32.急襲、銃撃、暗転
午前2時22分。
廃墟ではバイクで駆け付けて来た夜露死苦隊7番隊が戦っていた。
「下田ぁ! あと何人だ!?」
「こっちは4!」
「俺は2! 食らえ、レインヴぉぉおえぇぇぇええええ!!」
漆紀は己で名付けたレインボーブレスという必殺技名すら言い切らずに、向かって来る夜露死苦隊の男二人の顔面に目掛けて胃液を嘔吐する。
「ぎゃあぁぁあああ! 目、目がああぁぁああ!!」
「顔がし、染みる! 痛ぇえええよぉぉぉおお!!」
怯んだ二人へと順番にドロップキックをしかけて打ち倒すと、床でのたうち回り悶絶する所に更に追い打ちをかける。
「オラッ! 二度と関わるな! 逃げりゃよかったものを!!」
手慣れて来た漆紀は流れ作業の様に二人の顔面を踏みつけて黙らせる。
「こっちは済んだ! そっちに行く!」
助走をつけて七海と戦っている構成員の顔面に向けてドロップキックを仕掛けた。
「ごげッ!?」
思わずそいつは倒れ込むので、漆紀は馬乗りになってマウントを取り顔を殴りにかかる。
「二度と! 関わるな! 俺達と! 戦おうなんて! 思うな! 便利屋タツガミに、関わるな!」
何度も殴打すると、すっと立ち上がって顔面を踏みつける。しかし横から手の空いている構成員が漆紀を捉えようと両腕を広げてタックルしてくる。
「ぐっ!」
「調子のんなクソガキがよぉぉおお!」
漆紀は横からのタックルで押し倒されてマウントを取られてしまう。
「オラッ! イキってんじゃねえぞクソが!」
漆紀の鼻っ面を一回、二回と思いっ切り殴打を続けるが。
「辰上を放せ!」
七海が男の側頭部を蹴って漆紀から離させる。
「うらッ!」
よろけた男の顔面を蹴り上げ、そのまま漆紀は顔を踏みつけた。
「下田、あとは!?」
「ソイツで最後。ふん!」
七海は起き上がろうとした他の構成員の顔面を踏みつけて再び床に伏せさせる。
「しっかり顔を踏みつけとかないと、こいつら諦めないしな。眠ってろ馬鹿ども!」
漆紀は周囲を見渡して起き上がろうと未だにもがく者が居ないか確認する。そういう者が一人でもいれば、再び追い打ちをかけて打ち倒すのだ。
「もうこれで全部なら、今日出来る事はこれまでか」
「ねえ辰上、上に行って太田と副長連れて来ようよ」
「だな。呼んで来るか……起きそうなヤツが居たら追い打ち頼むぜ」
漆紀が2階に上がっていき、介助と両手をワイヤーロックで縛った佳樹を1階に連れて来ると。
「おいおい、マジでこんな人数倒したのかよ辰上」
「下田のこと忘れんなよ。ゲロ吐くのもかなり慣れたな」
「そんな慣れ絶対ヤダ……」
漆紀の嘔吐慣れに七海と介助は流石に抵抗を覚えるが、三人をよそに佳樹は険しい顔をした。
(これじゃもう夜露死苦隊はマトモに戦えないじゃねえか! 街で戦ってる奴らも、半分はこの前の夜襲で怪我して弱ってる状態だ。クソ、これじゃ夜露死苦隊がマジで死ぬ)
佳樹は夜露死苦隊に入って最大の危機を感じていた。たかがカタギと彼は甘く見て漆紀をリンチし、それから事態は悪化した。
夜露死苦隊の部隊が街中で漆紀と遭遇するも敗北。その日の夜に漆紀が七海と共に夜露死苦隊を何度も夜襲して夜露死苦隊は何人も倒され大怪我を負ったりバイクを走行不能にされて敗北。
挙句、総長・高月とその取り巻き数人が警察によって射殺された。
そして今は眼前に仲間達が何人も倒れる光景が広がっている。
「ふざけんなよカタギ如きが……お前ら、これで夜露死苦隊が潰れたらよぉ! 本職が黙ってねぇぞ!!」
「本職? なんだそれは。誰の事言ってる」
漆紀が佳樹の胸倉を掴んで揺さぶって問い質すと、佳樹は厭味ったらしく笑みを浮かべる。
「ヤクザに決まってんだろ。オレ達はな、萩原組が後ろに居んだよ! 今の荻原組の組員はな、ほとんど夜露死苦隊出身者で出来てんだ! オレらが潰れたら、本職がテメぇを狙う。そしたら今度こそ終わりだな! 本職は銃持ってるしあっさり死ぬぞ。すぐ死ぬぞ!」
「そうかよ。ゾクがヤクザの名前出し始めたらオシマイだな。なんだろーが、俺を襲って来るならやり返し続けるからな。お前らが俺に関わらなきゃ良いだけの話だ」
「辰上、写真撮ろうよ。こんだけ倒したし、記念にさ」
「えぇ。下田、お前こんなの写真撮るのかよ」
「なんで興冷めるような事いうのさ太田ぁー。ノリ悪いなぁ」
「写真、か……よし、撮ろうか」
「おいおい、辰上まで賛成かよ。ちょ、下田! 肩無理矢理組もうとすんな! 辰上は特に肩組むんじゃない、ゲロ臭いっての!」
