第8話
春香から拒絶され離婚届けにサインした日の夜…明日は3回目の公判日だっていうのにその日は何時寝たのか記憶にない
食事にも手をつけず、ベッドに寝そべり天井をぼんやり見つめながら春香と麻由里との思い出に浸っていた
思い出せばキリがない……
そのどれもが、眩しく輝いていて
――今の俺には手の届かない光
実際にはこの時すでに、自暴自棄になっていたのは否めない
そして迎えた当日
「本日は弁護側からの証人出廷の要請がありましたが?」
「・・・裁判長それが・・・」
隣の席で汗を拭っている室井先生
「先生?」
室井先生は俺の方へ気まずそうにしてる視線を一瞬だけむけると、その場で立ち上がり
「本日申請してました証人の出廷ですが・・・ご本人の代理を名乗る方より正式に辞退するとの連絡が御座いまして」
「え!?ちょっ室井先生!?」
『必ず私が法廷の場で事実を申し上げます!』
すこし、あどけない笑顔でそう俺にサムズアップしてくれた角田さん・・・
辞退・・・つまり証言しに来ない・・・
俺は全身の力が抜け椅子からズレ落ちた
「?!鳥居さん?!大丈夫ですか!?」
すぐに警備の人が俺の元へかけつけ肩をまわし俺を立ち上がらそうとするが、膝が抜け落ちたかのように力が入らない
カンカン
「被告人の体調を確認するため1時間の休廷とします」
裁判長より休廷の宣告がだされ、おれは数人の職員に抱えられ医務室へ運ばれた
対応してくれたのは俺と同い年くらいの女性の先生
「自律神経の失調と貧血による眩暈ですね…貴方、どうやら昨晩から食事どころか水一滴口にしてないそうじゃないですか」
「彼の弁護人の…」
先生の視線がドアの横で立っていた室井弁護士へと向けられた
「室井です」
「室井さん、公判の延期を申し入れた方がよろしいのでは? 私はキチンとした医療機関での診察をお勧めしますが。」
俺はシャツのボタンを閉じ上着を羽織ると
「先生、ご心配おかけしました、もうすかっかり良くなりましたので大丈夫です…さぁ室井先生、皆さんをお待たせしてますから行きましょう」
何とも言えない表情を見せた医務の先生に頭を下げ、俺は室井先生と共に法廷の場へと戻ってきた。
――休廷から40分後
傍聴席には元々1,2人しか座ってなかったが、今は裁判官の席も検察側の席も空席だ
資料に目を通している室井弁護士の横で、姿勢を正し静かに目を閉じる良彦
ガチャとドアの開く音と共に裁判長を先頭に裁判官らが入廷、続けて検察側のメンバーも入廷してきた
室井弁護士も、良彦も頭を下げ迎える
「鳥居さん、身体の方は大丈夫ですか?」
裁判官が着席と同時に良彦に声をかける
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑とご心配をおかけしました。」
再度、裁判長らと検察側に頭を下げ着席する良彦……
その表情は何かを決意……いや、むしろ何かの諦めた者の覚悟が見て取れた
カンカン
再び裁判長がガベルを叩き
「それでは公判を再開します」
「弁護側からの証人の出廷は無し…と、いう事で宜しいですかな?」
室氏弁護士が一瞬だけ良彦の方へ視線を向けたが、良彦の表情は一切変わらずジッと正面を見据えていた
「はい、ですが証人が出廷しないからと言って弁護側の主張を変えるつもりは御座いません」
「鳥居氏は事件当日の夜、故ガド=マウイ氏によって襲われていた女性、角田真理さんを救出するがために行動した。その結果、ガド=マウイ氏を殺めてしまった」
「弁護側は、鳥居良彦氏の「正当防衛」を主張します」
室井弁護士はそう主張すると静かに席に腰を下ろした
「では、次に検察側」
「はい、先の検察側の証人による証言から、鳥居氏が身勝手にも公園にいたホームレスの人たちに対し暴力的な行為に及んだことは明白、結果として女性を救ったとしてもそれは偶然の結果」
「よって検察側は鳥居良彦氏に殺人罪を適用し、相応の刑罰…懲役15年を求刑致します」
良彦は検察側の主張にも眉ひとつ動かすことなく座っていた
「最後に被告人からの最終陳述を」
良彦はその場で立ち上がり
「これ以上とくに申し上げる事は御座いません」
短くそう答え、腰を下ろす。
その様子を見つめる裁判長は静かに目を閉じ
「では、これより裁判官は別室に」
裁判長と裁判官は再び退廷して行った…
検察側の起訴内容が「殺人」の為、良彦に向け行われる裁判には、裁判員裁判が適応される
つまり裁判官3名に加え裁判員6名で評議し量刑を決めるのだ
・・・・・・・・・・・・・・・
―――ガチャ
どの位の時間が経過したのか…時計を確認していた訳ではないのでハッキリしないが、今の時刻は16時を少し回った所だ
「判決を言い渡します、被告人鳥居良彦」
「2022年3月6日の深夜、公園にて酒に酔った勢いで住所不定の外国籍の男性ガド=マウイ氏に対し暴行を加え殺害」
「ただし検察側の証人による「凶暴性による愉快的な犯行」という動機については、物的、状況証拠ともに不十分とする」
「また同様に、被告の「女性が襲われていたから救出しようとした」という正当防衛についても物的、状況証拠ともに不十分とする」
「ただ、被告のとった行動によって女性が助かったというのは情状酌量の余地があるとし…」
裁判長はチラッと横目で良彦に視線を向けるが良彦の表情は変わらず、無表情のまま――
そして判決が下される。
「被告、鳥居良彦には懲役4年、執行猶予無しの実刑判決を言い渡します」




