第百十話 決死のバックカントリー
溢れ出る魔物を倒しているとき、突然、地鳴りがしたかと思えば、目の前の岩盤を貫いて巨大な光の柱が突き抜けていった。
「うわ!!何これ!?」
私は咄嗟に後退りして目を見開いた。
地鳴りが収まった後に残されたのは、はるか地下へと斜めに突き抜けた巨大な斜坑。
突き抜けていった光によって、岩盤が斜めにドロドロに溶かされ、まるで地下へ直通する超巨大なトンネルが出来上がったかのようだった。
そこから吹き上がってくる風は、驚くほど混ざり気のない綺麗な空気だった。
恐る恐る斜坑を覗き込めば、何か巨大な生物が動いたような気がしたが、いまは特に動きがない。
「今、中に何かデカいのがいたわよね?」
覗き込んだ全員に聞いてみるが、皆一様に顔色が優れない。
「おいおい、冗談だろ、下からものすごい魔力の残滓を感じるぞ」
「まずいことになったな……」
「再封印が失敗したか?」
これからどうするとヨルゲン隊長たちと話し合うも、意見が分かれた。
「我らは命令に忠実に従わねばならない。ここを守れと言われたのだから、離れるわけにはいかん。命令違反をして守るべき場所を離れれば、作戦自体に綻びが生じて作戦が失敗する」
ヨルゲン隊長は渋い顔をしてそう言い張るが、古龍が目覚めてしまえば、もう作戦どころではないと思う。
「古龍が目覚めてそこら中ウロウロしてるんなら、もうこの作戦は破綻してるんじゃないの?」
思ったことをすぐ口にするのは私の悪い癖なのだが、今日は功を奏したようだ。
ヨルゲン隊長は「うっ……」と言い淀み、言葉に詰まっていた。
「どっちにしろ我らが行けたとしても、人族の貴殿らはついてこられないでしょう。魔素が……」
ヨルゲン隊長はハッとした様子で斜坑へ歩み寄り、注意深くのぞき込んだ。
「どうしたの?」
私は何かあったのかヨルゲン隊長に尋ねると、こちらを振り向いて勢いよく喋り始めた。
「ま、魔素が!!あれだけ濃かった魔素が感じられん!何故だ?!」
ヨルゲン隊長の唾が飛ぶ中、ダニエルを盾にして唾から身を守る。
「うえ!!や、止め……!!」
ダニエルは唾から顔を守ろうと両手で防いでいるが、既に結構な量がかかっている。
盾にしてごめんね。
「さっきの光の柱のせいか、もしくはバルドガルド王が封印の地で何か使ったのか……。何のせいかは分かりませんが、魔素がないなら好都合では?」
ジャンは顎に手を当てながら思案し、答えるがヨルゲン隊長は浮かない顔をしている。
「……しかし」
ヨルゲン隊長は命令違反を気にしているようだった。
一個小隊を任せられているのだから、当然といえば当然だ。
軍や騎士団は規律を重視する。
命令は絶対で、今回であれば職務放棄か下手をすれば敵前逃亡と見なされて死刑だってあり得るかもしれない。
部下を抱えた上でそんな決断はおいそれとはできないし、するような上司は持ちたくない。
「隊長!!私達も共に参ります!古龍が出てしまったのであれば、バルドガルド王が危険かもしれません!」
一人の騎士が進み出てヨルゲン隊長に進言したのを皮切りに「自分も行きたいです!」「自分もバルドガルド王の加勢に行きます!!」と、ヨルゲン隊長に進言しはじめた。
それを聞いてヨルゲン隊長はため息を吐き、天井を見上げた。
「……分かった。責任は私が持とう。全く、お前らときたら……」
頭を振り、またため息を吐きながら言ったその言葉は、呆れというよりも嬉しさや誇りを帯びているようだった。
「じゃあ決まりね!この穴から降りれば良いかしら?」
私がそういうとダニエルが待ったをかける。
「はぁ?!行くわけないだろ!流石に使節団にそこまでの責任はないはずだ!避難民の誘導と坑道の魔物の討伐だけでも限度を超えてるってのにっ!!」
思わずダニエルの本音が爆発してしまい、その場はシンと静まり返り、一気に空気が悪くなった。
「……あ。いや、申し訳ない」
ダニエルがすぐ我に返り謝罪するが、もうあとの祭りだ。
「じゃあ、ダニエルはここで魔物の討伐してて!ダニエルが残ってくれれば、命令違反にならないかもだし!」
私が笑ってそう言うと、皆ポカンとして私を見ていた。
「は?お前、何言って……」
私の言ったことが一ミリも理解できないと言わんばかりに、眉根を寄せているダニエルに、私は続けて言った。
「使節団の責任とか、そんなの関係ないのよ。私は行くわ。死なせたくないし、私に出来ることがあるならやるだけよ」
私はそれだけ言うと、ヨルゲン隊長にここからどうやって降りるかを尋ねる。
ダニエルはまだ何か考え込んでいる様子だったが、意外にもジャンは行く気のようで、ダニエルの説得をしているようだ。
「ヨルゲン隊長、この穴から降りるとして、具体的にどうやって行けば良いと思います?」
「そうですな……。ロープでは長さも足りんでしょうし、何より時間がかかる。幸い、この穴はかなり急ですが傾斜がついていますから、ここを滑り降りて着地の瞬間、風魔法で相殺すればあるいは……」
え……。これ滑り降りるの?スキー場より急に見えるんですけど??バックカントリーするの?しかも雪なしで??控えめに言って大怪我すると思うんですけどっ!
下手すれば死にますけどっ!!!
「え……っと。滑り降りるんですか?ここから??」
顔が引きつっていたであろう私に、ヨルゲン隊長は意地悪く笑った。
「おや、ミサキ殿も流石に怖いですか?思い切りのいいミサキ殿にも可愛らしいところがあるのですな!」
そう言うと、他の騎士達も便乗し「女性には恐ろしいでしょう!」「ここはやはり背負って降りましょうか」などと言い出す始末だ。
皆にそう言われては私の負けん気の強さが発動するというもの。
「はぁ?!怖くないわよ!!見てなさい!」
私は斜坑の縁まで移動し、中を覗き込むが、底が見えずに背筋が寒くなった。
「おい!ミサキ!!止めとけ!」
ダニエルが止めに入るが、止められればやりたくなるのだっ!!
「私、先に行ってるから!じゃ!!」
手を振り、穴に飛び込んだが、自分は魔法が使えないのに着地はどうすればいいんだと今更ながらに思った。
「あ!私魔法使えないから!ヨルゲン隊長、私の着地よろしくね!!!」
滑り降りながら大声で叫んで、後は丸投げしておいた。
……間に合うよね?
慌ててヨルゲン隊長達が穴に飛び降りてくるのが見え、とりあえず大丈夫かなとホッと胸を撫で下ろした。




