第百三話 火の壁の防衛戦
第三坑道へ戻り、ルブロンスパイダーの残骸があるところへ辿り着くと、ヨルゲン隊長ら騎士団とジャンは青い顔をしていた。
「嘘だとは思っていなかったが、本当に出たのか……」
ヨルゲン隊長は苦々しげに呟いた。
「ルブロンスパイダーは坑道に生息しているのですよね?」
ジャンが尋ねると、ヨルゲン隊長は頷いて答えた。
「いるにはいるが、かなり坑道の奥深くだ。ほとんど使われていないところに、ひっそりいるはず……。こんなところまで出るなんてまずない」
——何かがおかしい。
そこにいる誰もがそう思ったその時、坑道の奥の天井から何かが放射状に飛び出してきた。
「蜘蛛の糸だ!散開っ!!」
素早いヨルゲン隊長の指示に、その場にいた全員が回避行動を取る。
しかし、逃げ遅れた騎士団員が二名、蜘蛛の糸に絡め取られてしまった。
そのままズルズルと引きずられていく団員を見て、ヨルゲン隊長が叫んだ。
「火魔法が使える者は、糸を焼き切り救出せよ!他隊員は前後を警戒っ!!」
一人の隊員とダニエルが、糸に捕らわれた団員の元へ駆け寄り火魔法で焼き切って救出した。
「ダニエル、火魔法使えたのね。ルブロンスパイダーのときも使ってくれれば良かったのに」
私がダニエルに声をかけると、呆れたような顔をして話し出した。
「アホか。狭い坑道内でそんなことしたら毒が出るだろうが。使えるのは最小限だ」
毒。恐らく一酸化炭素中毒のことだろうか。
酸素などの概念はなくとも、狭いところで火を燃やせば死に至るという考え方はあるらしい。
「隊長!奥の坑道上部に動きがあります!」
「全員警戒せよっ!」
ヨルゲン隊長の緊迫した号令がかかり、一気に緊張感が増し空気が張り詰める。
シン……と静まる坑道。
「来ないのか……?」
ダニエルが言ったその時、一気にルブロンスパイダーが湧き出てきた。
「な、何だこの数はっ?!」
「あり得ない!!!」
「に、逃げ……っ!」
パニックになりかけたとき、ヨルゲン隊長の怒声が飛んだ。
「逃げるなっ!!我々が逃げれば市民に被害が及ぶ!食い止めろ!」
団員達の足は恐怖にすくむ。全身は震え、冷や汗が出る。それでも、逃げることは許されない。
自分が逃げれば親が、子が、兄弟が、死ぬかもしれないのだ。
守るべき者達のために、震える足を決意の楔で地面に縫い付け、必死に堪えた。
「ここを死守せよっ!一匹足りとも逃がすなっ!!!」
ヨルゲン隊長が叫ぶが、ここにいる誰もが死を覚悟した顔をしていた。
「ダニエルっ!!!奥の坑道の地面や壁にある、奴らの『蜘蛛の糸』に向かって火魔法を撃って!」
「は?!そんなことしたって意味ねぇだろ!二十匹はいるんだぞ!!」
こんなときに何を言ってるんだとダニエルは怒りを露わに怒鳴り散らしたが、私はそんなことに構っている暇はない。
「誰か風魔法使えないっ?!」
「お、俺が使える!」
騎士団のメンバーが一人、震える手をあげた。
「良かった!じゃあダニエルが火魔法を撃ったら、それに向かって思いっきり風を送って!!」
私が指示を飛ばすが、何が何やら分かっていない皆は困惑していた。
ヨルゲン隊長を差し置いて、人族の女に従って良いものか分からないのだろう。
「よし!ミサキ殿の指示に従え!やれることをやるぞ!!」
『はっ!』
「話が早くて助かるわ。ダニエルっ!早くその糸に火魔法を!!できるだけ沢山よ!」
「ちっ!しょうがねぇな!!!」
そういってダニエルはファイヤーボールをどんどん奥の坑道の糸が密集している場所に打ちこみ、岩肌にへばりついていた蜘蛛の糸が、導火線のように激しく燃え上がる。
