18-2.夜露死苦隊総長・高月襲撃!絶対絶命の漆紀……っ!
「ロクでもない目に遭った……頼むから二度と追って来るなよ?」
そう思いながら冷ややかな心持ちで逃げ去って行く漆紀であったが、記念公園から出ようと逃げ去る途中で、嫌な音が聞えて来た。
騒々しい爆音。おそらくバイクだが、マフラーを壊すかのような雄叫びは、漆紀を狩ろうとする合図で合った。
「おのれクソガキャぁぁぁああああッ!! この前はウチの舎弟をボコしてくれたな、落とし前の時間だゴラァァァァァァアアアアアアアアア!!」
一際目立つ赤い炎をイメージした如何にも特攻野郎なバイクに乗った男がいた。そいつは数十人の舎弟を連れており、舎弟も全員バイク乗りで公園を踏み散らかして走り回る。
バイクからはパンクやらヒップホップやらラップ、レゲエなどバラバラに各々が爆音で音楽を公園中に鳴り響かせていた。
「オイおっーい! なに勝手に逃げようとしてんのぉ~クソガキくーん?」
「てっめぇはKILL! じゃなきゃ斬る!」
聞くに堪えない程単調で低レベルな韻を爆音の音と共に踏む舎弟ども。
映画か何かかと見まがう程に大げさかつわざとらしいチンピラムーブであった。
そして赤い炎をイメージしたバイクに乗った男が語り掛けた。
「俺は夜露死苦隊総長・高月だ。てめぇがボコしたウチの副長は小沢佳樹って名前だ。今の内に精々誇ってろ」
「何を言ってやがる?」
この前漆紀が封殺した相手の名をいきなり口に出されて漆紀は戸惑った。けれど間髪入れずに爆音に負けない怒号で高月は言い放つ。
「てめえが誇れば、俺は思う存分ブチ切れててめぇを殺れる。さあ誇れ、イキれ! てめぇの最後の華だッ!」
そう言って高月は腰に差していた日本刀を右手で引き抜き、片手走行で漆紀へと迫る。暴走族如きが武術やらの経験など無いが、明らかに現時点で漆紀より単純な戦闘能力は優れており、高月の手には模造刀ではなく本物の日本刀が握られている。
片手でハンドルを抑えて走行など、いくらバイクと共に生きる暴走族と言えど容易く出来る事ではない。形だけなら出来ても、完全に安定してやってのける技量を持っている辺り、総長の名は伊達ではない事がわかる。
(おいおい何でもアリかよ! やばい、あれは殺られる!)
そんな総長に対して漆紀の持っている得物は草刈り鎌だ。刃は決して脆い物ではないが、バイクで加速した日本刀を受け止めるには不安である。刃こぼれもするだろうし、日本刀相手ではへし折られるか、斬鉄される恐れがある。
「クソッ!」
命懸けで挙動を見極めて避けるなり、鎌で受け止める必要がある。
幸い舎弟は直接の戦闘には加わらず、あくまで漆紀が逃げられない様に囲いを作る役割に徹している。
「オラァァァァアアアアアアその首もらうぜえええぇぇぇぇぇぇえええええッ!」
半ば狂乱気味で絶叫しながら迫って来る高月の動きを漆紀は良く見て、その腕が振られる瞬間に、一気に斜め前方に飛び込んで日本刀を射程外へと逃れる。
(なんとか避けられたッ! でも暴走族だって馬鹿じゃない。斬るだけじゃなくて突いて来るかもしれない……)
漆紀はその可能性についても考慮するが、漆紀に手を打たせまいと高月はターンして漆紀に再び迫る。
(間合いは明らかにヤツの方が広い、刀だからな。それに威力もやばい、普通に一撃で致命傷だし酷けりゃ死ぬ。ふざけんなよこいつらッ!)
ただ便利屋の依頼として配達をしただけなのに、その配達物の件だけで今現在暴走族に命を狙われる立場にある。
こんな酷い話が合って良いのだろうかと漆紀は自問自答する。生きるか死ぬかの命のやり取りに追い詰められている身ゆえに今考えるべきでない事にまで思考が及んでしまう。
そうしているうちに高月は再び近付き、刀を構えている。
(また振って来るか? 次は突いて来るか?)
