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千物語  作者: 松田 かおる


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Stray cat

あの大雨の晩、俺は「あいつ」と出会った。




あの晩、俺のマンションの入り口の横で、あいつはびしょ濡れになって座り込んでいた。

俺は最初「大変だな」くらいにしか感じていなかったが、横を通り過ぎる時にあいつは顔を上げ、俺の方を見た。

まるで猫を思わせるような鋭さを感じさせる目が、一瞬だが鋭く俺を見る。

俺はそれを無視するようにマンションに入ったが、どうにもさっきのあいつの目が気になってしまい、バスタオルを持ってマンションの入り口に戻った。


あいつはまだいた。

俺がバスタオルを差し出しながら

「家に来るか?」

と、初対面の女性に対して無茶極まりない提案をしてしまった。

するとあいつはバスタオルで髪を拭きながら、

「…うん、ありがと」

と一言だけ言った。




それから俺とあいつとの同居生活が始まった。

同居生活…というよりも、拾った捨て猫を飼い始めたような感覚だった。

勝手、わがまま、マイペース。

そんな言葉が真っ先に思いつく。

普段はこっちが声をかけても無視するくせに、酒が入ると急に甘えて来たりする。

まるで猫のようだった。

だが、そんなあいつの態度も悪くないと思い、それが楽しくも感じるようになった。




ある晩。


少し違和感を覚えた俺は目を覚ました。

原因はすぐに判った。

あいつが俺のTシャツの胸ぐらを掴みながら寝ていた。

-普段はこんなこと絶対しないのに、珍しいな-

そんなことを考えていると、あいつの目に涙が浮かんでいるのが見えた。

本当に珍しいと思って眺めていたら、

「…ごめんなさい…パパ…ママ」

と寝言を言って、俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくり始めた。

どんな夢を見ているのだろうか。

さすがに起こすわけにもいかないので、あいつの頭を何度も優しくなでてやった。

するとあいつは泣き止んで、やがて静かな寝息を立て始めた。




「…ゆうべは、ごめん」

翌朝の朝食。

あいつがそう言ったが、

「なんのことだ?寝てたから解らないな」

俺がとぼけると、

「…うん」

あいつは目を伏せて、一言だけ言った。


そしてその日の晩。

俺が仕事から帰って来たら、あいつはいなくなっていた。


何日経っても、あいつは戻ってこなかった。


-「パパ」と「ママ」のところに帰ったのだろうか-

-ただの気まぐれで、ちょっと家から出て行っただけなのだろうか-

本当に猫のように自由勝手だ。

だから俺は

-いつか普通に『ただいま』と帰ってくるだろうか-

そんなことを思いながら、あいつの好きな酒を冷蔵庫に入れて眠りにつく…

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