第百四話 書き換えられた魔法陣
「た、倒した……」
皆は信じられないとばかりに顔を見合わせては、また私を見ていた。
そんな皆の視線などお構いなしに、私はクロに再度囮役をお願いした。
クロは分かっていると言わんばかりに足取り軽く坑道の奥へ消えた。
「ミ、ミサキ殿……。一匹目のルブロンスパイダーもそうやって倒したのですか?」
目を点にしたヨルゲン隊長が私に尋ねてきた。
「え?まさか!!狙ったところは同じですが、前回は油断しちゃって。のし掛かられたところを下から狙ったので、消化液を頭から被る羽目になりました」
ハハハ……と乾いた笑いが溢れ、ついため息も出た。
もうあんな目には遭いたくないものだ。
「……ミサキ殿は勇ましい戦士だとお聞きしたときには、何かの間違いだと思いましたが、この目で見ては信じざるを得ませんな」
フッとヨルゲン隊長が微笑むのを初めて見た私は、かなり驚いた。
“人族と侮っていた”と本人も言ったぐらいだ。
私たちに対して、礼儀はきちんと尽くしてくれていたが、いつも表情は厳しかった。
勿論、このような状況では仕方がないところではあるのだが……。
「お、クロ殿が戻られましたな。次は我らにお任せください」
そう言いながらヨルゲン隊長は次々に指示を飛ばして、ルブロンスパイダーを四方から盾で取り囲み、隙間からツルハシや大槌で袋叩きにするという、なんの拷問かと思うほどえげつない方法で討伐していた。
素材のことなどを考えず、ただ安全に討伐するのは、これが一番良いのだとか。
私はルブロンスパイダーに心の中で手を合わせた。
「クロ殿、まだ奥に一体いると思うのですが、他にはいましたかな?」
ヨルゲン隊長がクロに聞くが、クロは尻尾を大きく振るだけだった。
どういうことか分からなかったヨルゲン隊長は、私に眉根を下げた顔を向け、助けを求めた。
「残り一体だけみたいですよ」
「そうですか……。では、このまま全員で前進し、ルブロンスパイダーを警戒しながら矢の回収をします。ルブロンスパイダーが出たら、先程と同じように叩くぞ!」
『はっ!』
先頭をクロに任せ、真ん中に私とダニエルとジャンを配置し、前後左右に私たちを取り囲むように騎士団が配置された。
私達を守るためにこのような配置にしたのだろうかと不思議がっていると、残り一体のルブロンスパイダーが上から襲いかかってきた。
ジャンが雷魔法を撃つが決定打にならず、ルブロンスパイダーは何名かの騎士を下敷きにしながら着地した。
「押さえつけろ!」
ヨルゲン隊長の言葉と同時に、騎士たちは盾でルブロンスパイダーを押さえつけ動きを封じ、また袋叩きにしていた。
「……何回見ても、すげぇ戦い方だな」
ダニエルが苦笑いしながら、下敷きになった騎士団の面々を引っ張り出す。
「確かにえげつないわよね。ジャンといい勝負よ」
「俺?!俺のどこがだ!ミサキだって相当だぞ。ルブロンスパイダーをほとんど焼き殺したんだからな」
「やったのは私じゃなくて、ダニエルと騎士団の人よ」
「考えたのお前だろ!だいたいあんな狭いとこで、あんなに火を使ったら巻き込まれるか、毒で死ぬぞ!」
「だから風魔法で、熱も毒ガスも全部奥の蜘蛛たちの方へ吹き飛ばしてもらったんじゃない!計算通りよ!」
「後付けの計算だろうが!!」
それぞれがそれぞれを“最もえげつない奴”と罵り合ったり、火の壁作戦の迂闊さを指摘したりしている私達を見て、騎士団の人たちは思わず吹き出し、大笑いし始めた。
「あんた達のせいで笑われちゃったじゃないっ!」
「はぁ?!お前のせいだろ!」
「ガハハハハ!!!確かに我らの戦い方はえげつないですが、そちらも中々ですぞ」
ヨルゲン隊長の大笑いしている姿に私たちは呆気にとられて、ぽかんと間抜け面を晒してしまった。
「まぁ、魔物相手に遠慮していてはやられてしまいます故、えげつないぐらいで丁度良いというもの」
それより……と言葉を切り、深刻そうな顔つきで坑道の奥を見つめる。