だが肘や腕全体の角度を鑑みて、漆紀は自分の信じた判断のもと動いた。今度は左斜め後ろに飛び退いて避ける。
決して漆紀は武術の達人ではないしスタントマンでもないが、高月の動きを見てふと違和感を覚えた。
(相手は明らかな殺意を持っている。それは確かだけど、どうにも的外れというか、俺に刀を振ってはいるが……なんだろう、動きが洗練されてない)
そう、確かに高月は暴走族の総長であり、反社会勢力といえどバイクに関してはプロであり達人なのだ。片手運転はお手の物で、バランス感覚も優れている。だが、そこに日本刀が加わった事で話が変わるのだ。
再び高月がターンして漆紀へと迫って来る。
「てめぇやるじゃねえか。次はぽっくり死んでくれや!!」
高月は本気で、全力で漆紀を殺しにかかっている。だが漆紀は高月の動きの違和感が何なのか気付きつつあった。
そして高月は今度こそ日本刀を振るのではなく真っ直ぐに突いて来た。
「やっべッ!」
なんとか寸前で対応して真横に飛び退くものの、振りとは違って突きは漆紀の身に最も迫って来て、その肩を掠めた。
(掠っただけなのにクソ痛ぇ。さすが本物の日本刀だよ、容赦なさすぎだろ。ハジキじゃないだけマシだけどこりゃねえよ)
なぜ銃を使わないかが疑問ではあるが、とにかく現状は日本刀を相手にどうにか対処する必要があるのだ。
(だけど俺だって馬鹿じゃないんだ、馬鹿じゃ。判って来たぞ。なんで動きに違和感があるかが!)
漆紀の判った事。それは、高月の技量の限界であった。
バイクの技量は明らかにプロである高月だ。バランスのとり方も完璧であり、日本刀を以ても片手走行が可能な男である。だが〝可能〟であるだけなのだ。バイクの加速と合わせてタイミング良く日本刀を振れていない。振りの射程は大きいが、タイミングの取り方が雑になりがちで、漆紀でも避けられるようなものになっている。
だが、突きに関しては話が別だ。
突きは一点集中で攻撃時間が短い為、タイミングを絞れる攻撃の仕方であり、高月の技量であれば突きはそれなりに精度が高くなっている。
(あいつの振りは大丈夫だ。問題は突きだ。突きは精度が高い。さっきは掠った程度だが、次は普通にぶっ刺さるかも)
焦燥の汗が漆紀の全身を覆い尽くす。池に入った時のクールダウンなど忘れ去り、漆紀は極限状態ゆえか全身の身体機能が興奮によってささやかながら上がって来た。
そして臆する気持ちもどこへやら、むしろ生き延びてやるという堅い決意が胸の内に抑えきれぬ程に湧き上がって来た。
「来いよ、ゾクがッ! 動きが雑で見え見えなんだよバーカッ!」
無駄に煽る事で少しでも高月の怒りを買う事で、動きのキレを鈍くし雑にさせようと試みる漆紀の言動である。漆紀とはまた別で「殺さねば」という一念により興奮状態にある高月は、この言葉に乗ってしまった。
「やってやるよこの野郎! 動くんじゃねえ、居直れゴラァッ!」
低レベルな応酬だが漆紀の狙い通りの展開となった。勢いに任せて再び高月は日本刀を大きく構えつつ漆紀に迫って来る。
囲いのバイクの爆音を跳ね返すかの様に高月のバイクは高鳴る。
「おらあああアアアアぁぁぁぁぁあああぶった斬れろぉぉぉおおおおおおおおおッッ!!」
そして漆紀に向けて刀を振るう高月。白刃は見事な軌道を描くが、その軌道は決して漆紀を捉える事無く、漆紀は今まで同様に回避する。
(敢えて高月に振りを誘導させて避け続けるいかない。後藤さんが警察に通報してくれてるはずだし、そうじゃなくても公園の芝生に平然とバイクを走らせてる時点で、他の人が警察に通報してるはずだ。俺はただ警察が来るまで耐えるだけだ。さすがに日本刀なんて持ってりゃ警察官は拳銃で威嚇射撃を行う。そうすりゃ奴らは退散するはずだ)
漆紀の狙いは、耐え続ける事である。ひたすらに何度も高月の攻撃を避けるのだ。
「死ねオラァァァぁぁぁぁあああ!」
その後も二度、三度と日本刀を振るい、フェイントで突く事もあった。しかし突きはあくまで漆紀の身を掠るのみであり、その肉を貫く事はなかった。
なかなか当たらぬ事にイライラした高月はついにバイクを停めて降り、自らの足で漆紀へと走って向かう。
「てめえは終わりだごらああああぁぁぁぁあああッ!」
総長・高月の鬼気迫る怒号が漆紀に向けられる。だが漆紀も負けじと文句を垂れる。
「やたら叫びまくってんじゃねえよ。いい加減にしろっての!」
高月が漆紀に近付くと大きく一歩踏み込んで、大振りの袈裟斬りをする。
(うわッ!)
