百九話 悲壮な覚悟
またあの蜘蛛の海へ飛び込む。
それは古龍に比べればマシなように見えて、その実、真綿でじわじわと首を絞められるような、長く苦しむ地獄の始まりだった。
「団長……他に道はありません」
「……そうだな。皆、これまでよく頑張ってくれた。俺とともに最期まで行ってくれるか?」
そこに残ったすべての団員の顔を見回しながら問う。
腕のない者、甲冑の胸当てが裂け胸に大きな裂傷を負った者、返り血で全身どす黒く染まった者。
百名近くいたはずの部下達は、40名程度まで減っていた。
指揮官失格。
そんな言葉が頭を過ぎったが、更に生き残った者達をこれからまたあの地獄へ送り返す自分は、到底そんな言葉では言い表せない愚か者だと、ヘルムフリートは心の中で呟いた。
だが、死線を共にしてきた部下たちの瞳には、恐怖だけではなく、静かな闘志も宿っていた。
「……今更でしょう。何を仰るんですか!我ら誇り高きドワーフの近衛騎士団は、いつでもこの国のため命を投げ捨てる覚悟です!」
「そうです!!団長、行きましょう!バルドガルド王が待っています」
その後もそんな部下達の言葉が続く。
良い部下を持ったなと思い、口の端が上がるのが分かった。
「恐らくこれが最期だ。誰か一人になっても、必ずカルドラン様へ龍縛杭をお届けしろ!!」
『はっ!!』
ヘルムフリートを先頭にして、重装兵で周りを囲み、研究員を真ん中にして突き進む。
魔導士達は周りを警戒しながら、後ろから雷魔法でルブロンスパイダーを遠距離攻撃して出来るだけ数を減らしていく。
「……やけに数が少ないな」
他の通路から地上へ抜けたのか。あるいはバルドガルド王のいる第三中継砦へ全て行ってしまったのかと考え、一気に気持ちが焦った。
そうこうしている内に通路が土で塞がっているのが遠目に見えた。
ルブロンスパイダーの大量の流入を防ぐため、魔法で出来るだけ塞げと命令した時の残骸だろう。
「ルブロンスパイダーがまだ大量にいるかもしれん!私が見てくるからここで待て!!」
そう言ってヘルムフリートは一人土壁まで行く。
本来であれば部下にやらせるところだが、部下は全員満身創痍だ。
もう、誰も死なせたくない。
そんな気持ちから、自分で偵察をやるという判断ミスを犯してしまった。
土壁に近づき、土魔法で壁を崩そうと手を伸ばすと、頭上から「キチキチ……」という音が聞こえた。
「上か?!」
バトルアックスを振り上げるが、疲れのせいか距離を見誤り空振りすると、一気にルブロンスパイダーが飛びかかってきた。
見えた数だけでも四匹はいた。
魔導士達の雷魔法も視界に入るが、既に目の前にはルブロンスパイダーの顎が迫っている。
呆気なくここで終わるのかと思った瞬間、ルブロンスパイダーが土壁ごと爆音とともに吹き飛ばされていった。
何が起こったか分からずも、バトルアックスを持ち直し警戒体勢に入る。
すると、土壁から大男が、バーサーカーと化したローガーが出てきた。
その皮膚は赤黒く脈打ち、手にするツルハシからは魔力の残滓がバチバチと火花を散らしている。
ドワーフの枠を完全に超えたその姿は、一見すれば新たな魔物と見紛うほどの威容だった。
「い、生きていたのか!!ローガー!!!」
驚きと、衝撃と、安堵と……様々な感情が自身の中で一気に膨れ上がるのを、ヘルムフリートは噛み締めていた。
ローガーはヘルムフリートを一瞥するも、すぐにルブロンスパイダーに目を移し、次々と屠っていく。
魔導士達もローガーを出来るだけ援護するように雷魔法で応戦していた。
自分もローガーとともに戦わなくてはと足を踏み出した瞬間、声がかかった。
「ヘルムフリート?!!無事か?!」
土壁の向こう側から出てきたのはバルドガルド王、その人だった。
怪我はしているものの、致命傷ではないようだ。
「カルドラン様!!よくご無事で!!!」
二人は駆け寄り、腕をぶつけ合った。
「ローガーがいなければ、死んでいたであろうよ。鬼神の如きとは、あいつのことだ」
「本当に凄いですね……。大英雄ドゥルガンそのものです」
二人でローガーを見れば、既に魔導士達とともに全てのルブロンスパイダーを撃破していた。
「……ただ、儂らの声が届いておらんようだ。あの状態から正気に戻れるのか分からん」
「……そうですか。何か手を……あ!そういえば、他のルブロンスパイダーはっ?!」
あれだけの数のルブロンスパイダーがいたのだ。
まだ相当数の蜘蛛が残っているはずだと今更気づき、バルドガルド王へ確認をとる。
「大丈夫だ。全て殲滅した。他の通路に溢れ出たやつもいるだろうが、他の者が対処してくれるだろう」
「す、全て……ですか?」
「あぁ……実はあれから……」
とバルドガルド王が言いかけたとき、土壁の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。
「バルドガルド王!!こっちは終わったわよ!次は何処に行くの?」
「うるさい!お前は黙ってろっ!!そろそろ不敬罪で首が飛ぶぞ!」
「ダニエルだってうるさいじゃない!空気読みなさいよね」
「お前らはどっちもうるさいよ……」
「ジャン殿も大変ですね……」
ぎゃあぎゃあと言い合いをする声が土壁越しでも十分伝わり、その緊張感のなさに思わず笑みが溢れた。
「あやつらはここが戦場だと分かっとるのか……?」
呆れたような顔でバルドガルド王はため息混じりに言ったが、その顔はどこか安心したような表情をしていた。




