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千物語  作者: 松田 かおる


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17/22

総務課の「おじさん」

「『おじさん』、書類チェックお願いします」

「おじさん」と呼ばれた中年は

「ハイハイ」と、にこやかな表情で書類を受け取ると早速目を通し、

「はい、OKです」

と、にこやかに書類を返した。




ここはある商社の総務課。

「おじさん」と呼ばれた男性は、その中でも古株と言っていいほどのベテラン社員だ。

もちろん彼にはちゃんとした名前があるのだが、人たりの良さもあっていつしか「おじさん」と呼ばれるようになっていた。


そんなある日。

「ねえねえ『おじさん』、知ってます?」

若い女子社員が「おじさん」に声をかけた。

「何をです?」

「おじさん」が聞き返すと、女子社員は

「今度よそから来た新しい取締役、下克上を狙ってるらしいですよ?」

と、少し抑えたトーンで答えた。

「それはまた、物騒な話ですねえ」

「おじさん」がそう言うと、

「ずいぶん鼻息荒いらしいですよ。『他の取締役連中を蹴落としてやる!』って」

女子社員が付け加えて話してくれる。

「他社のスパイって噂もあるっぽいし」

さらに声を潜めてそう付け加えると、

「…それは穏やかじゃないですね」

と、「おじさん」は少しだけ困ったような口調で返した。




その日の晩。

「あれ?『おじさん』、残業ですか?」

最後まで残っていた社員が「おじさん」に声をかけると、

「ええ、ちょっと送り忘れていたメールがありまして…」

と言いながら、おぼつかない手つきでキーボードをぺちぺち叩いていた。

若手社員はその様子を見ながら、

「じゃあ僕先に帰りますけど、戸締りよろしくお願いしますね」

そう言って部屋を後にした。

「はい、お疲れさまでした」

の言葉と一緒に彼を送り出すと、「おじさん」は

「さて…」

と一言だけ呟いて、目にもとまらぬ速さでキーボードを打ち始めた。

そしてあっという間にメールを送り終えると席を立ち、部屋を出て行った。




翌日、午後。

「ねえねえ『おじさん』、聞きました?」

昨日の女子社員が「おじさん」に声をかけた。

「どうしました?」

「おじさん」が聞くと、

「あの取締役、辞任しちゃったんですって」

と、驚きを隠せない様子で言ってきた。

「おじさん」が

「ずいぶん急な話ですねえ」

と言うと、

「取締役全員に激ヤバな暴露メールが送られて、それで辞任させられたらしいですよ」

事情を話してくれた。


それを聞いた「おじさん」は、

「そうですか、ずいぶんと怖い話があるものですねえ」

と、相変わらず「我関せず」といった口調で言うと、湯のみのお茶を一口すすった。

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