漆紀はリーチの短い草刈り鎌で応戦する他なく、後ろに避けつつも初撃の袈裟斬りをどうにか草刈り鎌の刃を向けて受け止める。
間合いは明らかに高月の方が広く、漆紀は防御は出来ても反撃するのが難しい間合いとなっている。
「おいおいそんなガラクタでいつまで戦えんだ? えぇ!?」
高月はやたら煽り散らしつつ刀を横に、縦に、と様々な角度から試し切りがてらに繰り出してくる。
「ふざけんなよホント! なんで俺が狙われるんだよいい加減に諦めろっての!」
漆紀は悪態をついて高月の攻撃をひたすらに防ぐ。
何度も何度も、草刈り鎌と日本刀がぶつかり合って、見事な火花を散らす。
そのまま単に刀を振り続けるわけもなく、高月はフェイントをかけて来た。
「危ねぇだろ! 本当に俺を殺る気かよお前!? 言っとくけど俺を殺らない方が良いぞ! 親の実家が微妙に金持ちだから復讐がてら殺し屋を雇って狙われるぞ?」
今更ながらダメ元で脅しをかけてみる漆紀だが。
「こっちはてめぇが運んだモノの所為で三人タマ取られちまってんだよ、今更やめれるかよ!」
フェイントと踏み込みの調整で間合いをも変化させて高月は刀を振るう。どうにか凌いでいくものの漆紀は脇腹や首筋、腕、所々に肉を僅かに裂くほどの浅い切り傷があり、少量ながらも決して油断できない出血をしていた。
(切り傷は痛みが薄いって聞いてたのに、痛いじゃねえか……けど血が……ぁあ、やべェ。ちょっと頭痛くなってきた)
貧血気味になってきた漆紀はそれでも必死に草刈り鎌を構えて高月の攻撃を凌ぐ。高月の攻撃が激しく、漆紀は吐瀉物を高月にぶつけようにも手を口に突っ込む余裕すらなかった。
いくら喧嘩に慣れて体力のある高月といっても、刀を何度も何度も振るっていては疲れが回る。
曲がりなりにも鉄塊を振っているのだ。漆紀は草刈り鎌でそれほど疲れは溜まらない。ひたすらに高月の体力切れを待つ他ないのだが、出血によって漆紀の目論見は望み薄になりつつあった。
(やば、ちょっとふらついて来た……)
こんな所で死ねない。
こんな連中の事情に巻き込まれて死ねない。
「ふざけんなごらぁぁぁぁああああああッッ!」
いつになく、漆紀は奮起すべく声を荒らげて踏みとどまるが、ついに動きが間に合わなかった。
「死ねやっッッ!」
遅いという事は力が入っていない証拠。故に全力を込めた高月の振るう刃に遅れて衝突した草刈り鎌はついに斬鉄され、その白刃は漆紀の身に今か今かと迫った。もう次の手を打つ間はない。
あるとすればその一瞬、自らの死を覚悟するだけだった。
そして白刃は容易に漆紀の右肩に入り込み、深く肉を切り裂き、斜めに滑って脇腹から抜けた。
「うぐぁぁあアァああぁああアぁぁアァあァ! 痛えぇあァええあうううぇええぇぇエエぇぇえエッッ!!」
先程の一瞬、漆紀は臆したために僅かながら後ろに下がったのだ。よって一刀両断されなかったが、あともう少し深く斬られれば筋肉を越えて臓物をその地に晒していた事だろう。
傷口からは鮮血が勢いよく飛び散る。
嗚咽と絶叫が混じり合って酷い声が出た。漆紀は死に近い痛みに冷静さを欠き、発狂するが如く絶叫して背中から後ろに倒れ込む。
斬り傷からは焼けた様な痛みが広がり、全身にその熱が広まって焼かれるが如き痛みに襲われる。しかしながら意識を保っているのは幸か不幸か漆紀の生き汚さが故に成し得る業だろう。
良く映画などでは斬られれば血を吐いて倒れたりするが、斬られたのは皮と肉であり、内臓や骨は無事だ。激痛に違いないが漆紀は血反吐を吐く事が無かった。
対して高月は実際に人間を斬ったという余韻を感じていた。
「こいつは……気持ちのいい感覚じゃあないな」
そう呟いた直後、高月はとどめを刺すべく倒れ込んだ漆紀の元へと歩み寄る。
「じゃあな。あの三人に精々殴られてきてくれよ」
だが激痛に悶えつつ漆紀のとった行動は、高月に一瞬の躊躇いを生む行動であった。
死ぬ間際の漆紀がとった行動。
それは、自分の首に掛けてあった鉄塊の首飾り両手で強く握りしめていた。
僅か7㎝程度の薄く、そして先端が尖った首飾りを握りしめ、ただ待っていた。
神頼みでもあったのかもしれない。けれど何より、耐えがたい痛みに耐えるべく握っていただけかもしれない。
もしくは自分にはもっと吹っ切れた手段がなかったのかと、自分が躊躇した故に、今自分が死にかけていると自責と自戒を繰り返しているのか。
それを見たが、高月は刀を構えなおして渇いた表情で漆紀の心臓目掛けて突きを放った。
その時、漆紀は目を閉じて、終わった。




