ファム・ファタール
二十歳になった日の夜、僕の夢に一人の女性が現れた。
見たことも会ったこともない人だったけど、なぜかとても安心できる感じの人だった。
うまく言えないけど、身も心も任せられるような安心感を覚えた。
そのせいもあってか僕は「彼女」のことを忘れられず、「彼女」のことばかり考えるようになった。
大学でもバイト先でも、僕のことを気にかけてくれる女の子はいたけど、僕には「彼女」だけだったので相手にしなかった。
そして僕は大学を卒業して、就職した。
仕事をしていると色々な人と触れ合る機会も増え、僕に好意を寄せてくる女性もいた。
だけどそのたびに「彼女」のことが思い出され、その好意に応えることはなかった。
そしていつからか、「彼女」の顔が脳裏に浮かぶたび、僕は「『彼女』に見合う人間にならないといけない」と、強く感じるようになった。
それからというもの、俺はがむしゃらに働いた。
脇目もふらず、一心不乱に働いた。
これもすべて、「彼女」に見劣りしない人間になるためだ。
そのおかげで俺は身分も経済力も上がっていき、世間的に「恥ずかしくない」と言える人間になることができた。
そして俺は一生暮らしても余りある財産を手にすることになったが、「彼女」は現れなかった。
そんな私も初老と言われる歳になり、仕事も引退し、悠々自適な老後を過ごし始めた。
「彼女」はまだ現れない。
…まだ釣りあわないのだろうか。
そう考えた私は「他人のために」と、慈善事業や福祉事業に身を乗り出した。
そしてこれらの事業も軌道に乗り、私は「篤志家」と呼ばれるようになり、成功者に名を連ねた。
それでもまだ、「彼女」は現れなかった。
真っ白い病室。
私はベッドに横たわっていた。
…結局、現れなかったな…
少しかすれつつある意識の中で、私は「彼女」が夢に現れてからの人生を振り返った。
だが後悔はない。
「彼女」に会えること以外は、全て成功を遂げてきたのだから…
誰かに呼ばれた気がした。
声がした方を見ると、枕元に「彼女」があの時の姿のままで立っていた。
「…やっと会えたね」
私が言うと、
「…さあ、行きましょう」
「彼女」はにっこり笑いながらそう答えると、しわだらけの私の手を取った。
すると自分の体が軽くなる感覚を覚え、何もかも「彼女」に任せられる安らかな気持ちになった。
ふと鏡を見ると、初めて「彼女」の夢を見た二十歳の僕の姿になっていた。
そして僕と「彼女」は、二人手をつないで病室から出て行った。




