34.暴力どころか殺害、そしてムラサメとの対話
都内某所、暴力団萩原組事務所にて。
「小沢……テメぇ、ありゃどういう事だ。どういうザマだ」
萩原組若頭の木場が夜露死苦隊副長・小沢佳樹に問い質していた。
昨晩での戦いの末、木場は漆紀を銃撃した。その後すみやかに佳樹のみを連れ去ってこの萩原組事務所に連れ込んだ。
「た、高月の総長が死んじまって……んで、オレが執り仕切って……」
「そんな事聞いてんじゃねぇんだよ!」
木場は怒号を上げて佳樹の鼻っ面を殴り打ち倒す。
「抗争はどうしたオイ? なんで翔出流殺威弾の連中の襲撃受けて負けてんだ。あ? おい、なんか答えろよ、今の責任者はテメぇだろうが」
「翔出流殺威弾の襲撃より前に、便利屋のせいで」
「便利屋程度なんで殺せねぇんだ馬鹿野郎! テメぇこそ死にてぇのか、なにしてんだコラァッ!!」
木場は佳樹に殴る蹴るの激しい暴行を一方的に加え、髪の毛を鷲掴みにする。
「おい、たかだかあんなガキ一人に夜露死苦隊グチャグチャにされたとか言わねぇだろうな? おい、どうした?」
「あ、あのガキは普通じゃあねぇんです! あいつ、何度も何度もゲロを……とにかく、あんなん人間じゃない! 木場さんが銃で撃ったって、本当に死んでるんだか」
「お? なんだテメぇ、オレの仕事に文句あっか? オラッ!」
鷲掴んだ髪の毛ごと佳樹の顔面を思いっ切り床に叩きつける。
「ゾクがヤクザの仕事に口出してんじゃねえぞ!」
二度、三度と佳樹の顔面を床に叩きつけて痛めつける。佳樹は悶絶しようにものた打ち回る事すら出来ず苦しむ。
「てめぇら甘ぇんだよ。結局やり方が甘すぎんだよ、なあ。ガキじゃやっぱダメだな。テメぇもういいや」
佳樹の胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせると、木場は正面に立って佳樹の鳩尾、喉元、脚と思いっ切り何度も殴打する。
「ガキがよぉ! 人一人殺れねぇなら暴走族名乗んじゃねえぞ!」
「あぁ!? いい加減にしろよジジイどもが、じゃあテメエでやれや!」
耐えきれず絶叫しながら佳樹が拳を構えて木場に殴りかかるが。
「あ? なに逆らってんだお前?」
真顔の木場は即座に懐から拳銃を引き抜いて佳樹の目の前に突き付けた。
「え、あっ、いや……」
拳銃を突き出されては佳樹はなにも出来ずさっきの発言などどこへやら。これは喧嘩ではなく、殺し合いだと佳樹は嫌でも理解した。
「テメぇなんでも何とかなると思ってんのか?」
「き、木場さん……撃た」
木場はこれ以上言葉は要らないと判断して引き金を引いだ。パァン、と乾いた破裂音と共に佳樹の額から頭頂部が呆気なく吹き飛び傷口からは頭蓋骨と脳がはっきり見える。
「狩猟用ピストルだ。処刑にもってこいだろ」
呆気なく生を失った佳樹の肢は膝を着いて崩れようとするが、木場が肢の胸辺りを蹴って後ろに打ち倒す。
ここで夜露死苦隊を束ねる者が死ぬのは不利益のはずだが、そもそも夜露死苦隊がアテにならぬのならば佳樹の生死などどうでも良いのだ。
「あー……今日はコイツでキャンプファイヤーだな」
一仕事したと言わんばかりに木場は達成感を感じると、その場でタバコを一本取り出し火を点ける。
「すぅー……ふぅー……」
2分程で吸い終えるとタバコを佳樹であった体の口の中に押し込む。
「あ~、やっぱりしっかり殴ってから殺すのは最高だなぁ……あー……」
すると萩原組の平組員が二人ほど部屋に入って来る。
「カシラ、こいつは……」
「ああ、処刑した。もうあんなゾク要らねぇよ。仕事になんねぇ。とりあえずこの肉、火葬場に持ってけ」
「へいっ」
平組員の二人が承ると、すぐに死体処理の準備に入る。他の部屋へと道具を取りに行っているのだが、その間木場は佳樹の死体を眺める。
「……」
そして無言でもう一度拳銃を懐から取り出し佳樹の体に銃口を向けて何度も引き金を引く。
「あー、殺してもムカつくクソガキだ。ロクに仕事をこなさねぇでウチの組に媚びてる豚ガキどもが」
そう言いながら引き金を引いていると、弾切れを起こした。
