……」
嫌な予感が過るが、今はローガーを元に戻してやらないと……と思ったその時、隠れていたルブロンスパイダーがバルドガルド王に狙いを定めているのが見えた。
「クロ!!」
私では間に合わないと思ったためクロを呼んだ。
クロは直ぐ様影から飛び出し、ルブロンスパイダーを牽制する。
「私がやれってことね……」
教育ママは今日もスパルタだ。
私がルブロンスパイダーと格闘している間に、バルドガルド王は土壁を掘り出したローガーに話しかけているのが見えた。
「グルルルル……」
クロが後ろから「集中しろ!」と言わんばかりの威嚇音を鳴らしたのが聞こえて、肝が冷えた私はルブロンスパイダーに向き直る。
後ろから来たジャンが、雷魔法で援護してくれた瞬間を狙って横に回り込み、脚の関節に狙いを定めて拳を叩き込む。
バランスを崩したルブロンスパイダーの、鋏角の可動部にある、わずかに装甲が薄い横の隙間へとダニエルが刃を乗せ、体重をかけて深く突き入れた。
側頭部を貫かれたルブロンスパイダーは、片側の足すべてを硬直させ、バランスを崩して激しく横転する。
お腹側が丸見えになったところで、私はルブロンスパイダーの食道上神経節を狙い、右ストレートを叩き込んだ。
他に残りはいないかと注意深く見回していたとき、ローガーの咆哮が聞こえた。
「オォォォォォッッ!!!」
ローガーはツルハシを思い切り振り上げ、目の前の分厚い土壁を木っ端微塵に打ち砕いた。
ローガーはそのまま向こう側の通路へと、凄まじい勢いで突進していく。
私達はルブロンスパイダーの残りがいないのを確認してバルドガルド王へ声をかけた。
「……ふぅ。こんなものかしらね。バルドガルド王!!こっちは終わったわよ!次は何処に行くの?」
少し離れたところにいるバルドガルド王へ聞こえるように叫ぶと、ダニエルは顔を真っ赤にして怒った。
「うるさい!お前は黙ってろっ!!そろそろ不敬罪で首が飛ぶぞ!」
「ダニエルだってうるさいじゃない!空気読みなさいよね」
「お前らはどっちもうるさいよ……」
「ジャン殿も大変ですね……」
私とダニエルがいつもの調子で言い合っていると、ジャンはゲンナリした様子でため息を吐いていた。
ヨルゲン隊長はそんなジャンを哀れんでか、肩を叩いている。
さっきまでの地獄が嘘のように、心は少しばかり落ち着きを取り戻していた。




