第11話
俺は、このまま誰もが望まないのに塀の外へ出ても良いのだろうか?
そんな葛藤が頭の中を巡っていたが、時間と言うのは善人にも悪人にも、男にも女にも同じだけ刻むのだと改めて実感した。
そして、本日が出所日となる
俺は刑務作業で得た僅かな収入から、ベージュのポロシャツと紺色のスラックスを購入しておいた。
本日はそれらを着ての出所である
「お世話になりました」
「支度金は持ったか?」
「はい、ここに」
紺色のスラックスの後ろポケットを触り支度金として貰った1万3千円の入った封筒の感触を確認する
年配の守衛看守へ頭を下げると、決して多く無い荷物を入れたボロボロのスナップサックを担ぎ4年以上お世話になった刑務所を後にした。
8月の半ばということもあり、焼けたアスファルトから蒸せるような熱気が出所まえに切りそろえてもらった前髪を揺らす
「……―――」
エアコンなどない刑務所暮らしが長かったので、この位の暑さなど気にならない
それより俺は今からどこに向えばいいのだろう……
あてもなく刑務所から続く道をひとりトボトボと歩いていると背後から車が迫る音が聞こえてきた
キィィ―――
?
後ろから直進してきた白い外車のSUVは俺の横に幅寄せしてきてハザードを点灯させ停車した
ガチャ
運転席と助手席のドアが開き、白く透き通るような足がドアから覗き
茶色の長い髪に緋色の大きな瞳が美しい女性と、ショートカットの眼鏡をかけたスーツ姿の女性が出て来た
!?
胸が!?
急に息苦しくなる、呼吸が上手く出来ない全身の力が抜けて自分の身体じゃないように震える
「...お待ちしてました、鳥居様」
そう口にした茶色のロングヘア―の美女
「迎えに来ました」
運転をしてきた眼鏡の美女がそう言って頭を下げる
ドサッ
担いでいたボロボロのナップサックが力を失った俺の肩から滑り落ちた
「お、おぉお・・・」
息苦しさもあって酸素が脳に回ってないのか上手く思考が働かず言葉が出て来ない
口からは唾液が熱をもち泡となってだらしなく滴り落ちる
動揺、怨嗟、驚愕、怒気
そんな簡単な言葉では言い表せないほどのドロドロした黒い感情が腹の中を蠢く感覚
「御免なさい……なんて言葉で許されるとは思っていません」
「鳥居様、私達への怒りも重々承知ですが、今は一緒に来てもらえませんか?」
彼女らは胸を押さえ項垂れる俺の背をやさしく支えながらSUVの後部座席へと誘導され俺を寝かすように乗車させた
茶色の長い髪の女性が俺が落としたナップサックを拾い上げると中から舞い落ちた写真を拾い上げる。
――暫く写真を見つめ悲しそうな表情をした茶髪の女性は、何も言わずナップサックの中に写真を入れると、俺の胸元へとそっと戻した
「花音さん、出して下さい」
助手席に乗り込んだ茶髪の女性はシートベルトを絞めると、運転席の眼鏡の女性に声をかけた
ブルンと重厚感のあるエンジン音と共にSUVは発車する
(……コイツら今更俺に――――)
そこで視界が暗転し意識を失った……
「……さい」
「おき……さい」
なんだ女性の声が……
「起きて下さい」
身体をゆっくりと揺すられ薄っすらと目を開ける
辺りはすっかり暗くなっており、声をかけてきた女性の表情は月明かりの逆光でよく見えない……が
「お、おぉ…お前ら、今更…」
「その件も含めて、どうか―――」
そう言いながらそっと俺に手を差し出す
パシッ
俺はその手を払いのける
「!?…ご、ごめんなさい」
今の俺は体に力が入らないのでそんなに強く振り払えてはないがそれでも女性は酷く動揺…いや、怯えていた
『ひっ!こ、来ないで!』
あの日の夜に拒絶された時の映像が蘇る
しかし、女性はあの時とは違い振り払われた自分の手を両手で胸の前で抱えながら申し訳なさそうに俯いていた
俺は黙って女性の肩を押しのけ後部座席から外へと降りた
そこは周囲を木々に囲まれた場所にあるコテージのような建物の前、夜空には雲ひとつなく満月が辺りを照らす
静寂……
虫の鳴き声と僅かに聞こえる小川のせせらぎ
「こちらへ……」
いつのまにかコテージのドアの前に立つ茶髪の女性がドアを半分ほど開けて中へと俺を誘う
「・・・・・・・」
今更足掻いてもしかたない、帰る場所も向かう場所もない今の俺には拒む理由もない
(どうにでもなれ)
中に入ると目が眩むほどの明かりと、漂ってくる食欲をそそる匂い
グゥゥゥゥ
あの時もそうだった……あれほど恨み憎んだ相手が用意したものだと言うのに体は俺の精神とは別で「生きる」ということを常に選んでいる
「あ、あの……お話は食事をしながら」
茶髪の女性は俺のボロボロのスナップサックを胸に抱えながら案内するように前を歩く
「これは……」
ゴクッ
卑しくも食卓の上に用意された料理に唾液が溢れ口から滴りそうになり、慌てて飲み込んだ
「どうぞ、お掛けになってお待ちください」
茶色の女性は椅子を引き俺に座るように促す
「・・・・・」
俺は黙ってそこに腰をかけた
「私は鳥居様の荷物を部屋の方へ運んでおきます」
彼女は何か言って部屋から出て行ったが、俺は目の前の料理に目を奪われてよく聞こえてなかった
「鳥居様、お酒の方は?」
声の方へ視線を向けると、先程のスーツ姿からTシャツとジーパンというラフな格好に着替えた眼鏡の女性がワインとグラスを3つ手にして立っていた
俺は黙って首を横に振り断った…が
眼鏡の女性は黙って俺の前へとグラスを置き赤ワインを注ぐ
「お待たせしました」
茶髪の女性も薄手の白いワンピースに着替え食堂へと戻ってきた
俺たちはテーブルを挟んだ対面に座る
「鳥居様、色々と思うとこはあると思いますがまずはお食事を……」
茶髪の女性の言葉に視線をテーブルに並んだ料理へと移すと
料理の盛られた皿を手に取り、スプーンを握ると口の中へと掻き込んだ




