第百一話 食道上神経節の破壊
私は威嚇のポーズをしているルブロンスパイダーの後ろに回り込み、後ろ脚目がけて蹴りを入れようとしたが、すぐに気づかれてしまった。
方向転換してきたルブロンスパイダーの前脚が私に襲いかかってくる。
すぐにバックステップで回避し、付かず離れずの距離感を保って、ルブロンスパイダーの意識を私に向けさせた。
(私じゃかなり分が悪いから、ダニエルに仕留めて貰うしかなさそうね)
自分が遊撃手のように戦うことになるとは露ほども思っていなかったため、ガムさんに聞いておいて良かったと心から感謝した。
「さぁ!可愛い子ちゃん、こっちにおいで!!」
手を振りぴょんぴょん跳ねながら、ルブロンスパイダーを誘う私に、ダニエルは顔を益々引きつらせていた。
「お前!!何やってんだ?!」
「私が引きつけとくから、後はお願いね〜!」
ダニエルに手を振っているとルブロンスパイダーが私の方へ距離を詰めに来ていたため、ちょっと焦った。
「後はお願いって……本気かよ」
ダニエルは吐き捨てるようにそう言ったが、その瞳には、私への呆れだけでなく、どこか腹を括ったような熱い色が混ざっているのが見えた。
「くそ!死ぬなよっ!!」
大声で怒鳴りながら、彼はルブロンスパイダーの側面へと力強く踏み込み、脚の関節を狙って剣撃を叩き込んだ。
関節を狙ったとはいえ、すぐに切断出来るものではないらしく、すぐにルブロンスパイダーが脚で薙ぎ払ってダニエルを近づけさせないようにしている。
ルブロンスパイダーは、しつこく脚を狙うダニエルに気を取られたのか、その巨躯を彼の方へと向けた。
「そっちに行っちゃダメよ!」
一気に距離を詰めて脚の関節に拳を叩き込むが、あまり手応えを感じない。
一撃入れてすぐ退避し、また一撃を入れに行くのを繰り返す。
流石に煩わしくなったのか、ルブロンスパイダーは私のほうに向き直った。
毛を飛ばそうとお尻を浮かすモーションをしたため、サイドステップで躱そうとするが、タイミングをズラされた。
ブン、と空気を切り裂くように飛んできた毛が鼻先をかすめ、そのまま地面に刺さる。
交わすのがギリギリになってしまって、冷や汗が流れた。
「あっぶなぁ!!頭も良いのね!」
感心しながら言うと「真面目にやれ!」とダニエルから怒号が飛んだ。
リバーウルフの討伐のときも、ガムさんから真面目にやれと怒られたのを思い出したが、私としてはかなり大真面目にやっているので釈然としない。
私の方にルブロンスパイダーの意識が向いている間にダニエルが脚を狙う。
しかし決定打に欠け、未だに脚の一本も切り落とせないでいる。
(ロックゴーレムはまだ倒せないのかしら……)
チラリと坑道の奥を見たとき、ルブロンスパイダーが一気に私との距離を詰めるため飛び掛ってきた。
まずいと思った瞬間には、視界が巨大な黒い影で埋め尽くされていた。
ドスン、と強烈な衝撃と共に背中を地面に叩きつけられ、ものの見事に私に覆い被さって鋭い鋏角を見せつけていた。
「ミサキ!!!」
ダニエルが叫び私を助けようと必死に抵抗しているようだが、厳しそうだ。
クロは助けに来ない。
なら、私にも倒せるはずだということ。
それなら一か八か……っ!!!
「ここっ!!!」
私は思いっきり蜘蛛の胸板ど真ん中に、右ストレートを叩き込んだ。
すると、拳が触れた瞬間、グローブが『ゴゥン!』と重低音を響かせて硬化し、アースワームを爆発させた時と同じような手応えがあり、何かがグローブからルブロンスパイダーの巨体へと吸い込まれていく感触がした。
次の瞬間、ルブロンスパイダーの口から大量の体液が出てきて私の顔に直撃する。
「うえぇぇぇっ!!!」
(消化液だったらヤバい!溶ける溶ける!!!)
