29.夜露死苦隊との乱闘
武蔵村山市中央5丁目にて。
武蔵村山市北部には山々が広がっている。これらは武蔵村山市に隣接する東大和市・所沢市・瑞穂町に渡って広がるものであり、その山中には人造湖である多摩湖と狭山湖を有している。
中央5丁目はそんな山々の手前に位置する小高い場所で、そこにはかつて市民団体の集会所であった廃墟が存在した。
その廃墟はかつて、地域に蔓延る暴走族と暴力団や公害を巡る抗議を行う市民団体の集会所であった。その市民団体名は「よろしくの会」という。
この会の過激派の者達は反社会勢力相手にも物怖じせずぶつかり合い、その凶暴性ゆえに徐々に市民たちの支持も離れていき、その支持は市民団体ではなく学徒会に流れていった。
そうして残ったのは市民団体の過激派のみ。過激派の彼らは反社会勢力との抗争やそれを邪魔する警察との抗議で激しい暴走を続け、いつしか自分達が暴走族に成り下がってしまっていた。
そうして市民団体の面影は消え、唯一残るは「よろしくの会」の名のみ。これもいつしか暴力的な若いメンバーが長の立場に着くなり「夜露死苦隊」と変えてしまった。
反社会勢力を糾弾する市民団体が、最終的に反社会勢力そのものに乗っ取られたも同然の結末を迎えた。
廃墟の近くの道で、七海と介助は物陰に隠れて待機していた。
「辰上のヤツまだかな。バックれてないよな」
介助がそう危惧するも七海は首を横に振る。
「それはないと思うけど……あ、来た」
近くのコインパーキングにバイクを駐車してから漆紀は二人と合流しに来たのだ。
「悪い悪い、時間かかっちまった」
漆紀が小走りでやって来ると、二人は「やっとか」と口を揃える。
「今、ウチの父さんが囮をやって引き付け始めてるけどアジトの方に動きは?」
「あったよ、さっき何台もバイクに乗ってゾク共がアジトから出てった」
七海がそう答えると、介助がこれを補足する。
「大体30台ぐらいかな? そんぐらいの数で出て行ったけど、市内を巡回してるゾクの連中を考えても、まだアジトの方からは声とかバイクを吹かす音が聞こえるし多分何人か居ると思う」
「なるほど。でも人数はかなり減ったんだな?」
「ああ」
「よっしゃ、カチコミ作戦だ。まずアジトに残ってる奴らを全員ぶっ倒して、そいつらの誰かに電話をかけさせる。んで、各部隊ごとに時間差でアジトにもう一度呼び寄せて各個撃破って感じで……」
「ああ、ちょっとずつ倒して最終的に全員ボコボコにして完全敗北させようってコトか」
漆紀の言う作戦の要領を掴んで七海が言い直すと、介助も納得した。
「流石に全員ボコボコに出来れば今度こそ夜露死苦隊は二度と関わろうとして来ないだろうよ。俺はそう思ってるけどお前らどう?」
「良いんじゃないかな? 流石にそこまですればアイツらバカでも二度と関わって来ないってアタシでも思うわ」
「オレもそれは納得できる。全員ボコボコなら流石に二度と関わろうとはして来ないだろ。よし、ならとっとと済ませるぞ」
七海と介助は納得して、アジトのある小高い場所を見る。廃墟の陰が薄っすらと見え、三人はそれをじっと睨む。
「よし、まず俺と下田でアジトに忍び込んでいきなり奇襲する。んで、少し1分くらいずらしてから太田が更に不意打ちに来てくれ」
「オレは後からか。じゃあもっとアジトの近くで待ってるぜ。喧嘩が始まったら、少し待ってから不意打ちだな?」
「ああ。マジで頼むよ太田。下田も、この作戦でも良いか?」
「アタシは構わないよ。とっととあいつら倒したくてたまんないわ」
七海は特に血の気の多い様子で、微かに口元を緩ませる。
「よし、じゃあ行くか」
三人は意を決して廃墟へと向かった。
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廃墟内にて。
夜露死苦隊副長の小沢佳樹は今は亡き総長・高月の代わりを務めざるを得ず、イライラしていた。夜露死苦隊の総長になれた事は良いが、現在の状況で総長になっても佳樹にとって一切旨味がない。仲間の半数以上が先日漆紀と七海が行った夜襲で怪我を負ってるし戦意も下がり、バイクを壊された者も居る。
(なんでこんな事に! あのクソガキだ、あれが発端だ。たかだか便利屋に過ぎねぇクソガキが楯突いて来やがって……)
当の佳樹自身も漆紀と戦って敗れた人間だ。夜露死苦隊が最初に漆紀へと敵意を示したあの時、スーパーで買い物を終えたばかりの漆紀を捕まえリンチにした時のこと。
そこから夜露死苦隊の命運が捻じ曲がった。リンチしていたはずの漆紀が、隙をみて佳樹に反撃、そのまま佳樹の攻撃をさせぬまま容赦なき攻撃でもって漆紀は佳樹を完封したのだ。
未だに佳樹は漆紀に完封された時に折れた鼻が治りきっておらず、頭を踏まれた事で出来た打撲と擦り傷、コンクリートに頭をぶつけた衝撃で裂けた皮膚も治りきっていない。故に、佳樹は体の各所に湿布を貼り包帯を巻いていた。
あの敗北から夜露死苦隊は便利屋タツガミの辰上漆紀に執着し、途中からはその命さえ狙い始めた。彼ら夜露死苦隊が本来敵意を向ける矛先は便利屋タツガミではなく、便利屋タツガミに爆弾を運ぶ依頼をさせた敵対勢力・黒沢組とその傘下にある暴走族であろう。
(なんでこんな風になっちまった? 確かに黒沢組連中に集中すべきだったかもしれねえが、副長のオレが仲間まで連れてんのにたかだかカタギのクソガキに負けて黙ってなんてらんねぇしメンツが立たねぇ……クソ、なんでこうなった!)