「ほら撮るよ撮るよ、ほら!」
七海が介助を携帯電話のカメラの内に引き寄せ、漆紀は自分でその内に入ると七海が写真を撮る。
「どうよ! アタシ自撮り時々するからうまいっしょ」
「時々なのにうまいのか?」
「他にも倒れてる連中の写真撮っとこうよ辰上―!」
「まあ良いけど。俺はさ、手が汚いし……ゲロ乾いたけど汚いから」
「あー……手洗った方がいいかもね。よし、アタシはここでこいつら写真撮ってやるぜぇー!」
テンションを高めたまま七海は倒れた構成員たちょの写真を撮っていく。
「なあ、辰上。お前酷いツラしてるぞ。マジで」
「えぇ? そうか。まあ、吐きまくったしそうかもな」
「マジでお前の胃どうなってんだよ。あんだけ吐いたら脱水症状でぶっ倒れるはずなのに。何回吐いた?」
「わかんねぇ。十回以上は吐いたかもしれねぇし……」
漆紀自身、自分がなぜあれだけ嘔吐しても未だに立っていられるのか不思議であった。本人の感覚としては喧嘩で疲れてこそ居るが、嘔吐による疲労という感じが実感できない。
「まあいいや。それより、結局コイツどうするんだ。こいつも更にボコボコにすんのか?」
介助が佳樹を指差すが、漆紀は首を横に振る。
「ここに放置する。ワイヤーロックは置いてけ」
「はぁ!? いやいやこれは回収させろよ! このワイヤーロックそこそこ値段するヤツなんだよ!」
「いくらだ?」
「4400円」
「やっす、俺のバイクに使うヤツはもうちょい高いわ。俺が今度新しいヤツ買って渡すから、コイツはここで放置してくれ」
「えー……」
渋々承知する介助だが、漆紀は一応承諾してくれた介助に「ありがとう」と礼を言う。
「おい、これ外せよ! マジで放置する気か! これじゃケータイも使えねぇだろうが!」
「朝になったら床で寝てる馬鹿どもも起きるだろ。そいつらに外して貰うんだな」
漆紀と介助は佳樹をその場に放置して写真を撮って回っている七海に声をかける。
「おーい下田。そろそろ帰るぜ、アイツはあのまま放置する。途中まで俺達と来るだろ?」
「ん、もう帰るの? まーいいけどさぁ。アタシも一通り写真撮ったし良いか。じゃあ廃墟から出よっか。よーし! やったやったやってやった! 今日はやったぞぉ!」
どこかスッキリした様子で七海は高らかにそう言うと漆紀と介助と共に足並みを揃えて廃墟から出て行く。
出入り口から一歩一歩離れていく。廃墟の周辺には漆紀達が倒した夜露死苦隊の男達の魔改造バイクが何台む駐車しており、その中を歩いて進む。
静寂の中に僅かに虫の鳴き声や風の音がする程度の場に、突如として乾いた軽い破裂音がものの2秒で三回響き渡った。
「えっ?」
音がした方へ真っ先に振り向いたのは七海。その次に振り向いたのは太田だった。
ここで漆紀も振り向こうとするが、漆紀はなぜか振り向けなかった。後ろに振り向きたい、おかしな事に体が言う事を聞かない。振り向くどころか漆紀の体は僅かに前に傾き、段々傾きが大きくなっていく。
「あ、れっ……?」
そのまま漆紀は前に倒れてしまった。
後ろを振り向いた七海と太田は「なんだお前は!」と問い質すが、再び破裂音が聞こえたと思うと今度は連鎖する様に「カン」と甲高い金属音が聞こえた。金属音が聞こえた瞬間、更に音は連鎖して「ボンッ!」と鈍い爆発音が聞こえた。
後方のバイクが駐車してある場所から少し熱い空気が運ばれてくる。心のナシか、先程より周囲が薄っすら赤く明るい。
「あっ、逃げた!」
「だめだ追うな下田! あいつ銃を持ってんだぞ! 向こうが逃げてくれるなら好都合だ!」
「だけどアイツ!」
「それより辰上を運ぶぞ! おい辰上しっかりしろ、お前撃たれたんだぞ! 意識あるか!?」
「え……あっ……」
七海と介助のやり取りでようやく自分の状況が理解出来た。漆紀は後ろから何者かに銃で撃たれたのだ。
「下田、近くで救急車を呼べる場所はあるか? この場所は舗装されてないしマトモな車道まで運ばなきゃ」
「わかってるっての! 今電話かけるところだから!」
銃弾は漆紀に命中し、腹や肩に首の真横辺りに熱い感覚が広がる。血はどれだけ出ているのだろう、実際に銃弾が当ったのは胴体のどの位置なのか、漆紀はそう思考を巡らすしかなかった。体がまるで動かせないのだから、仕方がない。
(すげえ、眠い……)
漆紀はそのまま、熱くて静かな眠りに身を委ねる他なかった。
その寸前、現と夢の境界を越えん漆紀の意識は確かに聞き覚えのある優しい声を聞いた。
『あなたは死なせない』