「あまりにもいつもと違いすぎる……。古龍の魔素が流れ出ているとはいえ、これは明らかに異常です。ルブロンスパイダーが大量に地上近くまで上がることなどあり得ない……」
「地下で何かあったのでしょうか?」
ジャンがヨルゲン隊長に伺うと、頭を横に振り「分かりません」と呟く。
「バルドガルド王、どうかご無事で……」
不気味な雰囲気の坑道の奥に、ヨルゲン隊長の声は吸い込まれていった——。
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数時間前。
坑道の奥、古龍封印の地の真上に位置する古い祭壇跡地にて、バルドガルド王一行は古文書の記載通りに魔法陣を起動させようとしていた。
祭壇跡地は中央に円状の祭壇があり、それを取り囲むように四つの台座が配置してある。
中央の祭壇近くでは、近衛騎士に同行していた王立古代魔法研究院の研究者が、バルドガルド王達に再封印の説明をしていた。
「古文書によれば、四つの祭壇それぞれに魔法陣を書いた羊皮紙と火、水、風、土の魔石を指定の台座に設置します。それが中心にある祭壇に刻まれた魔法陣で増幅され、真下にいる古龍の力を封じるらしいのです」
「そうか……。では魔法陣を書き写さねばならぬのだな?」
バルドガルド王が研究者へ問う。
「はい。いま宮廷魔導士官達に書き写してもらっています。慣れたものでないと魔法陣の書き写しは困難です。少しでも違えば流れが変わり、魔力が暴走してしまうこともありますので……」
「お主らにかかっておる。よろしく頼むぞ」
バルドガルド王はそう言って自ら周囲の警戒のため、近衛騎士達を数名引き連れて行った。
「おい、これ違うんじゃないのか?」
一つの台座の近くで、研究者の一人がそう指摘するが、宮廷魔導士は「古文書の記載通り描いたぞ」と言って揉めていた。
「どうした?何かあったのか?」
そこへ近衛騎士団団長のヘルムフリートは、何事かと声をかけにきた。
「団長!それが……自分が見たときと古文書の魔法陣が違うのです」
「絶対見間違いだろ!古文書の記載が変わるわけ無いんだからよ」
「それは……そうだが」
どんどん自信がなくなっていったのか、尻すぼみになり自分の勘違いかと思い始めた研究者の言葉を聞き、ヘルムフリートは暫し考え込み口を開いた。
「確かにそれは気になるが、古代魔法研究院の君が確認したものだろう?それに宮廷魔導士官が書き写したものだ。間違いはないはずだ。……もう古龍の魔素の噴出が始まっている。これ以上時間をかければ、封印の儀式そのものが間に合わなくなる。確証がない以上、このまま進める」
「そうですね……」
すっかり自分の記憶に自信のなくなった研究者は、魔導士官が書き写した魔法陣を隅にある台座へ持っていき、その上に火の魔石を配置した。
他の台座にも次々と羊皮紙と魔石が配置され、最後の一つが台座に置かれた瞬間、すべての魔石が赤々と輝き出し、中央の祭壇に刻まれた魔法陣に光を届ける。
その光はなんとも禍々しく、赤を通り越して黒く変色していき、辺り一帯に黒い霧のようなものを発生させ始めた。
「な、なんだこれは?!」
「これは正常なのか?!」
近衛騎士達は一気に警戒レベルを上げ、バルドガルド王の周囲を固める。
「これは正常反応ではありません!!やはり魔法陣が違います!!!」
先程の研究者が急いで台座から羊皮紙を引き抜こうとするが、何故か張り付いていてビクともしない。
「な、なんで……っ!」
魔石を取ろうと手を伸ばせば、バチン!と何かに弾かれたように手を払いのけられ、手には大きな裂傷が出来ていた。
「ぎゃぁぁぁ!!!」
流血する手を抑えながら魔石を見れば、バチバチと音をたてて放電しているかのように、黒い何かが弾けていた。
「何なんだ、これは……」
最早何が起こっているのか誰にも分からず、ただただこの光景を見守るしか出来なかった。




