28.行動開始前、辰上一家
午後8時半頃のこと。漆紀は七海と介助に別の場所に向かって貰い、漆紀は一度自宅に戻っていた。
「父さん、じゃあ誘導頼むよ」
漆紀の自宅前では漆紀と宗一が手筈を確認していた。
「ああ。この車はでかでかと”便利屋タツガミ”って書いてあるからな。これでお前の友達の待ってる場所まで行けばいいんだな」
稼業の便利屋を宣伝すべく、自家用車の側面に”便利屋タツガミ”と書いてあるので、これを逆手にとって夜の道を走り回って敢えて夜露死苦隊を釣るのだ。
「いや、合流はしない。父さんは夜露死苦隊をうまく釣ったら、そのまま誘導して欲しい。俺達は俺達で準備しておくから」
「お前と友達はどうする気だ?」
「俺は下田と太田とで夜露死苦隊のアジトに行く。学校の陰気な友達がアジトを特定しててな。ソイツは戦わないけど、情報筋は確かだ」
漆紀は学校のICC(陰キャコミュニティー)というSNSグループに参加している。このICCの中にはネット上で特定班などと呼ばれる個人情報の特定に長けた者も居る。漆紀はそのメンバーに夜露死苦隊を退治する旨を伝え、漆紀が本気とわかるとそのメンバーも承諾して快く情報を教えてくれた。
「つまり、父さんがこの車に乗ってエサになれば良いんだな? 出来るだけ大勢の夜露死苦隊をおびき寄せて、アジトに居る人数を減らす」
「そういうこと。父さんは囮、俺がしっかり決着をつけるから」
「やるからには命懸けだからな、覚悟は出来てるな?」
「ああ……ありがとう、父さん」
「だが漆紀、何度も言っているがムラサメには極力頼るな。いいな?」
宗一がもう一度確認を取ると、漆紀は何度も聞いた注意事項と約束ゆえ重々承知と言わんばかりに深く頷いた。
「わかってる、大丈夫だって。父さんはあくまで手伝い程度に囮をやってくれればいい……これは俺が発端だから、俺が終わらせなきゃならねぇ。一方的にやられるくらいなら、絶対にやり返す。真紀はどうする?」
「あたし? あたしも夜露死苦隊の連中は気に食わないけど……あたしはそんなに強くないよ? てかあたしに戦わせる気、馬鹿?」
「そんなこと言ったら、俺だって別に喧嘩強いわけじゃないし……強くないけどやれる手段は全部使う。だからほら、小道具も用意したぜ」
そう言って漆紀がズボンのポケットから取り出したのは。
「なにそれ?」
「水鉄砲だよ。それもただの水じゃない、塩水だ。これを夜露死苦隊の奴の目にお見舞いして、怯んだところをぶん殴って押し倒して完封する!」
「お兄ちゃんそんなに射撃上手かったっけ?」
「命中率は高くないけど、空間把握能力なら自信あるから。一発か二発撃てば射程の管理はできる様になれるぜ」
「おい、真紀まで巻き込む気か?」
これには宗一が漆紀の考えを止めにかかる。
「あー、やっぱダメ? わかったわかったから! 父さんも真紀もそんな顔するなよ!」
父と真紀の険しい表情を見て前言撤回すると、漆紀は深く一息吐いてから再び話し始める。
「あいつら夜露死苦隊のアジトは、中藤公園のちょっと北にある廃墟だって事で、友達もその近くに向かってる」
「ああ、あそこか。あそこは確か、昔は市民団体の集会所だったんだが今やゾクどもの溜まり場か。皮肉なものだ、あの市民団体は暴力団や公害に対しての抗議をする為に集まってたんだがなぁ」
昔の時事を思い起こす宗一だが、漆紀からすれば知る由も無い過去の出来事。それよりも漆紀は現在行う作戦についてもう一度宗一に確認する事があった。
「父さん……俺から言い出しておいてなんだけど、囮役出来そう?」
「ああ、任せろ。なんとかする」
「お父さんさぁ、多分お兄ちゃんは映画みたいな激しいカーチェイスになったりするかもって思って聞いてるんじゃないの?」
「大丈夫だ真紀。父さんだってこれまでの人生で一切ゾクやヤクザに絡まれなかったワケじゃない。奴らを撒くためにそれぐらいやった事はある。心配するな」
「えぇ……お父さん本当に大丈夫なワケぇ?」
真紀は宗一が暴走族を引き付けつつ逃げおおせる事が出来る人物には見えないようだが、当の宗一本人は余裕の表情であった。
「じゃあ俺は友達と合流しに行くよ。父さん、頼むよ」
「ああ。お前こそくたばるなよ漆紀。多少の怪我は良いが、致命傷だけは負うんじゃないぞ」
話を一通り終えると、漆紀はいくつか道具をポケットに入れるとバイクに乗って速やかに自宅を出た。夜露死苦隊と遭遇しないように、漆紀は遠回りで夜露死苦隊のアジトへと向かった。