18-1.勤務中の襲撃!凶器を見せたチンピラ!
夜露死苦隊を夜襲してから4日後。
「おーい、起きなって。もう8時過ぎてんだけど」
真紀は漆紀の肩を軽く引っ叩きながら起こしにかかる。
「なんだよ。夜露死苦隊にボコられた傷がまだ痛いんだから寝かせろよ。治すんだよ」
「草むしりの件忘れたの? すぐさま取り掛かるって言って今日引き受けてたじゃん。仕事で出かける分には許すよ?」
「あー、そうだったな。仕方ないな、準備する」
そそくさと部屋を出て、洗面所で顔を洗ったあと消臭スプレーを自分に吹きかけて昨日の汗臭さを薄める。家にこじんまりと隣接した物置き小屋からゴミ袋や草刈り鎌を取って、リュックサックに詰める。
「あークッソ、脇腹痛ぇ……あいつら容赦なさすぎだろ」
夜露死苦隊との喧嘩による打撲が鈍く微小な痛みを刻む。漆紀はけれど毅然と立って真紀を見る。
「行ってくる。昼頃には事務所に行くから、待っててくれ」
「はいはい行ってらっしゃい。せいぜいこの前の奴らと出くわさないようにね」
(出くわしてももう関わってこないだろ。これまでで副長ボコったり、ゲロふっかけたり、夜中に奇襲したり、もう関わりたがらないだろ)
こんな甘い予想が漆紀にとっては致命的なものである事は言うまでもない。彼自身の心理では予想出来ない考えだが、リンチした弱々しい相手がタイマンでリーダーを一方的にボコり返したのみならず、白昼の路上でゲロを当てて怯ませて9人倒し、挙句その日の夜中に夜露死苦隊の各部隊を奇襲し大損害を与えた。暴走族からすればやり返さなければ気が済まないし戻れないし退けない。
そんな強迫観念じみた暴力が迫り来るに決まっているのだ。
漆紀は自宅から少し歩いて最寄り駅で電車に乗り向かう先は、東京都立川市国営宝和記念公園である。
西立川駅を降りてから5分程歩いて依頼者との待ち合わせ場所に行く。
そこには作業着を着た男がいた。何をするわけでもなく公園の景観を穏やかな目で眺めつつ待っていた。
「すみません、便利屋タツガミの者ですが、後藤様でしょうか?」
「あ、タツガミさんですか。はい、私が後藤です。今日は宜しくお願いします」
その男は柔和な顔つきで、首にかけたネームプレートから市の職員である事がわかる。
「えっと、どの辺の草を刈るので?」
「あそこの池です。余分な雑草が結構生えて来たのもありますが……ゴミのポイ捨てが酷くて。池の中のゴミを掃除するのはかなり大仰なのでやりませんが、池近くの林に向かってのポイ捨てがあるので、そういったゴミの回収も行います」
「わかりました。早速始めましょう」
漆紀がリュックから道具を取り出して、言われた場所で淡々と草刈りを始める。
左手で草を掴み、右手の鎌でそれを刈り取る。それを一回、二回、三回、繰り返していく。その途中で空き缶があれば、別の袋に入れ、またペットボトルがあれば別の袋に入れる。
単純作業。しかしあと二人か三人は欲しくなる作業量である。
そんな中、作業する二人の元に徐々に近づく足音があった。ふと気になって漆紀が振り返ると。
「てめこの野郎ッ!」
振り向き様にいきなり顔を殴られて地べたに叩き付けられる漆紀だが、その突然の出来事に後藤は動揺する。
漆紀を殴った男は明らかに反社会的風貌であり、金髪にピアスで汚らしい髭面で目付きの悪い男だった。
「なんですあなたは!? 警察呼びま」
「知らねえよバーカ」
勢いのまま男は後藤の顔面にも拳を振るって黙らせる。
「おい、ケータイ出せ。スマホか? スマホならそれ出せ。出せつってんだよ!」
男は後藤からスマホを奪い取って、その辺の茂みに投げ捨てた。すると男は後藤を踏みつけたまま自分のスマホで連絡を取る。
「リーダー、宝和記念公園ってところに居ました。水場です」
それだけ言って男は通話を切って、後藤を何度も踏みつける。
こんな行動や言葉遣いから、明らかに暴走族まがいのチンピラだろう。
突然の事で動揺したが、ハッと正気が発揮されて漆紀はチンピラに向かって駆けて殴り掛かる。
「いきなり現れて何すんだよッ!」
不意打ちこそされたものの、漆紀の様な素人の拳だとしても飄々と避けれる技量などチンピラにありはしない。
意図も簡単に拳はチンピラの顔面に突き刺さる。
「俺が何したってんだよ! 職員さんが何したってんだよクズが! チンピラがッ!!」
相手に反撃の隙を与えぬために漆紀はチンピラの顔面と胸に向けて何度も何度も正拳突きでもって封殺する。
「この! この! ふざけんなよ仕事中だぞチンピラが!」
理不尽な暴力には徹底的な正当防衛を。
絶え間ない攻めによってチンピラの必死な耐久も崩れ始めて、殴った時の手ごたえがだんだん弱くなる。
正拳突きと見せかけて胸ぐらを掴んで、前のめりに体重をかけて一気に地面に叩き付けて押し倒す。
「このクズッ! 二度と姿を見せるな! 二度と陽の目に出れねぇようにするぞクズがッ!」
