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第九十二話 最適解 ー考えるグリズリッドー

 翌朝、グリズリッドは執務室で腕を組みながら天井を睨んでいた。


(二人で食事……でも場所は外)


 一点を見つめて考えながら、わずかに目を細める。


(王都じゃだめだな)


 護衛がついてしまうし、変装したとて顔が割れている。

 とんとん、と一定のリズムで指先が机を叩く。


(要するに、一般人みたいなことがしたいってことだろ)


 脳内で妻のお願いを雑に片付けたグリズリッドの思考が動き出す。


(王都の外、王族だと言わずに一般貴族のふりができる場所……)


 たん、と大きく一つ机を指の腹で叩いた。


(南部フェカン――あそこは手形も細かく見ないし、治安も良い)


 グリズリッドが最適解に辿り着いたところで、扉を叩く音が響く。


「入れ」

「お呼びですか?」


 のんびりした口調で現れた騎士団『蒼穹』の騎士団長に、グリズリッドは目を細める。

 

 甘く垂れた目尻の鳶色の瞳。

 人畜無害そうな顔立ち。

 よく言えば、爽やかと言ったところか。

 

 こんな間抜けな顔した奴の何を見習えと言われる筋合いがあるのか。

 

 出会い頭から忌々しそうに端正な顔を歪めたグリズリッドに、レイドの頬が引き攣る。


「……私、なにかしましたっけ」


 嫌な予感を隠しきれないレイドを、グリズリッドは容赦なく睨む。


「お前、昨日何してた?」

「はい?」


 レイドは眉を顰めて首を傾げる。

 次に右上を見て、考えるような仕草をした。


「……サラさん――炎の最高位と、昼飯行きましたけど?」


 レイドの言葉は、グリズリッドの認識と相違ない。

 机の木の模様を睨む。


 レイドとサラの昼食について行ったクロト。

 外で食事がしたい。


 ……なるほど。




 では、わからないことがひとつ。

 なぜこいつを見習わなくてはならないのか。


 再び扉が叩かれる。


「入れ」


 入室の許可をしたのに入ってこない。

 グリズリッドは目を細める。


 しばらく待って、レイドが執務室の扉を開けた。

 うず高く積まれた資料を持った女騎士が扉を開けられずに涙目になっている。


(一度それを置けばいいだろ)


 グリズリッドは心の中で突っ込む。


「持ちますよ」


 にっこりとレイドは微笑み、当たり前のように資料の山を受け取る。


「ありがとうございます……!」


 女騎士がほっと息をつく。

 

「いえいえ」


 受け取った資料を、レイドが机の上に置いた。


「失礼いたします」


 女騎士は一度お辞儀をして退室していく。

 わずかに口角を緩め、頬を紅潮させながら。

 グリズリッドはそれを見逃さなかった。


 グリズリッドは革張りの椅子に深く体重を預け、冷めた目でレイドを凝視する。


「お前、誰にでもああだろう」

「へ? ああって?」


 レイドは心底不思議そうに首を傾げた。

 彼に自覚はない。


「いつかそれが仇となる」

「殿下、占い……始めたんですか?」


 にやりと不敵にグリズリッドが笑う。


「絶対に俺の言葉を思い出すときが来る」


 グリズリッドは占術師のようにレイドを指差し、自信満々に宣言した。

 不可解そうな顔をしたレイドは、ぽかんと口を開けたままグリズリッドを見つめる。


「はあ……心に留めておきます」


 心にも思ってないくせに形だけ繕うようなことを言ったレイドに、グリズリッドは鼻を鳴らす。


「まあ、なんとなく理解できた」


 短く息を吐く。


「……片付けるか」


 素早く脳内を切り替えたグリズリッドは、立ち上がる。


「明日から三日休暇を取る」


 支度しながら指示を飛ばされ、ぼーっとしていたレイドは静かに慌てる。


「え?」

「教会の査察は四日後、準備はお前がやれ」


 レイドは目を瞬いた。


「は、はい。……仰せのままに?」


 一度だけグリズリッドはレイドを見やる。

 そしてすぐに視線を外した。


「休暇は……どちらへ?」

「フェカン。護衛は要らない」

「おひとりで?」

「なんで俺が一人で行くんだ」


 南国フェカン。

 貴族のバカンスに人気の国だ。


「……だって、妃殿下に明日査察って言っちゃいましたよね……?」

「……あ」


 グリズリッドは数秒押し黙る。


「四日後に変更だ」


 ばさりと重厚な布擦れの音を立ててマントを翻す。

 グリズリッドは一度も振り返ることなく、長い足で執務室を大股で歩み去っていく。


「行き当たりばったりで決めるから……」


 置いて行かれたレイドは、呟いてからほくそ笑んだ。

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