33.起床、目覚めた場所は病院
「……ここは?」
漆紀が目を覚ませば、トラバーチン模様の天井があった。僅かに視線を逸らせば、そこは白か薄い肌色に見えるカーテンがあって、真横を見れば点滴スタンドがあり、チューブが漆紀の左腕に繋がっていた。
恐らく病院なのだろう。漆紀はどこかの病院の一室で入院しているのだ。
「病院か。撃たれたんだよな?」
漆紀は声に出して自問自答する。どうやら言葉は出せるようだ。
「撃たれて、んで起きたら病院……まさか何日も経ってたりとか……」
漆紀は現在の日付と時刻を無性に知りたくなってくるが、ベッドの右側にある棚に時計だけが置いてあった。
「15時38分……これから夕方かよ」
時刻から鑑みて、この後の時間から漆紀の父・宗一や妹の真紀が見舞いに来る事は考えにくいだろう。病院の面会時間はある程度限られている。病院によって多少の違いはあるが、日中は午後16時まで、遅くとも17時までなどだろう。
「……起きたしナースコールするか」
病院には通常、ナースコールがベッド近くにある。漆紀はそれを見つけると一回押す。
数分してから看護師が「はーい」と声を出しつつカーテンを開けてやって来た。男性の看護師はクリップボードとペンを持っている。
「目が覚めたんですね。体は痛くないですか?」
「いや、痛くないですね。あの、ここどこの病院ですか?」
「市立病院ですよ。今日は3月22日です」
「……あの、俺は一体どういう経緯でここに運ばれたんで?」
「それについては先生からちゃんと説明があるので、ちょっと待っててくださいね。先生呼んできますので」
そう言って看護師は一度病室から出た。漆紀はため息を吐いて、ベッドの真横にある棚を見る。
「ん?」
よく見ると、棚に置いてある時計の真横には漆紀がいつも付けている鉄塊の首飾りがある。右手を伸ばして首飾りを掴んで、記憶に新しい少女の姿を思い浮かべる。
「お前が助けてくれたのか? 医者に診て貰えるまで、俺の命を……」
ムラサメ。
彼女は漆紀が高月に斬られて以来、一切漆紀と言葉を交わしていない。しかし瀕死の漆紀の怪我を全て治して立ち上がらせたのは彼女であり、その出来事を振り返れば今回もムラサメが行った事と考えるのが自然であろう。
しばらくすると先程の看護師が医者と共にやって来た。
「こんにちは、辰上君。君は今日の午前2時半を過ぎる頃に銃で撃たれたと言う事で当院に救急搬送された。これは、理解出来るかな?」
「あっ、はい」
「うん。だけどね、君を当院に搬送した救急救命士が報告をしたんだが、おかしな話をしていてね」
「おかしな話?」
漆紀は首を傾げて医者の話に聞き入る。
「君は出血してたし、本当に危うかった。すぐに車内で輸血すべく君に注射を打って輸血を開始した。だが輸血を始めたその直後に、心電図で君の心臓に動きが見られなくなったんだ。いわゆる心肺停止だね、呼吸も止まった。当然、救命士は心臓マッサージを行う」
漆紀は撃たれ、出血もしていた。心肺停止に陥っても何らおかしくはないはずだが、どこがおかしな話なのか漆紀は再び首を傾げる。
「心臓マッサージのため、君の着ていた衣服を裁断した。速やかに裁断して、心肺停止から僅か10秒で心臓マッサージを始める準備が整った。だがね、唐突に君の心臓は勝手に鼓動を取り戻した」
「え?」
「それだけじゃない。注射で繋いだ輸血袋の血液が急激に体内に吸収され、傷口からみるみる血肉がせり上がって傷口を塞いだんだ。その勢いで体内に残っていた銃弾すら押し出したそうだ」
「なんですかそれ?」
「それは我々医者の方が聞きたいね。君の体はどうなってるんだ? さて、話を戻すとだ……当院に君が着いた時、既に目に見える範囲で君の外傷は治っていた。私からすれば、何かの手違いでただ眠ってるだけの人が運ばれて来た様にしか見えなかったわけだよ」
病院に着いた時には漆の体に銃で撃たれた傷はなく、心肺の機能も正常になっていた。そうなれば漆紀は瀕死の患者ではなく、単に眠っているだけの健全な一般市民である。
「とはいえ、銃で撃たれたのだから骨折している可能性が残っていたから、CTスキャンを撮ったよ。けれど、それを何度注意深く見ても骨折は見受けられなかった。君は無傷だったんだ」
漆紀はその説明を聞いて心の内で「やはり」と確信に至った。高月に斬られた際に漆紀を治したムラサメが、再び漆紀の体を治したのだ。
「おかしな話だが、違和感なく理解出来るようだね? 脳に異常はないかな。言語機能も問題ない。不気味なほど健康なようだね」
「えっと、じゃあこの点滴はなんのために?」
「確かに怪我は一切ないが、栄養が足りているとは限らない。眠っているし念のため点滴で栄養を摂って貰っていた。これからもっと詳しく色々テストをするけど、それで頭や体に問題が無ければ明日にでもすぐ退院だよ」
「はあ……わかりました」




