21.一難去ってまた一難、夜露死苦隊の追撃!
「疲れた」
高月の追跡を撒いて、漆紀は便利屋タツガミの事務所まで戻って来た。相変わらず日中の事務所には真紀のみが居り、父と他の従業員は全員仕事に出払っていた。
「ん? お帰りお兄……えぇッ!? なにその怪我! 病院! 病院行けって!」
斬り傷は全て治ったのだが、修復は衣服まで効果が至っていなかった。上着は斬られた状態のままで斬り傷が在った箇所は真っ赤な血で染まったままである。
「夜露死苦隊に結局絡まれて斬られたわ。なんか良く分からんけど傷治った」
「治ったって……意味わかんない、説明をちゃんとして。流石にそこまでいくと笑えないよ!」
「あのだな……なんか俺……魔法みてーな力が使える様になったんだわ」
「意味わかんない。クスリでもキメてんの? それともあたしにクスリでも盛った?」
「お前にクスリ盛るタイミングなんて昨日も今日も無かっただろ」
「まったく……じゃあ、仮に変な力使えるってしても証拠見せて。エビデンスってヤツ」
「おおう、横文字使って来るとは妹の成長が嬉しいぜ。なあ、記念写真撮ら」
全て言い切る前に、真紀は漆紀の顔を平手で打った。心配な心とは裏腹に、かなり強く打った。
「怪我した人間にする事じゃないけど、いい加減にして! あたし本当に心配なんだよ? どうして昨日と言いこんな無茶を」
「無茶も何も、向こうから仕掛けて来てんだぞコレ? どうにか応戦するしかないだろ」
「もういい。アレコレ聞いても駄目そうだし、早く証拠見せて」
そう言われて漆紀は心中で思う。
(ムラサメ、聞こえてるか? お前が姿を見せたくないなら仕方ないけど、俺の妹だ。挨拶だと思って少しだけさっきみたいに刀になってくれないか?)
真紀の言葉から妙に間を開けてしまうが漆紀はムラサメの返答を待つ。しかし特に返答はいつまで経ってもなかった。
(姿を見せたくないってか。あーあ、これじゃ黙ってるしかないし真紀とはしばらく喧嘩状態だよクソ)
そう心中悪態を吐いて真紀に対して申し訳なく目を細めて答える。
「ごめん、ちょっとどうにもワケ話せない。もうここまで来ると警察頼った方が良いかもだけど、あいつら反社を逮捕するためなら一般人まで巻き込んで逮捕するしな……」
「そりゃそうだけど……でも警察に疑われる余地なんて」
「最初に夜露死苦隊に絡まれた時にリーダーの男をボコって逃げた。これだけでも咎められりゃ逮捕だ逮捕。俺がやり返したことまであいつら夜露死苦隊が警察に吐いたら俺は捕まる」
「あ、ああ……じゃあどうするっての? このままあいつらに狙われ続ける気?」
ああ言えばこう言う調子の受け答えを続ける漆紀に真紀は苛立って問いただす。
「もういっそ夜露死苦隊にカチコミにでも行くか。全員ぶん殴れば全部解決じゃない?」
「頭わっる! 超悪! 夜露死苦隊より考えが短慮すぎるっての! 大体一人じゃリンチに遭って最悪今度こそ死ぬっての」
「それ考えりゃ警察に通報して夜露死苦隊の連中といっしょにムショ行った方が死ぬよりマシか?」
「そうだよ。まあ、身内に前科者がいるのは嫌だけど、お兄ちゃんが死ぬのはもっと嫌だし」
「でも、ムショって結構閉鎖的な社会だし、ムショ内だと嫌でも夜露死苦隊の奴らと顔を合わせるだろ。ムショ内で殺される確率高くないか?」
「あぁ……そうだね。ムショもダメか……じゃあ整形するのは? 顔を全体的に変えて貰って夜露死苦隊の連中にバレないようにするのは」
「それ良いな! この際だしもっとイケメンに整形して貰うってのも良いかもな」
そんな無茶苦茶な話をしている二人を他所に、唐突に事務所の玄関ドアが何者かに強打された。
「なんだ!?」
漆紀と真紀はほぼ同時に玄関ドアの方を見ると、玄関ドアについている窓ガラスに大きなヒビが入っていた。
悪意を持ってガラスを攻撃したのは明らかである。それを見るなり漆紀は真っ先に夜露死苦隊のことが頭に浮かんだ。
「やばい真紀、警察呼べ! 俺がなんとかする!」
漆紀はすぐさま玄関ドアに近づいてカギを閉める。間一髪ドアを開かれる前にカギを閉められたが、無理やりこじ開けられるのも時間の問題だ。近くにあった椅子やらテーブル、ソファーをすべて玄関ドアを塞ぐバリケードとして素早く置いていく。
「夜露死苦隊の奴らだ! あんな配達だけでこんな……あのクソ客が!」
この前の依頼者とは、漆紀が夜露死苦隊に狙われる原因となった爆弾運びの依頼者の事である。そう悪態を吐いているのも束の間、真紀は警察に通報中で、現在の細かい情報を話している。
(まさか事務所にカチコミに来るとは思わなかった! あの新田とかいう依頼者のせいでこんな……クソ!)