その間にも、ルブロンスパイダーはこちらへ近づいてきており、丁度燃え始めたところへ差し掛かった。
「今よっ!!!風魔法を!火に風を送り込んで大きくして!」
「は、はいっ!!」
ドワーフの騎士が一気に風を送り込むと、火は更に勢いを増し、坑道を塞ぐように火の壁となって蜘蛛の接近を防いだ。
おぉ……と皆にどよめきが起こり、もしかしたら勝てるかもしれないと一瞬の気の緩みが生じた気がした。
「遠距離攻撃が出来る人はお願いっ!」
私は戦闘中に気を抜かないでくれと願いながら叫ぶと、ヨルゲン隊長は見透かしたように続いて指示を飛ばす。
「ミサキ殿の指示は聞こえたなっ!?気を抜くな!遠距離攻撃だ!魔法を使えるものは使え!!一気に叩くぞ!」
『はっ!!』
「火の壁はできるだけ長く維持して!」
「分かってる!!」
そう言ったダニエルだが、ドワーフの騎士共々、かなりキツそうだ。そう長くは保たないだろう。
ヨルゲン隊長は重装機械弓で次々に仕留めていくが、矢が底をつき、土魔法に切り替えて攻撃していた。
騎士団のメンバーもほとんどが土魔法の使い手らしく、それぞれが同属性で応戦している。
(私も魔法が使えれば役に立てるのに……)
石を投げるぐらいしか遠距離攻撃ができない私には、五十メートルほど先にいる魔物に傷を与えるほどの投擲は不可能だ。
役に立てず、自分自身に腹が立ち、気持ちばかりが焦っていく。
「も、もう駄目です!風魔法が切れます」
「よしっ!お前は下がれ!良くやった。ルブロンスパイダーが来るぞ!全員気合を入れろっ!!王国の盾たれ!」
『我ら最後まで!!!』
武器を手に取り、雄叫びを上げるドワーフ騎士団の気迫は、先程まで震えていた人たちとは思えないほど、凄まじいものだった。
流石、一国の騎士団といったところか。
挫けても、怯んでも、何度でも立ち上がって敵に向かっていく姿は、息を呑むほど格好良かった。
風の供給がなくなったことで、火の壁は消滅し、坑道の奥が見えてきた。
いくつかのルブロンスパイダーの残骸が転がり、その奥にひっくり返ってピクピクと痙攣しているものがいた。
「慎重に前進っ!警戒を解くな!!」
ヨルゲン隊長の号令と共に、ジリジリと少しずつ前進していく。
「生き残り発見っ!三匹です!」
「こちらへ来るまで待機!他にいるかもしれん。出てきたものから一匹ずつ叩くぞ!」
そう指示があったものの、なかなかルブロンスパイダーが奥の坑道から出てこず、焦りと緊張感でジリジリと精神的に削られていく。
そのとき、クロが何を思ったのか一人で坑道の奥に歩き出した。
「ちょっ、ちょっとクロ!どこ行くの?!」
声をかけた私のほうを振り返り、尻尾を一振りしてまたスタスタと散歩でもしてくると言わんばかりに優雅に歩いて行く。
するとクロに反応した一匹が、坑道の奥から出てきた。
クロに攻撃を仕掛けるものの、飄々と躱しながら私たちのいる方へ誘導しているクロの様子に、騎士団の皆は目を丸くしている。
「クロ殿の功績を無駄にするな!皆で取り囲み……」
ヨルゲン隊長が言い終わる前に私は飛び出し、ダニエルの背中を踏み台にして大きく跳躍した。
そして着地したばかりのルブロンスパイダーの背に飛び乗る。
「ぐえっ!!何すんだ!!って、あの馬鹿!!」
ダニエルが叫ぶと同時に、私は大きく振りかぶった。
(狙うはここ、食道上神経節っ!)
「どっせぇぇぇぇいっ!!!」
よく分からない掛け声と共に頭胸部のやや前方を思いっきり殴りつける。
するとグローブから衝撃波が出て、ルブロンスパイダーは口から体液を吐き出して沈んだ。
チラリとクロを見れば「まぁまぁだな」と言わんばかりの表情で私を見ていた。




