第百八話 王たる資格
「ぎゃああぁぁぁ!!」
「足がっ!!俺の足がぁぁぁ!」
古龍が腕を振り上げただけで吹き飛ばされる有様に、ヘルムフリートは心が折れそうになっていた。
それでも何度でも立ち上がり、仲間を鼓舞し最前線で戦う。
古龍は少しずつ身体を捻りながら封印の地から這い出てきて、尻尾以外はほぼ出尽くしている。
その体は淡い青緑色で、艶めいていてとても美しい。全身が宝石で出来ていると言われても不思議ではない。
そもそも龍の鱗1枚で、一財産稼げると言われているのだから、宝石以上の価値があるといっても過言ではないだろう。
そんな美しくも恐ろしい古龍相手に戦うドワーフの、なんと矮小なことか。
古龍が身じろぎ一つするだけで、騎士団の誰かの腕が飛ぶ。
足が、歯が、臓物が、飛んでいく。
誰かの眼球が飛び、それと目が合う。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
それでも、膝をつくわけにはいかなかった。
「再封印は可能か?!答えろっ!!」
ヘルムフリートは力一杯叫び、研究員へ問いかける。
腰が抜け、恐怖で失禁した研究員は震える声を絞り出して答える。
「さ、さささ再封印は不可能です……!もう!皆死ぬしか……っ!」
「他に方法は?!武器になりそうなものは!?」
再度問いかけるが反応がなく、後ろを振り返ると研究員はあまりの恐怖に失神してしまっていた。
「くそっ!」
苦々しげに吐き捨て、バトルアックスを振るいながら古龍へ攻撃するが、傷一つ付かない。
「団長!もしかしたら龍縛杭が使えるかもしれません!!」
背後から声が聞こえ、そちらを向けば他の研究員数名が古文書を開いて調べている様子が見えた。
「それは何だ?!!倒せるのか?!」
倒れた部下を庇いながらヘルムフリートは叫ぶ。
「先程通ってきた部屋に、龍を縛り拘束する古代武器があるはずです!それを使って時間稼ぎをする間に、祭壇の修繕をすれば!」
「再封印できるかもしれない……か」
飛び散る部下の血を浴びながら、ヘルムフリートはバトルアックスを構え直した。
次世代にこの古龍を残す不安と情けなさ。
しかし、自分達ではどうすることもできないもどかしさ。
何より、古龍の強さと恐ろしさを目の当たりにして、これを封印することなど可能なのかという絶望に近い諦め。
すべての後ろ向きの感情に蓋をして、ヘルムフリートは叫ぶ。
「総員!!通ってきた部屋まで退避!古代武器を見つけよ!見つけ次第、封印の地まで持って来い!!!」
「し、しかし全員で行けば龍が追ってくるのでは?!」
当然の質問にヘルムフリートは頷き答える。
「俺が残り、封印の地まで古龍を誘導する!!良いな!急げ!!」
それだけ言うと、ヘルムフリートは一気に駆け出した。
背後からは部下たちの叫ぶ声が聞こえる。
ヘルムフリートは古龍の股下をスライディングしながら、バトルアックスで古龍の足に攻撃をする。
相変わらず傷は付かず、本当に嫌気が差した。
「なら、腹はどうだ?!ロックスピア!!」
古龍の腹の下の地面から多くの岩石の槍を出したが、古龍は多少よろめいただけで傷ついていない。
「くそっ……たれめ。やはりカルドラン様より威力は劣るか」
土魔法は得意なほうだが、バルドガルド王のように卓越した土魔法の使い手というわけではない。
それでも死線をくぐり抜いてきたのだから、その辺の魔物相手ならば一撃で倒せるはずだ。
流石にここまで通用しないとなると笑いが出てくる。
それでもロックスピアを多用し、古龍の注意を引きながら封印の地へ誘導しようとするが、古龍は動かない。
封印の地へ行けば、また動けなくなるかもしれないと分かっているようだった。
「こっちに来い!こっちだ!!」
そう言って何度も攻撃するが、古龍は既にヘルムフリートに興味を失っているらしく、払いのけることすらしなくなっていた。
「集る蝿以下ってことかい……」
古龍の強さを考えれば、たかがドワーフ一人などそんなものだろうなと思いながらも、必死に古龍の意識を自分に向けさせようと攻撃していた、その時。
古龍は天井を見つめ、大きく息を吸ったかと思うと「ギャオオオォォォォォ!!!」と空気が揺れるほどの咆哮をした。
「ぐぅぅ……」
ヘルムフリートは自身の耳を押さえて膝をついた。
叫ばれただけで頭が割れそうなほど痛み、身体の内側から破壊されそうな感覚がする。
古龍はそのまま天井を見上げて口を開く。
————ブレスだ。
マズい!と思ったときには、目の前は真っ白の光に包まれ何も見えなかった。
地鳴りのような音とともに、岩盤が落ちてくる。
ヘルムフリートは必死に端に行き、落盤によって死なないように身を潜めた。
古龍は羽ばたきを開始し、フワリと浮いたかと思うと、自身がブレスによって開けた穴に身体をねじ込みながら上層へ行ってしまった。
「……逃がしてしまったか」
そう呟いたヘルムフリートは、古龍が消えた天井の穴から、新鮮で魔素の感じられない風が流れ込んできていることに気づいた。
あれほどのブレスだ、滞留していた魔素ごと焼き尽くしたのかもしれない。
ヘルムフリートは、その大穴を見つめるとすぐに古代武器を探しに行った部下たちと合流すべく、来た道を急ぎ戻った。
「団長!!ご無事でしたか!さっきの振動はまさか?!」
駆け寄ってきた部下達が心配そうに見つめる中、ヘルムフリートは口を開いた。
「古龍がブレスを放ち、その穴から上層へ逃げてしまった。何処にいるか見当がつかないが、放置するわけにもいかん。急ぎ古代武器を発見し、使えるかどうか確認してくれ」
状況を端的に説明した後、指示を飛ばすと現状報告のため研究員がやってきた。
気絶していた研究員はまだ夢の中のようで、端のほうに寝かされているのが見えた。
「団長!現在古文書に記載のある古代武器と思われるものが二つ見つかったのですが、起動できずにいます」
焦りながらも要点をしっかり説明する研究員を労いながら疑問点を整理していく。
「起動できない……?壊れているのか?」
「分かりません。ただ、古文書には王にしか扱えぬ。と……」
「王にしか……?」
訝しみながら研究員の顔を見ると、頷いて説明を続ける。
「王とは、最も強き者ではない。王とは、最も多くを背負う者である。民を想い、大地を守り、己を捨てて他者を救う覚悟ある者のみ、龍を縛る楔を手にする資格を得る。とも書かれています」
「王でなくとも扱えるのか……?王たる資格があるものだけが扱えるということか?」
「……おそらく」
「一人ひとり試す時間などないぞ!」
兜を脱ぎ、頭を掻きむしってどうすれば良いか考えるが、全く思いつかない。
「仕方ない。とりあえずカルドラン様と合流する!皆、古代武器を運ぶぞ!!」
「し、しかし!古代武器を運ぶとなると、飛び降りてきたところからは行けません……。ルブロンスパイダーの群れを抜けるしか」
シン……と空気が張り詰め、あの地獄へ再び向かうのかという無言の重圧が、皆の身体を疲れ以外の重みとなって纏わりついた。