漆紀は近くに武器になりそうなものはないか探す。ムラサメが刀の姿にならない以上、漆紀は別の物で迎撃するしかないのだ。
精々攻撃能力があるのは工具くらいで、ハンマーやトンカチやらレンチ。どれも下手なサスペンスドラマの凶器になっているものばかりだ。もっと距離をとって相手を牽制できるものが欲しい。
「長物、長物はないのか!?」
長物といっても掃除につかう自在箒くらいのものだった。
「ダメだ、こんなものじゃちょっとぶっ叩いただけで折れちまう……そうだ、ガムテープだ」
ガムテープで自在箒の先にトンカチを括り付ける。トンカチ部分で打って押し出すなり横腹を打って悶えさせるなりで時間を稼げるだろう。
「お兄ちゃん、警察に通報したよ!」
「でかした! あとは到着まで持ちこたえるだけだ!」
しかし夜露死苦隊はすでに玄関ドアの窓ガラスを割っており、そこから腕を突っ込んで鍵を開けようとしていた。
「開けろこの野郎! ぶち殺すぞクソガキャァアア!!」
そう言ったのは先刻、漆紀の命を奪おうと刀を振るっていた夜露死苦隊総長・高月。
「お前らこそいい加減にしろよ! 逮捕されるぞ、ムショ行きだムショ行き! 分かってんのか!?」
鍵に手を伸ばそうとしていた高月の手に向かって、漆紀は障害物の隙間から先程作った手製のトンカチ棒で容赦なく打つ。
「開けるんじゃねえ! マジでいい加減にしろ! 容赦なく斬ってくるわ、カタギに手を出すのか!」
「俺達は本職じゃねえから良いんだよ。舐められたら終わりだ。だからてめぇだけは殺す!」
もはや何を言っても聞き分けない高月に漆紀は再び覚悟を決めた。
「なあ真紀……正当防衛って知ってるか?」
「え? うん。一体それが」
「今から俺がやるのは全部正当防衛だ。過剰防衛なんかじゃない」
真紀への言い訳か、自分への暗示なのか。漆紀はトンカチ棒を容赦なく窓に向かって突き出して高月の顔面を鼻っ面から強打する。
「もう覚悟キマったからな! 絶対事務所に入れないからな!」
そう言った瞬間、高月も吹っ切れて踏み込んではいけない心境に至った。
その末に、高月は刀よりも恐ろしい非日常な代物を玄関ドアの窓から突き出した。
「えっ……」
漆紀も真紀も、それを見て一瞬固まる。
「これなーんだ? 死にぁああゃーはははっ!」
それは毒々しく黒い光沢を帯びていて、場合によっては容易く人の命を奪う、円筒状のものであった。
「伏せろ真紀!」
そう言いつつも漆紀は咄嗟に真紀に覆いかぶさって、そのまま床に押し倒れる。だがその瞬間に高月はソレ、すなわち銃を乱射した。
銃の種類まで判別できなかったが、すさまじい轟音が事務所どころかビル中に響き渡った。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇえええええああああああああぁぁぁぁああああッ!」
止まる事なき破壊の嵐が巻き起こり、銃弾は障害物を削り、壁や天井へと突き進む。
幸い障害物があることもあって弾はまともに漆紀と真紀に当たる事はない。
だが漆紀には高月の扱う銃の発砲音をどこかで聞いたことのある気がした。半信半疑ではあるが、そう思う時点で漆紀にはある見立てがあった。
(あいつの銃はひょっとすると、父さんの使ってるような猟銃かもしれない……)
漆紀の父・宗一は便利屋だが、そのウリは害獣駆除にある。ハンターでもあり、猟銃免許を持っているのだ。猟銃を扱う人間は、年に数回射撃場に行ってクレー射撃を行うのだが、漆紀も同行した経験があった。
その際に射撃場の休憩室、待合室にいた漆紀は何度も猟銃の発砲音を聞いているのだ。実際の害獣駆除とクレー射撃で使う銃は違うものの、猟銃という高威力な武器である事に変わりはない。
(しかも弾の再装填をせずに連発して撃ってやがる。違法改造だな……厨二病の同級生と父さんからの知識がこんな所で活きるなんて、本当に笑えない状況だ。わかったところで打開策がない)
日本において猟銃はその殺傷力と用途により、弾丸の装填数は低く作られている。具体的な装弾数まで漆紀は知りえないが、明らかに通常の猟銃では不可能な連射を行っている。
(いや、待て……どちらにせよ、どこかで弾の再装填がある。その瞬間に事務所の奥に走る。角度的にあの奥の場所なら射程範囲外だ。火災用の非常口から飛び降りて逃げるか?)
そう考えるがビルの三階から飛び降りるとなると、足の骨を折る事になるだろう。下手をすれば外に出ても容赦なく高月は猟銃で撃って来るかもしれない、とも危惧する。
(こんな大胆に逮捕覚悟で撃って来てる……外に出ても平気で撃ちかねない)
漆紀は再び首飾りの鉄塊を見る。
(頼むよ! お前がいればこの状況が覆るんだ!)
だがムラサメは一切の答えを示さない。
「くそ! いい加減にしろ! もうすぐ警察が来るぞこの野郎! お前容赦なく射殺されるぞ! 良いのか!?」
「知らねえよバーカ! ぶっ壊れろおおぉぉぉぉおおーッッ!」
爆発的な発砲音と、物が壊れていく破壊音。痛々しい状況にうんざりするが、為す術がないのだ。
だがあまりに豪快な発砲音で気づかなかったが、ビルの外から薄っすらと甲高いサイレンの音が聞こえてくる。
(粘り勝ちだ。警察が来た!)
そう思ったのも束の間、破壊の嵐が止んだ。漆紀はこの瞬間を待っていたものの、この瞬間に起こせる行動が何一つないのだ。
先程思案した方法はどれも芳しくない。ムラサメに助けを求めるのは確実性が無い。火災用の非常口から飛び降りる案も考えたが、三階から飛び降りれば足の骨を折るだろう。
これほどの好機でありながら漆紀にとれる行動はなかったのだ。
だが、この好機を活かせるのは決して漆紀だけではない。高月と敵対する人間であればこの機を逃さないのだ。
例えば―
「警察だ、持ち物を捨てろ! 捨てなければ威嚇無しで撃つ!」