焦る私を尻目に、ルブロンスパイダーからは力が抜け、私の上に完全に沈み込んだ。
「お、重いぃぃぃ…………助けてぇぇ」
肺の空気が全部出ていって蚊の鳴くような声しか絞り出せなかったが、ダニエルには聞こえたようだ。
「だ、大丈夫か?!!いま助けるぞ!」
ダニエルは私の手を取ろうとしたが、蜘蛛の体液まみれの私を見て、露骨に嫌そうな顔でピタリと手を止めた。
「……ちょっと待っとけ」
あろうことか、そのままスッと手を引っ込めた。
「ちょっと酷くない?!」
そう言った瞬間、私の傍にダニエルの剣が入ってきた。
「ひぇっ!」
どうやら、てこの原理で蜘蛛を持ち上げようとしているらしい。
が、うまく持ち上がらない。
「剣が短いか……。おぉい!すまないが、持ち上げるのを手伝ってくれ!!」
一般市民の男たちに加勢を頼み、どうにかこうにか抜け出せるぐらいのすき間を作ってもらうと、私は仰向けのまま、足の力で地面を蹴り、背這いしながら脱出した。
「あ、ありがとぉ……。死ぬかと思った」
笑いながら皆に感謝を伝えるが、体液まみれの私を青い顔をして見ていた。
「た、大変だ!!中和剤持ってこい!」
「量が多いぞっ!ありったけ持ってこい!!」
よくよく自分を見れば、蜘蛛の血液であろう青色の体液に混じって緑黒いドロドロとしたものが混じっていた。
——ヤバい。消化液だ。
「どどどど!!!どうしようっ!溶けちゃう!」
一気にパニックになった私は、一人で慌てふためいていると頭から真っ白い粉をぶっかけられた。
「ごほっ!ごほほぉ!!お゙え゙ぇ……」
いきなり粉をかけられたせいで、粉を吸い込んでしまいかなりむせ込んだが、ドワーフの女性陣は気にする素振りもなく粉をすり込んで、ルブロンスパイダーの体液をこそぎ落としていた。
「よしっ!もうこれで大丈夫だよ。中和剤で落としたから、もう溶けないわ。」
「ありがとうございます。助かりました」
頭を下げてお礼を言うと、ドワーフの女性陣はフッと優しく微笑んだ。
「何言ってんだい!あんたが助けてくれたんだよ。あと、もう溶けはしないけど溶けてしまったもんは買い替えだね。皮膚が溶けてたら魔法かポーションで治しな」
と言われ、顔にもかかったから鼻でも溶けただろうかと冷や汗が流れ、触って確認する。
「ダニエル!私の顔、どこか溶けてる?!」
半泣きで必死に確認しろとお願いする私の圧に、若干引き気味のダニエルだが、きちんと確認してくれた。
「髪が少し溶けたかもしれないな。あとは麻の服がかなり傷んでる。皮膚は大丈夫そうだぞ」
「よ、良かったぁぁぁ……」
心の底から安堵し、思わず座り込んだ。
「ミサキ、お前何やったんだ?一瞬で戦闘不能にしてたが……」
チラリとルブロンスパイダーを見てダニエルが聞いてきた。
「あぁ……。蜘蛛の胸板の奥には食道上神経節……つまり脳があって、すぐ近くを食道が通ってるから、衝撃波でまとめて圧壊させれば一撃かなって。まぁ、そのせいで消化液が逆流して被っちゃったんだけど……」
私はダニエルの質問に答えながら、身体に残った中和剤を手で払って落とす。
「まぁ、そもそもあのグローブから、狙い通りに衝撃波が出てくれるかどうかが一番の賭けだったんだけどね!」
「そんな賭けみたいな方法で……?」
「バルドガルド王から貰ったグローブに、何か仕掛けがあるみたいなの。発動条件が分からなくって」
同じように殴っても、出たり出なかったりするため一定の条件があるようだが、何かしら細工がありそうだ。
バルドガルド王も『鉄鎧や岩を殴ることも可能だ』と言っていた。
(絶対何かあるわね……)
頭にはバルドガルド王のいたずらっ子のような笑顔が思い浮かぶ。
「お前は!!!そんな賭けみたいな方法で戦闘するな!油断するから下敷きにされるんだ!」
お説教モードに入ったダニエルに、私は「そんなことより!ロックゴーレムを倒さないと!!」と言って走ってその場を後にした。
その様子を黙って見ていたクロは、深〜〜いため息を吐いたのだった。




