第百五話 崩壊まで秒読みの籠城戦
「大丈夫か?!」
手を負傷した研究者に、宮廷魔導士が駆け寄り魔法の詠唱を行うと、たちまち裂傷は塞がっていく。
すると突然、地面が小刻みに揺れだした。
最初は小さい揺れだったが、どんどん激しさを増す。
立っていられなくなるほどの揺れが襲ったとき、突然中央祭壇の魔法陣からルブロンスパイダーが次から次に湧き出してきた。
「まずい……。近衛騎士団!!バルドガルド王を安全なところへ誘導する!殿は私だ!!宮廷魔導士団!援護しろっ!!!」
『はっ!!』
ヘルムフリートはすぐに状況を把握し、最も優先すべき王の安全を第一として、退避行動へ移る。
魔導士達は的確に雷魔法でルブロンスパイダーを撃破しているが、次から次に湧き出ているせいで数がどんどん増えている。
「くそ……キリがないぞ」
ヘルムフリートは襲いかかってきたルブロンスパイダーの脚を切り落としながら呟く。
「第三中継砦まで後退する!全員突っ走れ!!」
その号令とともに一斉に走り出した一団は、先頭に副団長を据え、前に飛び出してくる魔物を撃破しながら先へ先へと突き進む。
その様は飛び出してきたものは容赦なく弾き飛ばす、暴走列車を彷彿とさせた。
第三中継砦まで戻ったとき、坑道内の魔物の掃討をしていた騎士団員数名と合流し、砦内に籠城した。
「王はご無事か?!全員いるか?!」
「ご無事です!全員います!」
短いやり取りで素早く状況把握をしていく。
「研究員は直ちに魔法陣の修正を!それまで時間を稼ぐ!!魔導士は雷魔法でルブロンスパイダーを遠距離攻撃!近づけさせるなっ!弓兵は魔導士とともに遠距離攻撃!糸が届かないようにしろ!」
『はっ!』
ヘルムフリートは、今度は大柄なフルプレートアーマーを着込んだ騎士達へ指示を飛ばす。
「重装騎士、盾兵は門の防衛だ!絶対突破させるな!!」
『はっ!』
「怪我人、治療班、バルドガルド王は砦中央へ!!皆、覚悟は良いか?!我ら近衛騎士団の誇りをかけ、バルドガルド王をお守りしろ!!王国の盾たれ!!!」
『我ら最後まで!!!!』
うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!
と、地響きのような雄叫びが坑道内に木霊する。
「ルブロンスパイダーを視認!!魔導士団、弓兵!打てっ!!」
ヘルムフリートの号令と共に、雷と弓の遠距離攻撃が振り注ぐ。
壁や天井に張り付いているものを優先的に撃ち落とし、数を少しずつ減らしていくが、それよりも増える数のほうが多い。
「キリがないな……っ!」
思わずヘルムフリートは愚痴を零し、苦々しい顔をしながら、手を強く握る。
「土魔法で坑道をできるだけ塞げ!出てくる数を減らすんだ!!」
遠距離攻撃をしても、どんどんお構いなしに進んでくる蜘蛛の集団。
それはまるで、死神の行進のように見えた。
「城壁に近づいてきたら油を撒くぞ!準備しろっ!!号令と共に火魔法を放て!」
魔法陣を書き直すまでの時間稼ぎどころか、生存さえも危うくなり焦りが増す。
しかし、司令塔が慌ててしまえば全員に伝播し、取り返しがつかなくなる。
それを分かっているだけに、ヘルムフリートは努めて冷静に振る舞った。
絶望的な状況でも、どうにか打開策はないかと模索するが、これといって浮かばない。
「くそっ……!せめてバルドガルド王だけでも逃さなければ……」
誰に言うわけでもなく、そんなことを苦々しく呟いたとき、後ろから力強い覇気のある声がかかった。
「儂はそこまで落ちぶれておらん」
ヘルムフリートが驚いて振り返ると、バルドガルド王がそこにいた。
「バルドガルド王!!何をされているのです!砦内部で大人しくしていてください!」
ヘルムフリートは慌てて近衛騎士達に中へ連れて行くよう指示を出すが、バルドガルド王は手で制し、近衛騎士達は王の命令に従い脇に控える。
「儂も参加する。なぁに、最前線に出せとは言わぬ。砦の上から皆を鼓舞し、魔法を使うくらいは良かろう」
「……そう言ってジリジリと最前線に出る気でしょう」
ギロリとヘルムフリートがバルドガルド王を睨み、大人しくしていてくれと言わんばかりにため息をついた。
「……バルドガルド王、死なないでくださいね」
「バルドガルド王とは何を他人行儀な!いつも通りカルドランと呼べ!!」
ガハハ!と笑いながらバルドガルド王は、ヘルムフリートの背中をバンバン叩く。
「いたっ……。全く、カルドラン様には困ったものです」
そう言うものの、ヘルムフリートの表情はどこか嬉しそうで、口の端が上がっているのが見て取れた。
長年、ヘルムフリートはバルドガルド王に仕え、近隣の国々と小競り合いがあったときも、一緒に戦った仲だ。
そうやって培われてきた信頼関係は強固なものであり、死線を潜り抜ける度、更に強くなっていった。
「さぁ、行くぞ……。ロックスピア!!」
バルドガルド王が唱えると、周囲に円錐型の岩が五つ形成されていき、凄まじいスピードでルブロンスパイダーへ発射された。
大砲のように発射されたそれは、ルブロンスパイダーに命中せずとも吹き飛ばすほどの威力で、当たれば足は軽く吹き飛び、ルブロンスパイダーの機動力を大きく削ぐものだった。
その光景は騎士達にとって希望の光であり、更にバルドガルド王への崇拝を加速させた。
「我ら誇り高きドワーフの力を見せよっ!!ドワーフに栄光あれ!!!」
『ドワーフに栄光あれ!!!!!』
皆が武器を掲げ、力強く吠えた。
目は鋭く光り、まるでバーサーカーのような狂気すらも孕んでいるように見えた。
それでもルブロンスパイダーは止まることはなく、数も減らない。
どんどん砦に近づいてくるルブロンスパイダーの群れに、ヘルムフリートは決断した。
「城壁から油を撒け!!合図とともに火を放つ!」
騎士達が急ぎ準備していた油の樽を豪快に投げ落とし、油をそこらじゅうに撒く。
「今だ!!放て!」
放たれた火魔法は、油に引火すると一気に燃え広がり、次々とルブロンスパイダーを燃やしていく。
キィキィと声を上げながらルブロンスパイダーが焦げていくが、後ろから来たルブロンスパイダーは天井や壁に飛びつき、炎を避け始めた。
「壁や天井から蜘蛛の糸を飛ばしてくるぞ!気をつけろっ!!」
ヘルムフリートが叫ぶが早いか、四方八方から蜘蛛の糸が振り注ぐ。
糸に絡め取られてしまった騎士達の悲鳴が坑道に響く様は、まるでこの世の終わりのようだった。