「ふぅー……よし」
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翌日、漆紀は退院して自宅に帰っていた。退院時に真っ先に迎えに来たのは無論、宗一と真紀であった。漆紀の無事がわかると真紀が抱き付き、けれどその数秒後に真紀は漆紀の脳天に軽くチョップを当てた。
そうして自宅に戻った漆紀だが、後日七海と介助にも無事を報告しに会おうとも考えた。
落ち着きを取り戻し、漆紀は自室でパソコンを使ってニュースを見ていた。
「武蔵村山市内で暴走族の抗争……一昨日のあの夜じゃねえか。ああ、翔出流殺威弾と……下田が言ってた通りだな」
夜露死苦隊は翔出流殺威弾との抗争が決定打となり、完全に散りじりになった。総長高月は警察によって射殺、副長である小沢佳樹も行方不明であり、夜露死苦隊は強力なリーダーを失って以前のような大人数での暴走と抗争が出来なくなった。
あと僅か数日で纏まりを完全に失って夜露死苦隊の各人は他の勢力へと流れていくだろう。
「夜露死苦隊が滅ぶか……へへ、やった……やった! やったァ! ざまあないぜッ!!」
たった数日間で散々嫌と言う程絡まれ、何度も互いに拳をぶつけ傷つけ合った。総長・高月に関しては最終的に漆紀を直接殺すべく斬りかかった後、事務所を襲撃し猟銃を乱射した。
高月死亡後、つい一昨日の夜の激戦を経て今に至る。
僅か数日の出来事だが、漆紀はそれを思い返してため息を吐く。
「長かった……はぁー」
漆紀は鉄塊の首飾りを右手に持つと、それを見つめる。
「ムラサメ、なんで答えてくれない。お前なんだろ? 俺をまた助けたのは……」
鉄塊の首飾りは一切の変化を見せず、銃弾に倒れた際に聞いた優し気な声も聞こえない。
「なー、聞こえないのか。お前話せないのかよ、おーい」
呼びかけながら両手で鉄塊を持って色々押したり擦ったり弄ってみるが何の変化もない。ふと左手が鉄塊の少し尖った先端に触れた拍子に痛みが走る。
「痛っ! やべ、ちょっと切った?」
左手人差し指の皮が薄っすら切れて血が出てしまった。
(……)
単なる思い付きか何らかの意思に動かされたのか、漆紀は人差し指を鉄塊に押し付けて血を付着させる。
「……ムラサメ、聞こえるか?」
『やっと呼んだか。少し寂しかった』
聞き間違える筈がない。ムラサメの声が脳裏に響き渡ったと思えば、自分の左手には光り輝く長い得物が濃霧と共に朧げかつ幻想的に現れ生じた。
「お前、今までだって呼んだのになんで出なかった!」
『呼んでた……? 何も聞こえなかったけど』
「はぁ? 何度も呼んだぞ。お前が出ない間、すげえ大変だったんだからな」
『じゃあ、あなたの力不足。技術の低い人だと、自分の血を与える事でようやく呼べるから……何があったかは知ってる。しっかり見ていた』
「見てたならなんで!」
『だから、あなたが自力で私を呼べないから、だよ。私を呼ばず、自力で戦うあなたを観てて、素晴らしいと思ったけど……呼べなかっただけね』
漆紀が己を呼ばぬ理由を知る少し落胆するムラサメだが、漆紀はつい最近疑問に思っていた事をムラサメに問い質す。
「あのさ、俺が刀で斬られたり銃で撃たれても怪我を治してるけど……なんで治るの? あれには代償とかないの?」
これまで受けた致命傷とも呼べるほどの大怪我をムラサメは全て治している。これは漆紀が一番代償が重いのではないかと危惧している事であった。
『敵を斬って血を刀身に吸わせれば、吸った血を使って怪我の回復ができるの。怪我の度合いによるけど、血の蓄えさえあれば骨折だろうが浅い切り傷、深い切り傷、内臓損傷だのなんだの……とにかく全部回復できる』
ムラサメの言葉に漆紀は息を飲んだ。というのも、漆紀の予想では切り傷や打撲・骨折といった骨肉の治療までであろうと思っていたが、内臓損傷まで治せるのは驚愕としか言えなかった。
「やっぱり俺の斬り傷を治したのはお前の力か。でも敵を斬って血を吸わせないと回復は出来ないなら、なんで俺の傷を治せてんだ? 俺は誰も斬ってないのに……俺を治す為の血って一体どこから……」