馬乗りになって一方的にチンピラを殴り続ける漆紀。
以前のリンチの際に、このチンピラの顔もあったような記憶があるのだ。気の所為かもしれないが、漆紀にとってやり返す理由は理不尽な暴力に襲われた怒りで十分なのだ。
「オラッ! てめえが売った喧嘩だぞ、泣けよ! 仕事中もお構いなしに殴り掛かって来やがって! わかったか! 二度とだぞ? 二度と俺の前に現れるなッ!」
何度も殴ったからか、チンピラの鼻からは血が垂れ流しの状態で、口元が切れていて酷い面構えであった。
「わ……わかったっ……わかったから」
さっきまで調子に乗っていたチンピラは呆気なく降参して両手を挙げた。漆紀はマウントを解除してチンピラから離れて後藤に駆け寄る。
「大丈夫ですか!? あのチンピラはどうにかしたんで、手当を」
「タツガミさん後ろッ!」
先程は振り返ったら殴られた事から、振り返らずにそのまま背中を後ろに押し出すとチンピラにぶつかり、そのまま体重に任せてチンピラを押し飛ばす。
「うおっ!?」
そこからようやく振り返ってチンピラを見ると、チンピラの右手には毒々しく日光を反射する得物が握られていた。
「ナイフ? てめぇ俺を殺る気だったのか……ふざけんのも大概にしろってんだよ!」
すぐさまチンピラから離れて、先程草刈りをしていた場所に下がって草刈り鎌を手に取って構える。
「後藤さん逃げて! こいつ通報してッ!」
もう依頼人に様付けして呼んでいる余裕はない。
「やるしかないか……!」
後藤は脱兎の如く逃げて行き、しかしその後藤を追う事なくチンピラは漆紀に近付く。
漆紀に武術の経験など無く、ナイフを持った相手に対して鎌で戦う術など特に持っていない。
これは飽くまで牽制でしかない。
(クソ! この前といいなんで急にこんな目に……来いよ、クソが! やってやるッ!!)
漆紀はチンピラに立ち向かうべく一歩踏み出した、と見せかけてフェイントで一気に水場に向かって逃げる。
「な、待てクソガキッ!」
後に退けないチンピラが追って来るが、先に池に到着した漆紀はそのまま池に入って泳ぎ進んでいく。
流れの無い池であれば、着衣泳であってもそれなりに泳げる。それに泳がなければならない程の深さであれば得物もまともに振れないと判断した故の行為であった。
「クソガキがッ! よりによってそんなトコに逃げ込むとは……殺ってやるッ!」
「殺れよクソ野郎! 早く殺れぇッ! 殺ってみろクソが!」
しかしチンピラはどういうわけか池に入って来ない。
「泳げないのかお前? それとも上手くナイフが振れる自信が無いのか?」
煽りに煽る漆紀だったが、チンピラは売り言葉に買い言葉で池に飛び込んで来た。
「殺ってやるよこの野郎ッ!」
「おいおいマジかよッ!」
漆紀はどうすれば良いかわからず、とりあえず池の中心に浮かぶ小島に上がって鎌を構える。
(こんなんじゃヤバい……想像以上に頭のおかし奴だった。まさかここまでして俺を殺したがるとは)
そうしているうちにチンピラも小島に上がって来る。もうこれ以上逃れるのは難しいだろう。
「クソがッ! ナイフ仕舞えよ、やりすぎだぞ!」
「今更退けるかぁッ! 俺ら夜露死苦隊はてめぇを殺さなきゃならねぇ! 俺じゃなくても他の奴らがてめぇを殺しに来るぜ」
暴走族に目を付けられている事をこの時点で漆紀は改めて自覚するが、必殺の相手とされるとは悪夢にも程がある。
「そうかよ……なら来いよ。嫌だけど相手してやる。命の保証はしないからな!」
そうは言ったが、漆紀はこの年齢で少年院からの刑務所行きの内定を取るつもりはない。ここで相手を殺さずに切り抜けるしか漆紀に残された道はない。
手段としては、チンピラの手からナイフを放す事。チンピラの戦意を喪失させる事。チンピラ相手に隙を作って逃げ去る事。
どの手段も武術経験も無ければ戦闘経験など一度も無い一般人の漆紀からすれば至難の業だ。寧ろ決死の覚悟で相手を殺してしまう方がよっぽど容易いのだ。
(でもやるしかねえ。この距離で逃げるのは無しだ、とにかくぶつかるッ!)
漆紀はチンピラに向かって駆けだす。それに応じる様にチンピラも迫って来るが、間合いに入る直前で、漆紀は一気に勝負に出たのだ。
「ぺッッ!!」
大量の唾を含んだ飛沫をチンピラの顔面に向けて吐き出したのだ。
「はッ!?」
想像していなかった搦め手にチンピラは対応できず、そのまま顔面に、主に目に唾が直撃してしまった。
「ああああ目があああぁぁぁぁぁぁ!」
などと叫ぶ時には既に漆紀はチンピラにタックルをかまして押し倒してチンピラの手を叩いてナイフを池に投げ捨てた。
ナイフの事など気にしない様子で自分の目を擦って、ポケットからハンカチも出して眼球を綺麗にしようと試みるチンピラ。
「もう二度と俺を狙って来るな。わかったな!」
悶えるチンピラに対し可哀想だが腹を一発踏みつけてから漆紀は島から池に入って、元居た水辺へと上がる。