この廃墟でイライラしつつも、佳樹は仲間達が漆紀を捕まえ連れてくるのを待つほかなかった。廃墟には佳樹の他、バイクを破壊されてしまって巡回に回れぬ者が番をしていた。
「おい、てめえどっから入ってきぐぁあッ!?」
異変が起きた。夜露死苦隊ではない者がこの廃墟に入って来たのは確かであり、佳樹は椅子から立ち上がる。
「おい、一体なんだ? お前ら、1階に行って見てこい!」
舎弟達に命令し、すぐに1階の確認をさせる。この廃墟は2階建てであり、佳樹が居るのはかつて会議室だった部屋である。会議室を出ると廊下があり外が見渡せる。
廃墟には夜露死苦隊の者が佳樹を含めて現在23人居る。仮に他勢力がカチコミに来ても仲間が駆け付けるまでどうにか持ち堪えられる人数である。
「うわぁああああ!? き、汚えぇぇええ!」
それほどの戦力であるが、1階から仲間の絶叫が聞こえた。
「なんだ?」
佳樹も座って居られず、会議室から出て廊下を歩いて階段を降りて1階の広間に着くと。
「ぅぅうぼォぉおえぇえ!!」
佳樹からすれば憎くて仕方のない男がそこに居た。自分の口の奥に手を突っ込んで吐瀉物を仲間達の顔面に吹き散らす漆紀の姿があった。
「て、テメェ!! 何してんだコラァァアアアあ!!」
佳樹は怪我の事など忘れて激昂し、雄叫びと共に助走をつけて金属バットを漆紀の顔面んへとフルスイングするが。
「コラァあッ!」
時間差で奇襲に来た介助が真横から佳樹へとドロップキックを仕掛けた。突然の横槍で佳樹は対応できず、ドロップキックが佳樹の肩に当たりそのまま横に倒れてしまう。
「太田、ソイツそいつリーダーだから!」
漆紀が「そのままボコれ」と助言する前に、リーダーと言う言葉を聞いて状況を察した介助は倒れた佳樹へと馬乗りになってマウントを取って殴り始める。
「よし! 下田、あとは他の連中をぶっ倒すだけだから!」
「この前も見たけど、ゲロかけて戦うの強いけど汚いよ。アタシに間違ってもかけないでよ!」
七海はそう言って向かいの構成員の男へと走って飛び蹴りを仕掛け、漆紀は狙って来る数人の構成員を睨み自分の口に再び右手を突っ込む。
(ムラサメに頼れねぇなら、覚悟を決めて吐きまくるしかねぇ!!)
