第百六話 大英雄ドゥルガン
「うわあああ!」
隣で盾を構えていた騎士が蜘蛛の糸に絡め取られ、天井へと引きずり上げられる。
その光景を、ローガーは血の気の引いた顔で見上げることしかできなかった。
自分では手も足も出ない、圧倒的な数の暴力に翻弄され、為すすべもなく立ち尽くす。
聖女様は無事だろうか。
そんな考えが頭を過ると同時に、あの龍が逆鱗に触れられたかのような形相を思い出す。
きっと、あの人のことだ。最後まで足掻いているに違いないと思い至り、こんな状況だというのに何故か笑みが溢れた。
「ぎゃぁぁぁ!!」
という叫び声とともに上から血と臓物が大量に降ってきた。
「ヒュッ……」
と変な音を出して息を呑み、何事かと震えながら見上げれば、先程蜘蛛の糸に絡め取られた騎士が腹部から真っ二つにされていた。
ルブロンスパイダーが“餌”を取り合って引っ張った結果のようだ。
「怯むなっ!!目の前の敵に集中!各個撃破しろ!!!」
バルドガルド王は檄を飛ばしながら土魔法とバトルアックスを駆使して次々と打ち倒していた。
バルドガルド王が吠えれば、身体の芯から熱せられた鋼が溶け出すように身体が動くようになる。
一族を鼓舞し、ステータスを上げるようなスキルを使っているのだろうが、二百名はいるドワーフ全てに適用するなどと常人離れしすぎている。
流石は我らドワーフの王だ。
俺は目の前に飛び出してきたルブロンスパイダーの脳天目がけてツルハシを撃ち込むが、脚で阻まれてしまった。
糸を吐こうと尻を持ち上げたため、その隙を狙って土魔法を発動させる。
「ストーンバレット!」
石礫は尻に命中した。
一瞬、ルブロンスパイダーがたじろぎ後退したため、ツルハシを脳天目がけて投げつけた。
すると上手い具合に目に刺さり、ルブロンスパイダーは悲鳴を上げてツルハシを抜こうと頭を振り出した。
俺はさっき真っ二つになった騎士が落とした大槌を拾い上げ、ルブロンスパイダーとの距離を一気に詰めて脳天に大槌を叩き込んだ。
ルブロンスパイダーはそのまま沈み込み、脚を丸めて硬直しだした。
「よしっ!!」
愛用のツルハシを回収し、すぐさま次の敵にツルハシを振るう。
そんなことを繰り返している内、どこからか聞き慣れた声が聞こえてきた。
見れば誰かが蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされている最中だった。
「叔父貴っ!!!」
聞き慣れた声の主が叔父貴だと気づいた俺は、すぐに駆け寄りながら土魔法を発動させる。
「いてっ!俺に当てるな!!あほ!」
「す、すまねぇ!」
絶体絶命だというのに、叔父貴はどこか滑稽で喜劇でも観ているのかと錯覚してしまいそうになる。
ツルハシをルブロンスパイダーの脚の関節を狙いながら振るうが、他の脚に阻まれてうまくいかない。
ルブロンスパイダーとて、生きるために必死なのだから当たり前だ。
命と命の取り合い。
——でも、叔父貴だけは殺させない!!
「ロックランス!!!」
口から自然と言葉が出ていたが、それは俺が使ったことのない魔法だった。
唱えた瞬間、ルブロンスパイダーの足元から太い岩石の槍が何本も生え、ルブロンスパイダーを下から串刺しにした。
「いて!!いててて……」
「お、叔父貴!大丈夫か?」
ルブロンスパイダーは串刺しにされたと同時に叔父貴を落としてしまった。
頭以外をぐるぐる巻きにされた叔父貴は、受け身すら取れず頭から地面に落ちたらしいが、出血はしていなかった。
「いま助けるぞ!」
そう言って腰から出したナイフで蜘蛛の糸を慎重に切っていく。
「お前……強くなったなぁ」
そんなことを急にしみじみと言い出した叔父貴に訝しみながらも、やはり大好きな叔父貴に褒められるのは嬉しかった。
それなのに、糸を切るごとに、俺はどんどん気分が沈んでいった。
「なぁ……叔父貴、笑ってくれよ。なんで今そんなこと言うんだよ、早くここから逃げるぞって笑い飛ばしてくれよ……!」
涙を流しながら次々と糸を切る。
そして露わになったのは、叔父貴の筋骨隆々とした身体ではなく、ルブロンスパイダーの消化液を注入されてドロドロに溶け始めた叔父貴の肉だった。
「お、叔父貴……?叔父貴っ!!!」
そこにはもう、叔父貴はいなかった。
ただ、叔父貴だったもの——溶け始めた肉塊が残った。
「ちくしょう!ちくしょう!!」
叔父貴を返せっ!俺の家族を返せっ!!
———俺は何でこんなにも弱いんだ。
「くそおおぉぉぉぉぉぉぉぉ———っっっ!!!」
そのとき、目の前が真っ赤に染まった。
身体中が悲鳴を上げ、ミシミシと音をたてて膨れ上がるのが分かる。
肩や胸の装備は弾け飛び、脚の装備も皮の継ぎ目が千切れそうだ。
そんなことはお構いなしに、目の前のルブロンスパイダーの頭目がけてツルハシを叩きつけると、グシャッと嫌な音を出して絶命した。
右から蜘蛛の糸で攻撃され、右腕を絡め取られると、フワリと身体が宙に浮き、砦の城壁から外へ投げ出されてしまった。
「ローガー!!!」
誰かが俺の名前を呼んだが、叔父貴ではないことは確かだった。
ルブロンスパイダーの海に投げ出された俺は、四方八方をルブロンスパイダーに囲まれている。
キチキチ……と嫌な音をたてて、どこから食べてやろうとでも言いたげな蜘蛛達を見回し、俺はツルハシを振り上げる。
「大地穿孔!!」
俺は足元の地面を渾身の力で叩きつけた。
すると衝撃波が池に岩を投げたように広がり、俺を中心に地面が蜘蛛の巣状に割れ足場が崩れる。
体勢を崩したルブロンスパイダーから順にツルハシを叩きつけ、各個撃破していく。
後ろからバルドガルド王やヘルムフリートの「ローガーを援護しろ!」という指示が聞こえた。
雷や石礫、蜘蛛の糸が飛び交う中、俺は無我夢中でツルハシを振り続ける。
「……大英雄ドゥルガンの再来だ」
という呟きは、俺の耳には届いていなかった。