『斬られた時に使ったのは、昔の所有者の血……犬塚信乃戌孝の血。死に際に自分の血を吸わせて果てたの』
「その人のお陰で俺は生きてるってコトか。ありがてぇ」
漆紀は先代のムラサメ所有者に心底感謝の情が湧いた。しかし疑問は尽きず、引き続き質問をぶつけていく。
「あとさ、刀で斬った血じゃないと使えないのか? 誰かに軽く指先を斬って貰ってちょっと血を刀に吸わせて、その血で回復とかは」
『出来る。重要なのは血を吸う事。斬るのは手段でしかないから』
鉄塊に精霊術を行使し呼び出す事で取り出せる村雨は、南総里見八犬伝で語られる特徴や能力から妖刀と称される刀の一つである。血を吸ってそれを糧に傷を癒やすとは正しく妖刀であり、父から妖刀と言われたのを思い出すと漆紀は「なるほど」と頷く。
「でもさ、どうせ俺自身の血は回復に使えないんだろう? 予めお前に献血しとけばって思ったけど、そういうのって都合よくいかないんだろ?」
『なぜわかったの? たしかに自分の血は使えない。いや、実際は自分の血でも回復は出来るけど……その……あなたにとって不利益の方が大きいから、やめておいた方がいい』
妖刀たるムラサメの方から「やめておいた方がいい」と忠告された以上、漆紀は自分の血を治療に使うのは無理なのだと割り切る事にした。
「なあムラサメ。父さんが色々心配してるんだけど、お前の力って、どういう契約のもとで使えるんだ?」
今の漆紀では血を鉄塊に与えなければムラサメを呼べない。呼び出す条件を改めて知った漆紀だが、ムラサメの力を使う上で何らかの契約があると父・宗一が危惧していた。
漆紀はそれを把握すべくムラサメに問い質すと、ムラサメは「言ったはずだけど」と前置く。
『名無き者。これが契約の条件……あなたに真名はない』
「それは、どういう意味だ? 真名ってなんだ?」
『名前と言っても、世の中には色々名前があるでしょう? 称号、通り名、洗礼名、階級名、芸名、果ては戒名まで。けれど、生き物はみんな生まれた時に生みの親から名付けられた名前がある。それが真名』
「真名は生みの親が付けた名って……待てよ、なんで俺の名前が、辰上漆紀が、真名じゃねぇって言うんだよ。お前何を言ってやがる?」
ムラサメの言葉通りであれば、漆紀が漆紀個人である根幹とも呼べる「辰上漆紀」という名前は真名ではないという。生みの親が付けた名前ではない、そうムラサメは言うのだ。
『考えられる事は2つ。1つ目はあなたの親が何か理由があって、本来あなたに付けるはずだった名前をやめて辰上漆紀という名前にした』
「もう一つは……なんだってんだよ?」
恐る恐る漆紀はムラサメに結論を促す。漆紀は口に出したくない、嫌な予想が既に脳裏で浮かびつつある。
『もう一つは……今のあなたの親は、肉親ではない』
それは漆紀にとって今までのパーソナリティと日々を打ち砕く可能性であった。
「肉親で、ない?」
『あなたも全部私に言わせるほど頭が悪いわけじゃないでしょう? 実の親が別に居て、その親があなたに付けてた名前が別にある。あるいは……最悪の場合だと、最初から真名なんて誰も付けてくれずに生まれたのかも』
「それは想定だし、かもしれない、の話なんだろ? 話を戻そうぜ、気味悪くなってきた」
漆紀は契約に関しての話に戻したがり、ムラサメもこれに応じる。
『とにかく、契約の条件としては名無き者である事だけ。あなたは……条件を満たしてる。それだけは言っておく。だから、あの時使ったような力を使う分には一切代償は無いから安心して』
「わかった。そもそも、出来るだけお前の力に頼るような事にならないのが一番なんだけどな。でももし今回みたいな事があったら……今度は力を借りるぜ」
『ええ……』
ムラサメはそう答えると沈黙し、左手に持っていた刀から濃霧が僅かに出て刀を覆った。その濃霧すら刀と共に3秒足らずで霧散した。
「これが精霊術ねぇ……まあいや。深く考えねぇでおこう」
現代人の漆紀からすれば目の前で魔法と呼ばれる現象を見ても実感が湧かず、自分がそれをやっている魔法使いの一人であるという実感も湧かなかった。