漆紀は手が汚れたり体が吐瀉物臭くなる事も気にせず、吐き気を受ける事を覚悟し苦悶の表情を浮かべつつ敵に向けて吐瀉物を吹き散らした。
「あぁあぁぁアアアア!! か、顔がぁああ!」
「め、目に染みっ、ヴァあああぁぁぁあああああ!!」
絶叫して悶絶する構成員達だが、この機を見て漆紀は一方的に攻撃を仕掛けた。
「ざけんなコラ!」
「クソガキがぁああ!」
吐瀉物を浴びなかった構成員二人が漆紀目掛けて鉄パイプと金属バットそれぞれ左右から殴りかかって来る。漆紀はポケットに入った水鉄砲を素早く取り出して、右側からわずか3mまでに迫って来た敵の顔面へと水鉄砲を撃つ。
水鉄砲から放たれた塩水が見事にも敵の顔面に命中するが、敵は怯みかけるもヤケクソ気味に金属バットを振り下ろす。
「ぐっ!」
金属バットは漆紀の右手ごと水鉄砲を打ち、プラスチック製の水鉄砲は呆気なく割れて壊れる。しかし、左側から迫った構成員については一切対処していないため、漆紀へと鉄パイプを思いっ切り振り下ろして来る。
「がぁっ!!」
僅かに身を反らすが漆紀の背に鉄パイプがぶち当たり鈍い痛みがじーんと皮膚から肉、肉から骨へと響く。
「邪魔すんじゃねぇ!!」
右側の構成員の顔面を素早く殴り、鉄パイプを構え直す左側の構成員の顔面に割れた水鉄砲を投げつける。
「くたばれ!」
水鉄砲を顔面に受けて構成員が怯む。漆紀が吐瀉物と塩水が合わさり付いた右手で構成員の顔面を殴り、そのまま鉄パイプを掴んで奪い取ろうとする。
「寄越せ!」
吐瀉物と塩水が顔面につけられても抵抗する構成員だが、漆紀は鳩尾に蹴りを入れて無理矢理引き離して鉄パイプを奪う。さっきまで鉄パイプを持ってた際の引く力と漆紀に蹴られた時の押す力が合わさり、勢いあまって構成員が後ろに倒れ込む。
「ふんっ!」
倒れ込んだ構成員の顔面を一発踏みつけて悶絶させ、漆紀は塩水を顔面に当てた構成員の方へと振り向く。
「クソガキがぁっ!」
立て直した右側の構成員が既に金属バットを振るって来るが、漆紀は奪い取った鉄パイプで金属バットを受け止める。
「バーカ! ぺっ!」
口内に僅かに残っている吐瀉物を唾と共に顔面に向けて吐き飛ばした。。
「汚っ」
「そらぁっ!」
怯んだところで漆紀が金属バットを押し返し、鉄パイプをソイツの横腹、肩と打ち込んで弱らせる。痛みに耐えつつも姿勢を低くしてよろける構成員を見て、漆紀は好機と見て顔に向けて蹴りを出す。
「がっ!?」
鼻っ面に蹴りが当たり鼻を抑える構成員だが、漆紀は鉄パイプを振るって構成員の手から金属バットを叩き落とす。
「寝てろアホ!」
そのまま鉄パイプを振るのではなく押し出す程度に留めて構成員の顔面へと追い打ちをする。堪らず構成員は今度こそ悶絶してそのまま倒れ込んでのた打ち回るが、とどめとばかりに漆紀は顔面を一発踏みつける。
「よし!」
こうして吐瀉物から逃れた二名の構成員を打ち倒すと、先程の吐瀉物で未だに悶絶し顔を覆ってのたうち回る数人の構成員達へと顔を踏みつけに駆け付ける。
「おらっ! 二度と俺に! 俺達タツガミに関わるんじゃねえぞ! わかったなクソが! クズどもが!」
強く、素早く、男達の顔面を降伏するまで踏み続ける。やめてくれ、と言わずとも痛みと吐瀉物の不快感で悶絶ししばらく動けない状態にさえすれば良いのだ。
「好き勝手してんじゃねえぞオラァあああ!」
廃墟の周囲や違う部屋に居た他の夜露死苦隊の構成員が漆紀目掛けて鈍器で殴りかかって来るが。
「動くな! コイツ殺すぞ!」
唐突にも介助が夜露死苦隊の者達にそう脅しにかかる。見れば介助はマウントを取った佳樹の喉元に何らかの刃物を突き付けているではないか。
「知るかバーカ! 死ねぇえええ!」
特異な強さとリーダー性を持った総長亡き今、副長の佳樹に対して夜露死苦隊の仲間達の信頼は下がっていた。ゆえに殺すと脅されても知った事か、むしろ総長・高月に続いて佳樹まで死ねば自分に総長の座が来るのではないか、とまで欲に目が眩む外道しかいないのだ。
「クソ!」
漆紀は後ろに跳び退きつつも鉄パイプで男達の鈍器の攻撃を受け止める。
「ダメだ、一旦退がるかクソ!」
漆紀はそう言って逃げ出す。
「おいおい辰上どこ行く気だよ!」
計画に無い行動を始めた漆紀を呼び止めようとする介助だが、七海は動じずに戦い続ける。敵の攻撃を意図も簡単に避けては、金的を食らわしたり飛び蹴りや飛びつきヘッドロックなどの飛び技を使って戦う。
「待てテメェ!」
構成員数人が漆紀を追い駆け始めるが、唐突に漆紀が踵を返して先頭を走る男の鳩尾に鉄パイプを押し出し突きを放った。
「ぐえっ!?」
突然の反撃開始に対応しきれず、男は悶絶する。
「俺が今更本当に逃げると思ってんじゃねえぞゾクが! ゾクならバカみてェにかかって来いクソが!」
「ざけんなクソガキがぁぁあああ!」
勇んだ漆紀は、再び右手を口の奥に突っ込んでもはや固形物すらない胃酸を追手の集団に向けて吐き散らした。
(あと何回吐けるか知らねェけど、出来る事を出来るうちにやってやる!)




