鏡写しの世界
後頭部の鈍い痛みで、俺は目を覚ました。
痛みの原因はわかっている。
家に帰る途中、人とぶつかった拍子に転んだとき、軽く後頭部をぶつけてしまったのだ。
痛むところを撫でてみると、ちょっとしたタンコブができているようだった。
何か冷やすものでも貼ろうか。
そんなことを考えて、洗面所の鏡と手鏡を使いながら後頭部を合わせ鏡で見た瞬間。
俺は気を失ってしまった。
気がつくと俺は手鏡を持ったまま、洗面所の鏡の前に立っていた。
鏡に写っている時計の文字盤を見ると、午前0時を少し回った時間だった。
ん?
鏡に写った文字盤が読める…?
小さな違和感を覚えながら鏡の後ろを振り返ってみると、世界の全てが反転していた。
家の間取り,家具の配置,文字や画像。
俺の目に映る全てのものが鏡写しになってしまっていた。
頭の痛みすら忘れて、俺は考えた。
…まさか、午前0時の合わせ鏡で鏡の世界に引きずり込まれた?
そんなおとぎ話みたいなことがあるものかと思ってみたが、実際そうなっているのだから素直に受け入れるしかなかった。
その日から、俺の「鏡写しの世界での生活」が始まった。
最初は不便でならなかった。
なんせ今まで暮らして来た世界の全てが、「鏡写し」になっているんだから。
合わせが逆のボタンを留めるのにてこずり。
通い慣れたはずの駅までの道で何度も迷い。
自動改札機で定期をかざす方向を間違えて人の流れを止め。
それはもう散々だった。
もちろんその間、何度も「合わせ鏡」で元の世界に戻れないかと試してみたが、どうしても元の世界には戻れなかった。
だがそのうちに「鏡写しの世界」にも慣れて来て、ボタンも留められるように、駅まで迷わずたどり着けるように、改札もスムースに通れるようになった。
そしてついに、鏡写しの文字も読めるようになった。
そんな「鏡写しの世界」の生活に慣れたある日。
少し酒を飲みすぎた夜、足をもつれさせて転んでしまい、また後頭部を打ってしまった。
前の時みたいにタンコブになっているかもしれない。
そう思って洗面所で合わせ鏡で確かめた瞬間、俺は気を失った。
気がつくと俺は手鏡を持ったまま、洗面所の鏡の前に立っていた。
鏡に写っている時計の文字盤を見ると、最初に鏡合わせをした日の午前0時を少し回った時間だった。
…全然時間が経ってない?あれは夢だったのか?
そんなことを考えながらそばにあるスマホを見ると、全ての文字が鏡写しのように見えて、読むことができなかった。




